第九話 精霊界で呼ばれたあだ名は私のものかもしれません
「雛田さんってばね、お母さんに家族じゃないって言われてたんだよー!」
「えー?マジ?」
「ウケるんですけどー!」
「で、どうなの?家族じゃないって言われてた雛田さん?」
私は何も言い返さなかった。
最初のうちは言い返していたけど、それが逆効果だと気づいた。
でも、気づいたときにはもう遅かった。
「ねぇねぇ〜、なんとか言ったらどうなの〜?」
「……はぁ、そろそろやめなよ。そういうの」
クラスメイトの一人が口を挟んだ。
私の隣の席の子で、今まで彼女達の行動を見て見ぬふりしていたのに。
どうして急に……。
「急になに?」
「急じゃないよ。ずっと思ってた」
「なにそれ。もう行こ」
そう言って、私を取り囲んでいた女子達はどこかへ行った。
私は隣の席の子の方を見た。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。前からずっと目障りだったからスッキリしたわ」
「ご、ごめんね。私の席の隣になっちゃったから」
「関係ないでしょ?私、水野玲奈。あなたは?」
「雛田りりあ」
「よろしくね、りりあ」
私と玲奈はそれから仲良くなった。
嫌がらせとかは続いていたけど、そんなの気にならないくらいには楽しい生活を送れた。
でも、私は気づいていなかった。
嫌がらせをしていた人のリーダー格の人は、私のことを嫌っているということを。
そして、玲奈と仲良くなって、楽しそうにしていることを好ましく思っていないことにも。
◇◆◇
「私、赤ん坊の頃、両親に公園のベンチに置かれてたんだって」
玲奈がある日突然ポツリと言った。
言い終わってから、玲奈は「ごめん、急に」と慌てて言った。
「大丈夫。良ければ聞かせてくれない?」
私がそう言うと、玲奈は少し切なげに笑った。
「名前もなかったただの捨て子なんだよ、私。今の両親が仕事帰りに見つけて、連れて帰ってくれてたから玲奈って名付いただけなの。私は一体誰なんだろうね」
玲奈はいつもみたいに軽く笑い飛ばすけど、どこか悲しそうな顔をしている。
「私もね、本当はお母さんの子じゃないみたい」
「え?」
「お母さんに『家族じゃない』って言われて、気になって家を調べてみたの。そしたらお母さんの机の引き出しに、お母さんの妹からの手紙?遺書が入ってたの」
玲奈の頬が少し引きつる。
「私のお父さんは私が生まれる前に交通事故で死んでて、お母さんも私を産んで死んだ。だから、りりあを名乗る私もニセモノ」
玲奈は私の手を握って笑った。
「似た者同士か」
「そうだね」
それからも私達は一緒に居続けた。
嫌がらせはなくならなかったし、学校は居心地の良いものではなかった。
でも、玲奈が、れーながいてくれたから、私は頑張って学校に来れた。
玲奈は私を「りーあ」と呼び、私は玲奈を「れーな」と呼んだ。
お互いが特別で大切だったから。
そんな時、あの事件が起きた。
あれは、少し肌寒くて、雨の降っていた夏の日だった。
◇◆◇
れーな、今日は一緒に帰れるって言ってたのに遅いな。
私は校舎を走り回って、れーなを探していた。
教室、廊下、図書室……。
どこにもいない。
雨が窓を叩く音が胸のざわつきを増幅させる。
少し肌寒い夏の日、制服の裾が湿気で重たく感じる。
嫌な予感がするな。
「れーな……どこ?」
そういえば、今日はプールの授業があった。
忘れ物したのかもだし、行ってみよう。
私はプールに向かい、更衣室を覗いた。
「いない。プールサイドかな」
私は階段を登り、屋外プールに出た。
そこには、いつもの人達がいた。
れーなはプールに頭だけつけていて、動かない。
「なに、してるの……?」
私が声を掛けると、彼女達は青ざめた顔をこちらに向けた。
「雛田さん……!?こ、これは……」
「違う!!私がやったんじゃない!」
「だっ、だって死にかけるなんて思ってなかったんだもん!!」
その言葉に、私の体は反射的に動いていた。
水の中に頭だけ入れているれーなを引き上げて、顔を覗く。
息をしていない。
「何したの……?」
「雛田さん、これは違うの!」
「私達が来たときにはもうこうなってて!」
耳障りなほど無意味な言い訳を言う人達。
「今すぐ先生を呼んで!!」
◇◆◇
その後、れーなが無事だと知らされて、胸を撫で下ろした。
でも、私のせいで死にかけたれーなに顔向けすることができずに、私はそのまま引きこもった。
だって、私の顔なんて二度と見たくないでしょ?
そうだよね?
だからさ、もう私のところに来なくていいんだよ。
でも……。
◇◆◇
「やっぱり行かないで……」
私はベッドの上で目を開けた。
王宮の天井がぼんやりと視界に広がる。
夢か。
いや、記憶か……。
なんで忘れてたんだろう。
律と話した時、忘れちゃいけない何かがあったような気がした。
私のせいで誰かが転校した記憶は残ってる。
引きこもるきっかけともなった出来事。
「王女殿下、起きましたか?」
ベッドの横から玲奈の声が聞こえた。
彼女はベッドサイドの椅子に座って私を見ている。
前世の親友だった人の名前が玲奈だったから、既視感が湧いたのか。
「あれから二日間、目が覚めなかったんですよ。リュミエール様もクソカス様も、みなさん心配していましたよ」
「そっか……。心配かけちゃったんだね。申し訳ないな」
私はベッドから体を起こし、玲奈の顔をまじまじと見つめた。
「どうしましたか?」
玲奈は不思議そうに首を傾げる。
「……昔のことを思い出してたの。私が傷つけた親友のこと」
「親友?」
「あなたにもいた?」
「はい、いましたよ。すっごく大切だった子です。すれ違ったまま別れてしまいましたけどね」
その言葉に、私の中で立てた仮説の信憑性が増した。
私は少しうつむいてから、玲奈に訊いた。
「それは……さ、私を精霊界で『りーあ』って呼んだ人と同じ人?」




