第八話 転生先にも転生者がいました
「別に無理強いはしない。お前がやりたければやればいい」
私は何も言えなかった。
前世、引きこもってた私が何を言ったらいいのかわからない。
家族からの愛も、言葉も、全部遮断していた私に異端児を愛してください、異端児は自分を愛してください。
なんて言えるはずがない。
前世から自分を好きになれない私が、自分を愛せ、なんて言えないよ。
◇◆◇
お風呂に入り終わって、あとは寝るだけとなったとき、部屋の扉が叩かれた。
扉を開けると、そこには王妃がいた。
「リディール、少しいいかしら」
「……どうぞ」
私は王妃を部屋の中に入れて、メイドに紅茶を淹れるように頼んだ。
ソファーに座った王妃は、さすがと言えるほど美しい。
メイドが置いた紅茶を一口飲み、息を吐いた王妃は微笑んだ。
「ごめんなさいね。急に来てしまって」
「構いませんよ。どうされたんですか?」
「少し、思い悩んでいるようだったから」
バレていたのか。
この人はどこか似ている。
私のお母さんに。
鋭くて優しい。
時々怖いけど、いつも私のことを考えてくれたお母さんに似ている。
『ごめんなさい、ごめんなさい。私達がちゃんとしていれば……。お願い××、出てきて声を聞かせて……』
最後まで私はお母さんとちゃんと話さなかったな。
おっといけない。
今はリディールなんだった。
「でも驚いたわ」
「何にですか?」
「アルカからあなたが変わったと聞いていたけど、まさか私と同じ転生者だったなんて」
その言葉を聞いた瞬間、私は勢いよく立ち上がった。
王妃も転生者……?
『これがその証明』
王妃が発した言葉は、間違いなく日本語だ。
つまり、私がババアに発したあの言葉もしっかりと翻訳されていたと言うわけだ。
恥ずかしい……。
「あの、あなたはこの世界がなんなのか分かりますか?」
「異世界よね?」
「そうじゃなくて、小説とか、ゲームとか……」
「そういうことね」
王妃は窓の外を見て、懐かしむように、そして悲しそうに呟いた。
「この世界は私の娘が書いた小説の世界なの」
「娘さんがいらっしゃるんですか?」
「私が死ぬ前に死んでしまったけどね」
「す、すみません。思い出させてしまって……」
「いいのよ」
王妃はそう言ったけど、本当に悲しそうだ。
申し訳ないな。
というか多分だけどこの人、私よりも年上だよな。
娘がいるみたいだし。
「あの、娘さんは小説家か何かなんでしょうか……」
「いいえ。あの子はただの一般人……とは言えなかったけど、小説家ではないわ」
一般人とは言えないとは、なんか深いな。
というか私は、全くの他人の書いた小説の世界に転生したのか。
いや、転生系ってそんなもんか。
でも待てよ?
読んだこともない小説に転生ってあんまりなくないか?
いや、あるか。
最近は転生系も多種多様だしな。
王妃が悲しそうに呟いた。
「娘について聞いてくれるかしら」
「いいですよ」
「ありがとう。あの子はね、昔はよく笑う子だった」
◇◆◇
「どーこーにーいーるーんーだー?」
私と娘はかくれんぼをよくしていた。
私は鬼で、娘が逃げることが多かった。
「そこだー!捕まえた!」
「捕まっちゃったー。えへへー」
「頭が見えてたわよ?りりあ」
私の娘、りりあは遊ぶのが大好きで、専業主婦の私とはよく遊んでいた。
夫は海外へ長く出張へ行っている。
いわゆる単身赴任というやつだ。
りりあの兄達は成人している。
なぜりりあと兄達の歳がこんなに離れているか、それはりりあが私の本当の娘ではないからだ。
私には体の弱い妹がいた。
妹は気の利く旦那さんと結婚し、子供を作った。
しかし、旦那さんは交通事故で亡くなり、妹は出産時に亡くなった。
残されたのは妹の娘のりりあだけだ。
私は単身赴任の旦那と話し合い、妹の娘を養子として迎え入れた。
それが理由だ。
「りりあ、お腹空いてない?」
時計を見るともう昼だった。
りりあは笑顔で頷いた。
「何が食べたい?」
「パンケーキ!!」
「本当にパンケーキが好きね」
りりあには私が本当の母親ではないと伝えてない。
幼いこの子にはまだ早いからだ。
「美味しい?」
「うん!ママのパンケーキ大好き!!」
そんな笑顔が、私に明日を生きる勇気をくれた。
けど、幸せな日々はずっと続かなかった。
りりあが中学生の時、大喧嘩をしてしまった。
それも学校で。
三者面談のあと、私は言ってしまった。
「りりあ、今の志望校だと、絶対に落ちちゃうよ。だから、もう少しレベルを落とさない?」
「……お母さんは私のことが信じられないの?」
りりあは少し目を赤くして、私を睨みつけた。
いつもは笑顔で、どんな時も素直だったりりあが、こんな風に感情を爆発させるなんて初めてだった。
私は慌てて言葉を継いだ。
「そうじゃないの、りりあ。私はただ、りりあが辛い思いをしないようにって――」
「お母さんには関係ないよ!私の夢なんだから!お母さんに決められたくない!」
関係ない。
その言葉は、私の胸の奥で重く響き、怒りを湧かせた。
「関係ない……?ああ、そうね。確かに関係ないわ」
「……え?お、お母さ――」
今思えば、ただの八つ当たりだった。
旦那との関係も悪くなり、息子の一人が犯罪に手を出し、もう一人は交通事故で死んだ。
りりあに不幸になってほしくない。
そんな願いを、関係ないと振り切られた私は、りりあに酷い言葉をぶつけた。
「あなたには私の気持ちなんて分からないよね。私は本当の親じゃないんだから、所詮、私の言うことなんてどうでもいいんでしょ?」
私の声は震えていた。
自分でも、こんな言葉を口にするなんて信じられなかった。
りりあの目が大きく見開かれ、顔がみるみる青ざめていくのが見えた。
彼女の小さな体が、まるで凍りついたように固まった。
「お母さん……それ、どういう――」
「あんたなんか家族じゃない」
「……っ!」
りりあの瞳が一瞬で涙に濡れ、彼女の小さな体が震えた。
私はその瞬間、まるで時間が止まったように感じた。
なんてことを言ってしまったんだ。
りりあの心を、こんなにも深く傷つける言葉を、どうして口にしてしまったんだろう。
「りりあ、待って! 違う、そういうつもりじゃ――」
私は慌てて手を伸ばしたけど、りりあはすでにカバンを掴み、涙をこらえるように唇を噛みながら校舎を飛び出していった。
私はその場に立ち尽くし、胸が締め付けられるような後悔と罪悪感に押し潰されそうだった。
どうしてあんな言葉を言ってしまったんだ。
りりあは私の大切な娘なのに。
本当の血のつながりがなくても、りりあは私の家族なのに。
家に帰ったら話し合おう。
ちゃんと話し合って、ちゃんと謝ろう。
そう思って家に帰ったけど、りりあは部屋から出てこなかった。
翌日、いつも起きてくる時間よりもかなり早くに起きて、りりあは学校に行った。
私とは顔を合わせなかった。
学校から帰ってきたりりあと、なんとか顔を合わせることができたけど、とても会話ができそうな雰囲気ではなかった。
目は虚ろで、雨が降っていたのにびしょ濡れ。
その日は話してはいけない気がして、私はりりあと話さなかった。
そのことを、後に後悔するとも知らずに。
りりあはその一ヶ月後、部屋から出なくなった。




