第八話 行方不明の少女は自分として生きることを決意しました
その言葉にペルセポネの肩がわずかに強張った。
怖いよね。
分かるよ。
でも、私はあなたに酷いことをしようなんてこれっぽっちも考えてない。
でも、少しだけ自分が裁いていいのかっていう葛藤はあった。
でも、ここで裁かなければ、あなたはもっと酷い目に会う
「ペルセポネ・カエルム。あなたはヴァニタスの一員として潜伏し、学園と王宮に危険をもたらした。その罪は消えない。……だから」
私ははっきりと続けた。
「私は罪人のあなたを裁く」
アルデーヌがわずかに息を呑むのが分かった。
部屋が緊張で包まれる。
私は息を吸う。
「あなたは今後一切、アストライア・カエルムとして生きることを禁じます」
ペルセポネがはっと顔を上げた。
「そして同時に、ペルセポネ・カエルムとして生きることを命じます」
それは、赦しでも救済でもなかった。
どちらの意味にもなるから。
罪は赦された。
でも、彼女にとってペルセポネと生きることはきっと地獄だから。
「名前を偽ること。役割に逃げること。才能の影に隠れること。それらすべてを、今この場で禁じる」
ペルセポネの瞳が揺れる。
「……それが罰?」
「ええ」
私は迷わず頷いた。
「最も重く、そして最も逃げ場のない罰よ」
生きることを、放棄できない罰。
誰かの代わりになれない罰。
殺した自分を生き返らせる罰。
「あなたが壊したものは、生きて向き合わなければ償えない」
ペルセポネはしばらく何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「……ずるい」
かすれた声。
「そんな罰、逃げられないじゃない」
「逃げないで。ここで宣言して。あなたはペルセポネ・カエルムだって」
ペルセポネは再び黙り込んだ。
俯いて何も言わない。
「………………あ、たしは……あたしは……っ」
ペルセポネの目から涙があふれる。
「……っ!あたしはペルセポネ・カエルム……っ。アストライア・カエルムじゃない……」
そういった瞬間、床に淡い光が灯った。
精霊の気配。
誰も呼んでいない。
誰も命じていない。
ただ、ずっと待っていたその時を心から喜んでいるかのようだ。
淡い光は音もなく広がっていった。
眩しいほどではない。
あたたかな光。
『……おかえりなさい』
それはリュミエールの声ではなかった。
もっと幼く、もっと静か。
それでいて優しい声。
ペルセポネは涙を流しながら、微笑んだ。
アルデーヌが静かに剣を納める。
「……終わりましたか」
「ええ」
私は頷いた。
本当に良かった。
「へぇ、じゃあアストライアはヴァニタスを抜けるってことか」
どこからか声が聞こえて、私達は声のする方に目を向けた。
そこに立っていたのはセティルド様だった。
セティルドはペルセポネに対してどんな感情を抱いているのか全く分からない顔で、ペルセポネを見ている。
「ごめんなさいね、セティルド。あたしはボスを裏切る」
「まあ、遅かれ早かれこうなるとは思ってたよ」
セティルド様はペルセポネに近づいて行った。
「ヴァニタスを裏切る行為が、どういうことを表すか分かっているのか?」
「…………」
「ヴァニタスは慈悲団体ではない。お前が裏切ったとなれば、きっとボスは俺にお前を殺すように命令するさ」
「…………」
「まっ、俺はお前を殺すつもりはないけどな」
セティルド様はペルセポネの方を叩いた。
そして、心の底から優しい笑みを浮かべた。
「よかったな、お前をちゃんと見てくれる奴が見つかって」
「……っ!」
ペルセポネが思わず息を呑んだ。
その反応を見て、セティルド様はほんの少しだけ目を細める。
まるで、懐かしいものを見るような目だ。
「そんな顔するなよ」
軽く肩をすくめて彼は言う。
今回の彼の目的は私達ではないようだ。
そもそもなぜ彼は学園にいるんだ?
