第二話 他国の王子のことは一旦忘れようと思います
リュミエールは墓の石を撫でて、申し訳なさそうに言った。
『ごめんなさい。ずっとお墓参りに行けなかったから。気分転換とかいいながら、私がリディールとこの子のお墓に行きたかっただけなのよ』
「その人は……?」
『七年前に話していた、私の契約者』
あっ、そういえば言ってたな。
エステリーゼが投獄されて、スパールが訪ねてきたときに。
――前に契約していた人の髪型が、三つ編みのハーフアップだったからね
これが、その人のお墓。
『七年も経っているのに、随分綺麗にされているわね』
リュミエールは墓石に刻まれた文字を優しく撫でた。
墓石には名前が刻まれていた。
「クラリス・ネヴィル……これって……」
生贄の少女の墓……。
私が生まれる二十年前、今は滅びてしまった隣国には生贄制度があった。
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クラリス・ネヴィルは生贄に選ばれた人間の一人で、足を踏み入れたら最後、二度と人間界には戻ってこれなくなると言われている魔界に生贄として捧げられた。
彼女は彼女の前に捧げられた生贄、リルシーナ・アイズルクと共に魔物と戦って数年を過ごした。
ある日、魔物の大群が現れ、二人で応戦した後、一匹の瀕死の魔物が魔界と人間界の境界を開き、そこからクラリスは人間界に帰還した。
しかし、リルシーナの体の一部は魔界のものとなってしまっており、瘴気がないと生きられないことが判明した。
クラリスは急いで魔界に戻ろうとしたが、その前にリルシーナが魔界との境界を破壊し、生贄制度の廃止に貢献した。
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そんなクラリス・ネヴィルが、リュミエールの契約者だったんだ……。
『この子は元々孤児でね、人間界に戻っても居場所なんかなかったから、リルシーナの元メイドだった人と一緒に暮らしてたのよ』
「…………」
『この子は生贄だったこと以外は何も変わらない女の子だったわ。魔界でのことなんて忘れて幸せになればよかったのに、どうしてもリルシーナのことを忘れられなかったのよ。だからこの村から出なかった』
「それは、この村のどこかに魔界の境界があったから?」
リュミエールは静かに頷いた。
まあ、そう簡単に忘れられるはずないよね。
魔界の境界は閉じられたとされているけど、リルシーナが生きてるかどうかは分からない。
だから、なおさら忘れられないのだろう。
『クラリス、遅くなってごめんなさいね。今、花を咲かせるから』
リュミエールは両手を祈るように合わせて、目瞑った。
花を咲かせる?
そんな魔法あったかな。
疑問に思っていると、お墓の周りに花が咲き始めた。
あ、昔本で読んだことがある……。
これは……。
「精霊の奇跡……」
精霊が祈れば花を咲かせたり、植物を元気にしたりできると言われている。
まさか本当にあるなんて……。
あっという間にお墓の周りは赤色の花に囲まれた。
『この子の願いだったのよ。自分が死んだらお墓は赤色の花で囲んで欲しいって』
リュミエールは墓石を撫でて、泣きそうな顔で言った。
『遅くなって、本当にごめんなさい』
私の契約精霊になってから、護衛としてずっと一緒にいてくれたから、ここに来る暇がなかったんだ。
言ってくれたらなんとかしたのに……。
そう思っていると、背後の草が誰かに踏まれる音が聞こえた。
まさかヴァニタス?
私達が勢いよく振り向くと、そこにはお父様よりも少し年上くらいの男性が立っていた。
「あなたは……」
『マークス!?』
リュミエールが驚いたように叫ぶと、男はわずかに目を細めた。
懐かしむようでもあり、距離を測るようでもある視線。
「その声……ラナか?』
低く、落ち着いた声だった。
ラナって、リュミエールの前の名前?
ってことは、クラリスさんの知り合いかな。
『生きていたのね、マークス……』
リュミエールの声が震える。
マークスさんは赤い花に囲まれた墓石を見つめ、帽子を取った。
その仕草は慣れていて、何度もここに来ていたことを物語っている。
「遅かったな。だが……ようやく咲いた」
『ええ……』
リュミエールの声はかすかに揺れていた。
それでも涙は落とさなかった。
精霊としてではなく、クラリスさんを知っている者としてここに立っているからだ。
マークスさんはしばらく黙って墓石を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「また赤い花か。クラリスの願いか?」
『ええ』
「やはりリルシーナ・アイズルクを忘れてほしくないのか。……ところで、君は王都の人間か?」
「あ、はい。あと、リュミエール……。ラナの契約者です」
そう名乗った瞬間、マークスさんの視線が私からリュミエールへとゆっくり移った。
「……そうか」
納得したように、彼は小さく頷く。
「ラナ、お前はお前で前に進んだんだな。クラリスが死んでから、もう死んでも構わないというような顔をしていたのに」
『当たり前じゃない。あの子は私の全てだったのよ?耐えられるはずないわ』
「……そうだな。じゃあ、俺はこの辺で。クラリス、じゃあな」
マークスさんはそっと墓石を撫でて、切なそうに微笑んだ。
まるで、死んでしまった好きな人を見るような目……。
「ラナも元気でな」
そう言って、マークスさんは立ち去った。
――恋には一途な女の子だったんだけど、本人にそれを伝えることもできずに、事故で亡くなってしまったの
もしかして……。
私はリュミエールの服の袖を引っ張った。
「ねぇ、もしかして彼、クラリスさんの想い人?」
『あら、よく覚えてたわね。そうよ、彼があの子と相思相愛だった人。口には出さないけど、本当に愛してるんだろうね』
そっか。
好きじゃなきゃリュミエールが花を咲かせに来ただけであんな顔しないよね。
クラリスさんは悲劇の少女と言われているけど、人生の最初から最後までずっと悲劇だったわけじゃない。
それが分かっただけでも、私は嬉しいな。
『リディール、本当にごめんなさい。わざわざこんな遠いところまで、私の都合で連れ出して』
「ううん、むしろ嬉しかったよ。リュミエールはあんまりわがまま言わないからね。むしろもっと言ってくれてもいいくらい」
私が言うと、リュミエールは驚いたような顔をしてから、微笑んだ。
『ありがとう、リディール』
私もそれに応えるように微笑んだ。
そうして、私達は王宮に帰ることにした。
「そういえば、リュミエールの前の名前はラナなんだね」
『ええ』
「いいね。私の前の世界でラナは暖かい、調和、落ち着きって意味があるんだ。ピッタリだね!」
『本当?そう言ってもらえて嬉しいわ』
前世の推しの中にラナって子がいたから調べまくったんだよね。
ラテン語とケルト語だから知ってる人はあんまりいないかも。
私達は他愛のない話をして、王宮に帰った。




