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第六話  行方不明の少女はずっと一人で苦しんでいました

「リュミエール……。どういうこと?」


私が問いかけると、リュミエールは穏やかに、しかし確信を持って答えた。


『随分前に言ったことを覚えている?精霊や竜は魂を見ることができるって』


ああ、精霊界に命の宿り木の葉を取りに行くときに話してたやつだよね?

じゃあ、これは冗談でもなんでもないってことだ。


「アストライア・カエルムは学園では平民のペルセポネとして潜伏し、王宮では孤児だったシルビアとしてあなたに近づいていたのよ』


でも、どうしても信じられない。

シルビアは十二歳の孤児院出身の少女。

いつも可愛らしく、私の世話をしてくれる。

でも、年齢が違う……。

しかも髪の色も瞳の色も全然違う。

いや、待って。

外見を偽る結界術があった気がする。

なるほど、私はまんまとそれに騙されたのか……

アストライアは不気味な笑みを浮かべた。

その表情は、いつも怯えていたシルビアのものとはかけ離れていた。

冷徹で諦めが入り混じった、大人の顔。


「あーあ、シルビアの立場は使い勝手が良かったのに。こんなことならもっと早くに暗殺すればよかった」


その言葉が胸の奥に冷たく沈んだ。


「……最初から私を殺すつもりで……」

「当たり前じゃない」


そうか、彼女は友達でもメイドでもなかった。

最初から敵で、最後まで役を演じていただけ。


「王太女の傍に誰にも疑われない形で近づける。孤児で、年端もいかなくて、逆らえない存在。完璧でしょう?」


アストライアは肩をすくめる。


「あなた、優しすぎるのよ。だから殺しやすい」


アルデーヌが一歩私の前に出た。


「それ以上、口を開くな」

「忠義深い騎士ですこと。でも残念、あたしは魔法なんて使えなくても強いの」


アストライアはアルデーヌの周りに結界を張った。

これもまた見たことある結界だ。

お父様が私に張ったものと同じやつ。

少しでも触れたら爆発するって結界だ。

まずいな、解除は精霊契約者か精霊の血が入った者でなければならない。

でも、私はまだ解除に時間がかかる。

解除なんかしてたら殺される。

私がここでアストライアを止めなければならない。

あれ?

でもこの結界……。

私は結界に一歩も近づかないまま、アストライアを見据えた。


「……随分余裕そうね」


アストライアが嘲るように言う。

でも、その声はほんのわずかに揺れていた。


「解除しないの?」

「しない」


私は静かに答える。


「その結界は万能じゃない。たとえ触れたとしても死ぬほどのものではない」


アストライアの眉がぴくりと動いた。


「つまりこれは使い捨ての檻。違う?」

「…………」

「アルデーヌを閉じ込めるためじゃない。私を殺すための結界だよね」

「…………」

「解除に集中すれば、あなたはその隙に私を殺せる。だから私が危険だと急いで解除するのを狙ったんでしょう?」


沈黙。

それがもう答えだった。


「私は解除しないよ。そんな罠にはかからない」


私は息を吸い、ゆっくりと言葉を続ける。


「今からあなたの嘘を聞く」


アストライアの表情がはっきりと歪んだ。


「何の話?」

「精霊に拒絶された理由。あなた、さっき言ったよね。『ペルセポネが死んだ事件から精霊が話しかけてくれなくなった』って」

「……だから何」

「おかしい」


一か八か、この話が彼女の気持ちを少しでも乱せればそれでいい。

結界は術者の気持ちが乱れれば少しだけ揺らぐ、そこを突ければアルデーヌの結界を破壊できるはずだ。

まず、私の考察が合ってればの話だけど。


「精霊は死そのものを理由に誰かを拒絶したりしないはず。特に事故死なら尚更同情を寄せたりするでしょう」

「…………」


リュミエールがさっき言っていた。


――あなたは吐いているでしょう?人生最大の嘘を


些細な嘘なら、きっと精霊は許してくれる。

でも、人生最大の嘘だった場合は?

ペルセポネが死んだ時、近くにいたのはアストライアだけ。


「あなた、本当にアストライア・カエルムなのかしら?」


その言葉が落ちた瞬間、結界がわずかに軋んだ。


「……何を言っているの?」


アストライアの声がほんの一瞬だけ低くなる。

それだけで十分だった。

当たりだ。


「精霊は魂を見る。嘘を吐く者を嫌う」


私はアストライアから視線を逸らさない。


「でも、拒絶されるほどの嘘なんてそう多くない」


私はアストライアに悟られないように、リュミエールに合図を送った。


「事故で妹を失った姉。悲劇の生存者。それなら精霊はむしろ寄り添うはず」

「……黙りなさい」

「でも、もし……」


私は一歩も動かず言葉だけを進める。

アストライアの顔はどんどん険しくなっていく。


「もし、事故で死んだのが姉である、アストライア・カエルムだったら?」

「……っ!」


アストライアの瞳が揺れた。

ビンゴだ。


「存在自体で嘘をついたなら?当然精霊はそれを許せない嘘だと判断する」

「…………」

「事故に関する資料も、あなたの両親も口を揃えてペルセポネが死んだと言った。でも違う」


私ははっきりと言い切る。


「死んだのはアストライア・カエルム。ペルセポネ・カエルム、あなたの姉でしょ?」


次の瞬間、リュミエールがアルデーヌに張られた結界を破壊した。

よし、計画通りだ。

いくら死人が出ない程度の結界とはいえ、危険だからね。

アルデーヌを縛っていた光が霧散し、アストライア。

いや、ペルセポネは即座に距離を取る。

アルデーヌの構えた剣先が迷いなくペルセポネを捉える。


「リディール様、ご無事ですか」

「ええ」


私は小さく頷き、再び視線をペルセポネへ戻す。

は動かなかった。

いや、動けなかったと言った方が正しい。


「……は、はは……」


喉の奥から空気が漏れるような笑い。

何もかも失ったかのような。


「随分確信を持って言うじゃない」

「否定しないのね」

「できるわけないでしょう」


ペルセポネは、ゆっくりと自分の胸に手を当てた。


「だって、それが真実なんだから」


その声にはさっきまでの余裕も嘲りもなかった。

残っているのは、諦めに近い静けさだけ。


「事故で暴走したのは……アストライアだった。あの人は結界術に長けていて、魔法が苦手だった。でも、魔法がどうしても使いたいと言ったから私はアストライアの魔法の練習を手伝った。でも、アストライアが精霊に力を借りた瞬間、アストライアの魔力が暴走して部屋が吹き飛んだ。私はなんとか自分に結界を張って、生きることができた。でも、アストライアはもう息絶えていた」


ペルセポネは目を伏せた。


「死んだ瞬間、みんな泣いたわ。可哀想なアストライアって。生き残ったあたしを見た人は誰もいなかった。結局、アストライアが死んだことを受け入れられなかった両親は、死んだのはペルセポネってことにして、私をアストライアとして扱った」


カエルム夫妻がそんなことを……。

私もアルデーヌも何も言葉が出てこない。

責める言葉も、慰める言葉も。

ペルセポネは目を伏せたまま小さく息を吐いた。


「……ねえ、リディール・セア・メッチャツオイ」


その声は敵意を帯びていなかった。

諦めを含み、ただ重たいものだった。


「生き残ったのがあたしでよかったと思う?」


答えを求めるようで、 でも本当は答えを聞くのが怖い問い。

私はすぐには口を開かなかった。

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