第一話 他国の王子のことを考えすぎて悪夢を見ました
落ちていく。
奈落の底に。
足掻いても足掻いても、上に戻ることなんてできない。
地上から差し込む光がどんどんなくなっていく。
私は水の中で息を吐く。
誰か、助けて……。
◇◆◇
私は息を荒くして起き上がった。
夢か……。
時計を見ると、もうお昼頃になっていた。
学園が休みだからって寝すぎたな。
「シルビア……ってもういないんだった」
私は一人でベッドから降りた。
ペルセポネはもうメイドを辞めて、結界の賢者のもとに戻っている。
少し寂しいけど、それが彼女のためだ。
『リディール、起きた?』
扉の向こうからリュミエールの声が聞こえた。
「うん、今起きた」
リュミエールは扉を開けて入ってきた。
酷く汗を書いている私を心配そうに見ている。
『大丈夫?やっぱりあの後だから寝付きが悪かったのかしら』
リュミエールは私の汗をタオルで拭きながら言った。
『今日の公務はアルカ王子あたりにやらせましょう。無理は良くないわ』
「……うん」
私は素直に頷いた。
確かに体が重い。
ペルセポネの件で精神的に疲れているのかもしれない。
『あなたは最近頑張りすぎよ』
リュミエールは優しく微笑んだ。
『たまには休んでもいいのよ』
「ありがとう、リュミエール」
私はリュミエールに抱きついた。
リュミエールは少し驚いたような顔をしたが、すぐに私を抱きしめ返してくれた。
人の温もりはこんなにも安心するんだ……。
『どうしたの?急に』
「なんか……不安になっちゃって」
『不安?』
「うん。夢を見たの。落ちていく夢」
私はリュミエールの胸に顔を埋めた。
「奈落の底に落ちていって、誰も助けてくれなくて……」
『……』
リュミエールは何も言わず、ただ私の頭を撫でてくれた。
その温かさが少しだけ不安を和らげてくれる。
『大丈夫よ、リディール。あなたは一人じゃない。私がいる。クソカスもいる。アルデーヌも、フォーカスも、みんながあなたを支えてくれる』
「……うん」
『だから、落ちそうになっても必ず誰かが手を伸ばしてくれる』
その言葉に私は少し安心した。
そうだ。
私は一人じゃない。
たくさんの人が支えてくれている。
「ありがとう、リュミエール」
『それじゃ、着替えましょう。今日は休みだから、ゆっくりしましょうね』
「うん」
私はリュミエールに手伝ってもらいながら着替えた。
鏡に映る私は少し顔色が悪い。
やっぱり疲れているんだな。
『リディール、今日は一日ゆっくり休んで。明日からまた頑張ればいいわ』
「そうだね」
私は窓の外を見た。
青空が広がっている。
平和な一日。
でも、この平和はいつまで続くんだろう。
ヴァニタスのこと、セティルド王子のこと。
考えることはたくさんある。
でも、今日は休もう。
リュミエールの言う通り無理はよくない。
『さ、朝ごはん……いえ、もうお昼ごはんを食べましょう』
リュミエールが手を差し出してきた。
私はその手を取った。
「うん、行こう」
◇◆◇
お昼ごはんを食べた後、私は庭でクソカスと遊んでいた。
『リディール!投げてー!』
クソカスは竜の姿で言った。
私の魔力が少しずつ増えているから、クソカスはミニ竜だったのが中くらいまで大きくなった。
我が子の成長は誇らしいよ。
私はボールを投げた
クソカスは嬉しそうに追いかけていく。
その姿を見ていると、少し心が軽くなる。
『リディール、楽しそうね』
リュミエールが微笑みながら言った。
「うん、クソカスと遊んでると、嫌なこと忘れられるから」
『それはよかったわ』
リュミエールは私の隣に座った。
『ねえ、リディール』
「何?」
『あなたは本当にセティルド王子を救いたいの?』
「うん」
『どうして?』
「だって、彼も苦しんでるから」
私はクソカスを見つめた。
「誰も好き好んで悪人になんてならない。きっと、彼にも理由がある」
『でも、理由があっても許されないこともあるわ』
「分かってる」
私は頷いた。
「でも、それでも……私は話を聞きたい。ちゃんと話を聞いてもらえることがどれだけ嬉しいことか分かっているもの」
『……そう』
リュミエールは少し寂しそうに微笑んだ。
『あなたらしいわね』
「リュミエール?」
『ううん、何でもないわ』
リュミエールは首を横に振った。
『ねぇ、リディール。この後少し遠出をしない?』
「え?」
『クソカスに乗って小さな村に行きましょうよ』
リュミエールの突然の提案に私は少し驚いた。
「遠出?今から?」
『ええ。たまには息抜きも必要でしょう? それに……』
リュミエールは切なげに空を見上げた。
どうしてかは分からない。
『あなたと行きたいところがあるの』
でも、リュミエールの優しい笑顔を見て、私は頷いた。
リュミエールが行きたいところなら、きっと悪いところじゃないんだろうな。
「分かった。じゃあ、行こう」
『じゃあリディール、クソカスに人間の魔力を注ぎ込んで。体が一時的に大きくなるから』
「うん」
私はクソカスに手を当てて、魔力を注ぎ込んだ。
すると、クソカスはみるみるうちに大きくなっていった。
でっっっっっっっっっっっか。
『クソカス、背中に乗せてくれる?』
『うん!!』
クソカスは嬉しそうに尻尾を振った。
私とリュミエールはクソカスの背中に乗った。
ビッグサイズになったクソカスは、私達を乗せるのにちょうどいい大きさだ。
『それじゃ、出発よ』
リュミエールが私の後ろに座った。
クソカスはゆっくりと空に舞い上がった。
王宮の庭がどんどん小さくなっていく。
「気持ちいい……」
私は思わず呟いた。
風が頬を撫でる感覚はすごく落ち着く。
『ね、気分転換になるでしょう?』
「うん」
私は笑顔で答えた。
クソカスは城下を越え、森を越え、山を越えて飛んでいく。
やがて、国境を越えた先に小さな村が見えてきた。
『あそこよ』
リュミエールが指差した。
村は山のふもとにあり、のどかな雰囲気が漂っている。
クソカスは村の近くの森に降り立った。
私はクソカスに渡した魔力を返してもらった。
クソカスは人間の姿に変化してついてくることになった。
村に入ると、人々が笑顔で働いている姿が見えた。
畑を耕す人、洗濯をする人、子供達が走り回っている。
平和な光景だった。
「リュミエール、ここは……」
『…………』
リュミエールは何も言わない。
そして、黙ってどこかへと歩き出した。
私とクソカスは不思議に思いながらもついて行った。
しばらく森の中を歩くと、小さな家が見えてきた。
あれは……お墓……?




