第五話 行方不明の少女は間近にいました
……え?
「アルデーヌ……?」
「その手に持っているものは何だ?ペルセポネさん」
「……え?」
私の喉から間の抜けた声が漏れた。
小さな炎の明かりに照らされたアルデーヌの横顔はいつもの穏やかさが嘘のように鋭く、冷徹な騎士のそれだった。
その剣先が向けられているのは、怯えたように立ち尽くすペルセポネだ。
「アルデーヌ様?何を……」
「リディール様、下がってください。この女、袖の中に何か隠しています」
アルデーヌの声は低く、威圧感に満ちていた。
その言葉に部屋の空気が一瞬で凍りつく。
メルリも律も、状況が飲み込めずに息を呑んでいる。
「な、何を言っているんですか……。私、ただマッチを……」
ペルセポネの声は震え、大きな瞳からは今にも涙が溢れ出しそうだった。
「マッチを出すのになぜそんなに殺気を放つ必要がある?それに、魔法を使えばいいだろ?なぜマッチが必要なんだ?」
アルデーヌが一歩踏み込む。
その瞬間、ペルセポネの表情が劇的に変化した。
怯えていたはずの瞳から感情が消え、底知れない闇のような虚無が宿る。
「……はあ、勘のいい騎士ね」
ペルセポネが袖から引き抜いたのはマッチ箱ではなく、短剣だった。
「ペルセポネ……?」
私が呼びかけると彼女は口角を吊り上げ、歪な笑みを浮かべた。
「残念だわ、リディールさん。あなたとはもう少しお友達ごっこをしていたかったのに。気づかなければ、幸せなまま逝けたのにね」
「あなた一体何なの?」
「ヴァニタスのメンバー、アストライア・カエルム」
「……っ!!」
その名を聞いた瞬間、私の頭の中で全てのピースが繋がった。
カエルム伯爵家の令嬢、結界の賢者の弟子、そしてヴァニタスのメンバー。
彼女は妹ペルセポネの名前を名乗り、この学園に潜伏していたのだ。
「リリアーナ、メルリ!みんな、離れて!」
私が叫ぶと同時に、アストライアは短剣を私に向かって投げた。
短剣は私の顔の横を通り過ぎ、背後の壁に深く突き刺さる。
その軌道は私を殺すためではなく、私を動揺させるためのものだと直感した。
「リディール様!」
アルデーヌが剣を抜き、アストライアに向かって駆け出す。
アストライアはその場に留まったまま、精霊の力を吸う結界を自分に張った。
それは、以前学園に張られていたものと同じものだ。
目の前にいる友人である彼女が、リュミエールを苦しめた元凶だったなんて。
「メルリ、リリアーナ。危ないからあなた達は逃げて先生を呼んで」
「え、でもリディールは……」
「早く!!」
私が叫ぶと、二人はためらいながらも私とアルデーヌを置いて逃げていった。
そう、それでいいんだ。
「一つ聞いていいかしら?」
「何?」
「あなたはなぜそこまで精霊を憎むの?」
「憎む?あたし達ヴァニタスは精霊を憎んでなどいないわ」
「私はヴァニタスの思想について訊いているんじゃない。あなたがどうして精霊を憎んでいるのか訊いているの。あなたは精霊を憎んでいるから精霊を消し去りたい。違う?」
アストライアは目を伏せて、しばらく黙り込んだ。
彼女が精霊に対して持っているのは、ヴァニタスのメンバーとしての使命ではなく、憎しみに近いもの。
「…………私はね、中位精霊と会話ができたのよ」
「え?」
中位精霊は上位精霊のワンランク下で、上位精霊よりも力が弱く、姿を表すことができない精霊のことを指す。
上位精霊の姿は、魔力が高いからこそ見られるもの。
だから、上位精霊以外の精霊は姿を見ることができないんだよね。
当たり前だけど、声も聞こえないはずだ。
「あたしは昔、精霊に好かれていて、幼い頃はよく精霊と話したわ。でも、精霊はペルセポネが死んだ事件からあたしと会話をしてくれなくなった。ペルセポネが死んだだけなのに、会話をしてくれなくなったの」
「…………」
「精霊なんて大っ嫌い!消えてしまえばいいのよ!!」
アストライアは私に向かって魔石を投げた。
まずい!
魔石は衝撃を与えたら爆発する!
どうすれば……!
『リディール!!』
私に当たる寸前でリュミエールが叫んだ。
その瞬間、魔石は砕け散った。
え?
何した?
リュミエールを見ると、満面の笑みで答えてくれた。
『精霊の魔法で魔石を無力化したのよ』
「何そのチート」
リュミエールは学園入学初日から、人間体で学園について来てもらうのをやめた。
危険な目にあってほしくないし。
鞄の中にこっそり忍ばせておいて正解だったな。
アストライアの瞳が驚愕に染まる。
「上位精霊……! なぜここに!?」
彼女の声は震え、短剣を構えた手がわずかに緩む。
リュミエールは精霊体から人間の姿へ移行し、私の前に立ちはだかった。
『アストライア・カエルム……。あなたはなぜ自分が精霊に拒絶されているか分かっているのでしょう?』
「…………」
『精霊は嘘を嫌い、嘘を吐く者には力を貸さないし、言葉もかけない』
「…………」
『あなたは吐いているでしょう?人生最大の嘘を』
リュミエールに何を言われても、アストライアは何も言わない。
ただ、開けられたくない蓋を開けられそうになっている。
そんな顔をしているから、良くない話なのは分かりきっている。
『あなた、シルビアとしてリディールに近づいていることはリディールに話したのかしら』
「え?」
リュミエールが挑発的な笑みでアストライアを見据える
シルビア……?
私の専属メイドのシルビア?
なんでシルビアが出てくるの?




