第十一話 魔法学園の件をお父様に報告します
私は執務室の扉をノックして返事を待った。
だが返事がない。
はあ、またか。
私は問答無用で扉を開けて中に入った。
執務室の中は書類まみれで、机に突っ伏したお父様がいる。
また過労で死にかけてる……。
「お父様、起きてください。お話があります」
「愛してるぞぉ……ルシアァ……」
お父様は寝ぼけながら立ち上がって、私に抱きつこうとしてきた。
私は遠慮なくお父様の腹を蹴った。
「ぐふぅ……」
お父様は膝をついて床に倒れ込んだ。
「お話があります。お父様」
「い、いい蹴りだ……リディール……」
国王が娘に蹴られてていいのか……?
お父様は腹を擦りながら椅子に座った。
「学園はどうだった?」
「学園のことについてお話があります」
お父様は目をこすりながら、机の上に散らばった書類をどかした。
お父様の顔は疲れ切っていて、目の下にクマができている。
過労はいつものことだけど、今日は特にひどいみたい。
「入学初日で何かあったのか?」
私はお父様の向かいに座り、朝の出来事を簡潔に説明した。
馬車で学園に近づいた時のリュミエールの異変、噴水広場に張られていた結界、古の禁呪を模した術式のこと。
そして、それをリュミエールと協力して破壊したこと。
学園長に報告したことも付け加えた。
お父様は話を聞きながら、だんだん表情を厳しくした。
最後まで聞き終えると、深いため息をついた。
「古の禁呪だと?しかも精霊の魔力を吸い取る結界か……。よくやった、リディール。放置していたら大惨事になっていたところだ」
「ありがとうございます」
「精霊契約者は魔力が多い。強い魔力を持ったものを弱体化するのが、犯人の狙いか」
「はい、おそらくは」
「学園の警備は王家直属の魔導士団が担当しているはずだ。なぜそんな結界が張れたのか……」
「内部犯の可能性が高いです。学園には生徒や教師以外は申請しなければ入れません」
お父様は顎に手を当て、窓の外を眺めながら考え込んだ。
執務室の空気が重く張りつめ、遠くから聞こえる城下の喧騒がまるで別の世界のように感じる。
「内部犯か……。生徒の中に古の禁呪を知る者がいるとはな。魔導士団の団長に連絡を入れておく。学園の警備をさらに強化させる」
私は頷きながら、朝の噴水の光景を思い浮かべた。
あの結界の軸は噴水の地下にあった。
稚拙とはいえ、禁呪を再現できるほどの知識……。
「それにしても、噴水広場に軸があったのか……。やはりその者はかなりの知識を持っているのだな」
「なぜですか?」
「結界の範囲を最大限に広げたい場合はちょうど中心に軸を置く必要がある。その知識は学園では教えられない」
古い書物に詳しい者……。
ていうか今思ったけど、どこで禁呪の知識を?
私はお父様を見た。
「な、何だ?」
「なにか隠していることありますよね?」
「うっ……」
お父様の目は泳ぎまくっている。
はい、黒だな。
私はお父様にさらに圧をかけた。
「……実は先日、王宮図書館の立ち入り禁止区域に何者かが侵入した」
お父様は観念したように肩を落とし、執務室の椅子に深く沈み込んだ。
だからこんなに忙しそうにしてたのか。
王宮図書館の立ち入り禁止区域には国王以外は入れない。
精霊界の古い知識や禁呪の書物、危険な呪具が封じられた場所でもある。
厳重な結界が張られてて、侵入は不可能のはずなのに……。
「ちょうど一ヶ月くらい前だったな。警備の魔導士が深夜に異常を感知したんだ。結界にわずかな乱れがあり、侵入の痕跡が残っていた。だが、犯人は影も形もなく誰が侵入したのかもわからない。そして、禁呪に関する本が数冊、SSクラスの呪具が二つ盗まれた」
この世界の呪具にはランクがある。
まあ、お察しの通りSSランクは結構やばいランクである。
それも二つ盗まれましたと。
「どんだけずさんな管理してたんですか?」
「ずさんとは失礼だな。五重結界を張ってあったわ。一枚目が触れた瞬間立入禁止区域以外の場所が大爆破する結界」
「一枚目からやばかった……」
「二枚目が爆音で警報が鳴る結界、三枚目がどこからともなく鋭い槍が降ってくる結界、四枚目がギリギリ死なない程度に強い電気が流れる結界、五枚目が死の呪いがかかる結界だ」
とんでもねぇのばっかだな。
微妙に聞こえて真剣にやばい結界ばっかり。
怖っ。
「で、そんな厳重な結界を張った結果?」
「盗まれちゃった☆」
この野郎……。
でも、そんな結界を全部無効化するほどの実力者が学園にいるのか?
