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第十七話 魔法学園を留年している猛者は存在しないようです

私の言葉にセティルド様は一瞬目を見開いた。

その表情は、誕生パーティーで見せた抜けたような笑顔とはかけ離れた冷徹なものだった。

路地の薄暗がりが彼の顔に影を落とし、まるで別人のように見せる。


「……何のことだか」


セティルド様はすぐに表情を取り繕い、とぼけたように言った。

しかし、その声には微かな動揺が混じっていた。

私は彼の目を見据え、言葉を続けた。


「私はあなたが名前を変えて学園に入学していると思っていました。もしあなたが本当に七年も留年しているのなら、学園の寮にいるのは当然のこと。それなのに、家族であるセレーネ様があなたの居場所を知らないのはおかしい。それに、同じ学園にフォーカスがいるのに、あなたがちょっかいをかけに行かないはずがない」


セティルド様は何も言わず、ただ私をじっと見つめている。

その視線は鋭く、まるで獲物を品定めするかのようだ。

私は臆することなく、さらに言葉を重ねた。


「あなたは留年なんかしていない。何かの目的のためにこの国に留まっている。違いますか?」


私の問いに、セティルド様はふっと笑った。

それは嘲笑でもなく、諦めでもない。

どこか楽しそうな笑みだった。


「リディール王女。あなたは、想像以上に鋭い」


セティルド様はそう言って、路地の壁にもたれかかった。

その仕草はどこか疲れているようにも見えた。


「ただ、私からあなたに話すことは何もありませんよ」

「…………」

「あの店に愚妹と共に訪れるのは想定外でしたね。行きつけだったのに、残念です」

「セティルドさ――」

()()のやることを邪魔するなら容赦はしない。覚えておくことだな」


そう言って、セティルド様はどこかへ消えた。

セティルド様が姿を消した後、路地には静寂が訪れた。

彼の残した言葉が、私の頭の中で何度も反響する。

敵が彼一人ではないこと。

そして何らかの目的のために動いていることが明確になった。

その目的が、学園に張られた結界と関係しているのだろうか。

私は路地の壁に手をつき、深く息を吐いた。

セティルド様の言葉は私に新たな緊張感を与えた。

しかし、同時にこの問題は想像以上に深く、複雑なものであることを示唆していた。


「リディール様!大丈夫ですか!?」


路地の入り口から、アルデーヌの声が聞こえてきた。


「大丈夫よ。店に戻りましょう」


私は平静を装って微笑んだ。

しかし、アルデーヌは私の表情の奥に隠された動揺を見抜いたようだった。


◇◆◇


私は店に戻った後、オスカーとメルリ、アルデーヌに帰ってもらうことにした。

セレーネと少し話したいことがあったからだ。

幸い、メルリ達は快く受け入れてくれた。

シルビアも王宮に送ってくれるそうなので安心だ。


「セレーネ、セティルド様のことを何か知っているんじゃない?」

「…………」

「あの方は、なにかを計画している。それだけは分かったの。お願い、話してくれないかな」


セレーネは少しうつむいて黙り込んだ後、辛そうな顔をしながら話しだした。


「セティルド兄様は昔から錬金術や魔法の才に長けていた。第一王子よりも優秀で周りはずっとセティルド兄様が国王になると思ってた」


セレーネの言葉は、まるで堰を切ったように溢れ出した。

彼女の瞳には、兄への尊敬と深い悲しみが入り混じっていた。


「兄様もそれを望んでいたし、誰しもが幸せになる未来だった。でも、セティルド兄様はこの国の魔法学園に入学してから連絡が取れなくなって、卒業の年になっても国に帰って来なかった。兄様についていた影すらも連絡が取れなくなったから、何かあったんじゃないかって心配だったわ」


影とも連絡が取れない?

そんな事あるの?

セレーネはさっきよりも辛そうな顔をして、絞り出すように話を続けた。


「影は……兄様に殺されたそうなの……」

「……え?」

「一人だけなんとか生き残った影がいて、その影が他の影は兄様に殺されたこと、兄様がテロ組織、ヴァニタスに所属したことを報告してきた」


セレーネの言葉は、私の思考を完全に停止させた。

セティルド様が自らの護衛である影を殺害した?

テロ組織「ヴァニタス」に所属している?


「ヴァニタス……」


私の口から、乾いた声が漏れた。

ヴァニタス

それは近年、各地で不穏な動きを見せている過激派組織の名前だ。

彼らは精霊信仰を否定し、魔法の力を排斥しようとする思想を持つと噂されていた。

セティルド様がそんな組織に……。

セレーネは顔を覆い、嗚咽を漏らした。

彼女の震える肩に私はそっと手を置いた。

信じたくない。

しかし、セレーネの悲痛な叫びは、それが紛れもない事実であることを物語っていた。


「信じられない……。セティルド様がそんなことを……」


私の心は、激しい動揺に揺さぶられた。

あの飄々とした瞳の奥に、そんな闇が潜んでいたというのか。

そして、彼が言った「俺達」という言葉。

それは、ヴァニタスのことだったのか。


「リディール様……。兄様は、本当に人殺しになってしまったのでしょうか……。私には、にわかに信じられません……」


セレーネの言葉は私の胸を締め付けた。

彼女の兄を思う気持ちは痛いほど伝わってくる。

しかし、今の話が事実であれば、セティルド様は取り返しのつかない罪を犯していることになる。


「報告が全てではないかもしれない。あまり信じすぎないほうがいい。それに、もしそれが事実だとしても、彼にはそうせざるを得ない理由があったのかもしれない」


私はセレーネを抱きしめ、精一杯の言葉を絞り出した。

私自身も、まだ混乱の中にいた。

しかし、ここで私が動揺してしまえば、セレーネは完全に絶望してしまうだろう。


「大丈夫、大丈夫だから……」


◇◆◇


「おい、お前、セレーネがあの店に行くとなぜ報告しなかった?」

「えー?あの時間はいつも部屋にこもってるじゃない。報告しなくてもいいと感じたから報告しなかった」

「…………」

「どうだった?自分を殺してまで幸せにしたかった妹との再会は」

「…………意趣返しか?」

「あら、分かってるじゃない。……本当に私達は似てるようで似てないわね」

「そうだな……。愛されていたけど愛されなかったお前、愛されすぎて愛を忘れた俺。似ているようで似ていない」

「本当、バカみたいね」

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