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第二話  行方不明の少女はヴァニタスのメンバーだと分かりました

その言葉に私は息を呑んだ。

結界も賢者は少し辛そうな顔をしている。


「学園長から結界の詳細について教えてもらったわ」


しばらく黙り込んだ後、結界も賢者は私に頭を下げてきた。

なぜ、結界の賢者が私に頭を下げているのか、私には分からなかった。


「申し訳ありません、今回の件は私の責任です」

「え……?どういうことですか?」


「あの結界を張ったのは私の弟子の可能性が高いのです」


結界の賢者は顔を上げ、その瞳に深い悲しみを湛えていた。


「私の弟子は、結界術の才能に恵まれていました。しかし、あの子は精霊に好かれていませんでした。どれだけ努力しても精霊に好かれず、あの子は魔法を使うことができなかったのです」


彼女は自嘲するように笑った。


「私は、あの子に『魔法にこだわらなくてもいいのではないか』と教えたわ。だってあの子には結界を張る才能があるもの。魔法に拘る必要なんてないのよ。でも、それ以来、あの子はそれまで以上に暗くなってしまった」

「そして彼女は、私の研究していた禁呪に近い術式を持って二年前に失踪した」

「禁呪……」


結界の賢者はうつむき、泣きそうな顔をした。

そして、絞り出すような声で言った。


「私の弟子はヴァニタス所属しています」

「……っ!」


結界の賢者の弟子が……。

ヴァニタスの人間……。


「あの子は精霊の力を否定するヴァニタスの思想に傾倒していったのでしょう。魔法を使えないから……。魔法を使えないあの子を彼らは『真の魔法使い』として受け入れたのでしょう」


私は、頭の中で全ての情報が繋がるのを感じた。

セティルド王子が所属するテロ組織「ヴァニタス」。

精霊の魔力を奪う結界。

そして、その結界を張ったのは、精霊の魔力を持たない結界術の天才。


「そのお弟子さんの名前は……」


私は恐る恐る尋ねた。

結界の賢者は目を閉じ、深く息を吐いた。


「アストライア……。アストライア・カエルムです……」


その名を聞いた瞬間、私の頭の中は真っ白になった。

アストライア・カエルム。

数年前に失踪した伯爵令嬢。

結界魔法の天才。

そして、妹ペルセポネを魔力暴走事故で亡くした悲劇の姉。

その彼女が結界の賢者の弟子であり、ヴァニタスの一員として学園に結界を張った張本人だというのか。

この学園は警備が硬い。

つまり、アストライア・カエルムはこの学園に正体を隠して通っている……。


「アストライア・カエルム……」


私はその名前を呟いた。

結界の賢者は噴水の縁に座ったまま、遠くを見つめている。


「リディール王女、お願いがあります」

「……何でしょうか」

「アストライアを見つけたら、どうか殺さないでください。あの子は……あの子はただ、魔法が使いたかっただけなんです」


結界の賢者の声は震えていた。

弟子を思う師匠の気持ちが痛いほど伝わってくる。

でも……。


「約束はできません」


私は正直に答えた。


「アストライア様が何をしようとしているのか、まだ分かりません。でも、もし多くの人を傷つけようとしているなら、私は止めなければならない」

「……そうですよね。王女殿下は、国を守る立場ですものね」


結界の賢者は寂しそうに微笑んだ。


「でも、できる限り話を聞きます。なぜヴァニタスに入ったのか、何を求めているのか。それを聞いたうえで罰を下す。それだけは約束します」

「ありがとうございます……」


結界の賢者は立ち上がり、私に一礼した。


「私も協力させてください。アストライアの結界術の癖、術式の特徴……全て教えます」

「助かります。こちらも、アストライア嬢が見つかれば、最善の手を尽くしてお守りします」


◇◆◇


学園長室に向かう足取りは、さっきよりも重くなっていた。

学園長に訓練場の壁が吹き飛んだことを報告しなければならないのに、頭の中はアストライア・カエルムのことばかりだ。

彼女はヴァニタスの一員として、この学園に潜伏している。

名前を変え、身分を偽り、禁呪を使って精霊契約者を弱体化させる結界を張った。

目的はなんだろう。

精霊信仰の否定?

それとも、妹の死に関連した復讐?

分からない……。

学園長室の扉をノックすると、中から返事が返ってきた。


「入りたまえ」


扉を開けると、学園長は変わらず若々しく、机に山積みの書類を前にニコニコしている。


「リディール王女殿下、 どうしたんですか?」

「訓練場の壁が……その、壊れてしまいまして。報告に参りました」


学園長の表情が一瞬凍りついた。


「壊れた?結界の賢者が張った結界付きの壁が?」

「はい、私とアルデーヌの魔法で……。全力でやったら、森まで吹き飛んでしまって」


学園長はゆっくり立ち上がり、窓から訓練場の方を眺めた。

遠くに穴の開いた壁と、なぎ倒された木々が見えるはずだ。


「ははは……。いや、笑い事じゃないね。まあ、君の魔力は規格外だと聞いていたけど、ここまでとは。修理費用は王宮持ちでいいかな?」

「お父様に伝えておきます」


学園長は椅子に座り直し、真剣な顔になった。


「それより、結界の件はどうなった?あの噴水の結界の犯人は見つかったかい?」

「それについても報告が。犯人はおそらく学園に潜伏している生徒で、ヴァニタスのメンバーです」


学園長の目が鋭くなった。


「ヴァニタス……。あの過激派か。証拠は?」

「結界の賢者の弟子がアストライア・カエルムという少女で、彼女が失踪前に禁呪の術式を持ち出しているんです。カエルム伯爵家の令嬢で行方不明扱いですが、学園に名前を変えて入学している可能性が高いです」


学園長は顎を撫で、考え込んだ。

いきなり行方不明と言われている少女の名前を出して困惑しているのだろうか。


「アストライア嬢か……。結界術の天才少女の噂は聞いたことがある。精霊に好かれず、魔法が使えなかったという。ヴァニタスに入った動機はそこか」


「はい。妹の死も関係しているかもしれません。魔力暴走事故で亡くなったんです」


「ヴァニタスは精霊の力を『汚れ』として排除しようとする連中だ。精霊の魔力を吸い取る結界はその一環だろう」


学園長はそう言って、机の上の書類を片付け始めた。

その動きは先ほどまでの穏やかなものとは違い、迅速で迷いがなかった。


「リディール王女殿下。君の報告は、非常に重要だ。アストライア・カエルムが学園に潜伏している可能性が高いとなると、事態は一刻を争う」


学園長は立ち上がり、窓の外の訓練場跡地を再び見つめた。


「彼女は結界術の天才、そしてヴァニタスの思想に傾倒している。彼女の目的は、単なる精霊契約者の弱体化ではないだろう。おそらく学園全体を巻き込んだ、大規模なテロを計画しているに違いない」

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