異端児ですらそんなこと不可能だろうに……。
「結界を無効化なんてできるんですか?」
「普通は不可能だ。だが、魔力の流れを見ることのできる人間は可能だ」
魔力の流れを見ることができる人間?
そんな人、王立魔導士団にもいないんじゃ……。
「結界は目を凝らせば小さな魔力の隙間が開いている。ちょっと見てみろ」
お父様は指パッチンで結界を張った。
結界を張るのには詠唱はいらないんだよね。
ただ、頭の中で魔法陣を思い浮かべないといけないけど。
「目を凝らして魔力の隙を見つけて、どうにかして出てみろ」
「えぇ……そんなこと言われても……」
私は目を凝らした。
魔力の隙……?
魔力の流れすら見れない私にそんなのが見れるはずが……。
「…………あった」
私は魔力の隙を見つけることができた。
触ればいいのかな?
私は魔力の隙に触った。
そこから歪みが生まれ、私は外に出ることができた。
「あー、なるほど」
「ちなみに今の結界は魔力の隙以外のところに触れると爆破する結界だ」
「なんでものを娘に向けてるんですか」
私はじとっとした目をお父様に向けた。
さらっとこういうことするよね、この人。
「じ、実は今のは精霊契約者や精霊の血が入ったものにしかできないものなんだ」
「つまり、精霊に関係のある人にしかできないと」
私が知ってる中だと、多分お兄様達、お母さんは嫁いできた身だからどうかは分からないけど、エルディーお兄様を診ている医者の人とかくらいかな。
怪しい人は誰もいない。
「王族に裏切り者がいるとかは……?」
「あると思うか?」
「ないですね」
そもそも王族には影がついている。
ヘタなことをしたらすぐにお父様に知らせがいく。
「この件を公表するつもりは……」
「ない。公表すれば国が荒れるかもしれないからな」
確かにそうだ。
なんでそんなに管理がずさんなんだ!
って攻め込まれるかもしれないからね。
それにしても……。
「この件と学園の件について、お父様はどう考えていますか?」
「…………同一人物、それかそいつの協力者の仕業だと考えている」
やはりそうか。
そう考えるのが妥当だろう。
学園の結界の件と禁止区域への侵入。
期間は違うけど、古の禁呪が使われた結界が禁止区域に載っているものだとすれば、辻褄は合う。
「リディール。学園で犯人を調べるのは勝手にすればいいが、無茶だけはするな。一応王宮からもお前の護衛は何人か出すが、今回の件は革命派よりも厄介だ」
革命派は七年前にこの国にいた集団だ。
平民や平民差別に反対している者が所属していたいわゆるテロ集団だった。
一度拉致されたけど、リーダー格が話を親身に聞いてくれるタイプで、私も何事もなく帰ってくることができたし、ヘイマン差別をなくすことに成功した。
だから、革命派の人は今となってはいないし、革命派に入っていた人も今は真面目に働いている。
「分かっていますよ。革命派は話が通じた上に、危険なことをしようとしなかったからなんとかなっただけ。今回は禁呪を持ち出された上に、危険な呪具を扱ってくる可能性がある」
「ああ、もしお前に何かあっても私は動けないかもしれない。それだけは覚えておいてくれ」
「はい」
お父様は国をまとめる国王だ。
私が襲われて、国を助けるか私を助けるか。
そんな問いを投げかけられたら、真っ先に国を助けると言わなければならない立場だ。
「話は以上だ。戻れ」
「はい」
私はお父様の執務室を出た。
正直、私の代わりはいる。
だから自分でもお父様には正しい選択をしてほしい。
「……こういうののことをトロッコ問題って言うんだろうな」
大勢の人がいる線路にトロッコを進ませるか否か。
ただ一人が犠牲になるなら、きっとほとんどの人が躊躇いながらも一人を殺せるんだろうな。
お父様は躊躇いながらも私を殺さなければならない。
大切な一人娘の私を。
それが正しいから、それが大勢の人を助けられるから。
私はそんなことはできない。
誰も殺さない道を選びたい。
他に道がないのに迷って、結局どちらも殺してしまう。
なら、その一人の代わりに自分を殺せたらいいのに。
なんてことも思ってしまう。
トロッコ問題を解決するのって、結構大変なんだな……。