「じゃあな、ペルセポネ。次会う時は敵同士だ」
「セティルド!!」
部屋の扉が勢いよく開けられた。
扉を開けたのはセレーネだった。
「リディール様〜!!聞いてくださいよ〜!セレーネが――」
ルナリア様が入ってきて、私達を見て戸惑った表情を見せた。
「セティルド兄様……?なぜここに」
セティルドは冷たく冷めきった目で、ルナリア様を見ている。
一方、ルナリア様はセティルドを鬼のような目で睨みつけている。
シシュナ王国の王族は仲が悪いのかな。
「姉様、またリディールに泣きつこうというのですか?いい加減に――」
ルナリア様を追いかけてきたセレーネもまた、セティルド様を見て大きく目を見開いた。
――兄様は、本当に人殺しになってしまったのでしょうか……。私には、にわかに信じられません……
まずい。
セティルド様は今、ガッツリヴァニタスのメンバーだと判明してしまった。
セレーネはルナリア様を押しのけて、セティルド様に近づいた。
「兄様、帰りましょう。私達の家に帰りましょう」
セレーネの声は必死に落ち着こうとしていた。
けれど、セティルド様に差し出したその指先はかすかに震えている。
セティルドは何も言わない。
ただ、冷え切った瞳でセレーネを見下ろしている。
「……家?」
やがて、小さく呟いた。
「俺に帰る家があるというのか?」
「あります。兄様の居場所はヴァニタスなんかじゃないです」
その言葉に、ルナリア様がぎゅっと唇を噛みしめる。
「セレーネ、やめなさい」
鋭い声で制する。
「その人はもう家族なんかじゃないの。家族を裏切った罪人よ」
「違う!!」
セレーネが振り返り、叫んだ。
「兄様は……兄様はそんな人じゃない!姉様も知ってるでしょ!?きっと理由があるはずだから、話を聞きましょうよ!!」
セレーネ、そんなにもセティルド様のことを考えて……。
そうだよね、きっとセティルド様にも理由があったんだ。
決めつけるのは良くない。
「はっ……はははっ!あははははっ!!」
セティルド様はいきなり笑い始めた。
「そんな人じゃない?お前は本当に夢物語が好きだな!」
高く乾いた笑い声が部屋に響く。
それは楽しげというより、何かを切り捨てるようだった。
「理由?」
セティルド様は笑いながら、目だけは一切笑っていない。
「あるさ。もちろんある」
一歩、前に出る。
「けどな、セレーネ」
その声が急に低く落ちる。
「理由があれば、人は人を殺していいのか?」
空気が凍った。
セレーネの顔から血の気が引く。
ルナリア様は歯を食いしばり、視線を逸らした。
「……兄様」
震える声で兄を呼ぶ。
セレーネの声は、部屋の空気を震わせるほどか細かった。
その瞳は信じたくない現実を前にして、必死に兄の姿を探しているようだった。
セティルド様はゆっくりとセレーネに近づいた。
その足音は静かな部屋の中でやけに大きく響く。
ルナリアは身を引くように一歩下がり、唇を噛みしめている。
彼女の目には、怒りと悲しみが混ざっていた。
「そんな人じゃない?何も知らないくせに。おめでたい奴」
「……っ!」
「セティルド」
ペルセポネが口を開く。
「あなた、そんなこと思ってないでしょ?彼女達はもう一人で立ってる。あなたの助けなんていらないの」
「アストライア、余計なことを言うな。俺の人生は俺は決める」
「セティルド!!」
「俺は、俺だけはボスを裏切るようなことはしたくない」
その言葉が重く落ちた。
セレーネの瞳がかすかに揺れる。
理解しようとして、でも理解したくなくて。
必死に兄の面影を探している。
「……どうして」
絞り出すような声だった。
「どうしてそこまで……」
セティルド様は足を止めた。
ほんの一瞬だけ目を伏せた。
「理由が欲しいか?」
静かな声。
「それを聞いたら、お前は納得できるのか?」
「……」
セレーネは答えられない。
「出来ないだろ。だから言わない」
そして、はっきりと告げた。
「俺はもう、お前らの家族にはなれない」
そう言って、セティルド様は窓から外に消えていった。




