第十話 呪われた私は贖罪をしたいです
昔の記憶を思い出す。
リディールの感情のない記憶の中で、エステリーゼはいつも明るく手を差し伸べてくれていた。
引きこもりがちなリディールを、庭に連れ出したり、魔法を見せてくれたり。
そんな優しい少女が嫉妬の渦に飲み込まれたのは、私のせいでもある。
「エステリーゼ様……ごめんなさい。私がもっと早く気づいていれば……。あなたが変な方向に行ったのは、魔女のせいでも私のせいでもあります」
「……」
「なので贖罪を果たさせてください」
エステリーゼの瞳がゆっくりと私を映す。
そこには混乱と、かすかな光のような希望が混ざっていた。
彼女の震えが少しだけ収まる。
「贖罪……? 王女殿下が……?なぜ……」
私はエステリーゼの手を強く握り、優しく微笑んだ。
地下の薄暗い灯りが、私達の影を長く伸ばす。
「エステリーゼ様、あなたは私を傷つけた。でも、それ以上にあなた自身が傷ついていたんです。魔女の言葉に操られて、嫉妬の渦に飲み込まれて……。それは、あなたのせいだけじゃない。私があなたの心に影を落としたのも事実です。だから、贖罪を果たすのは、私も一緒です。あなたを助けることで、私の心も晴れるんです」
エステリーゼの指先が、私の手の中でわずかに強張る。
「私、毒を盛って、呪いを……あなたを殺そうとしたのに……。どうして……どうしてそんな優しい目で……」
エステリーゼの声はか細く途切れ途切れだ。
「昔、花畑で一緒に花冠を作った時のことを覚えていますか?あの頃のあなたは、いつも明るくて、私の心の空白を少しだけ色づけてくれました。それがどれだけ私の心を癒やしていたか、あなたは知らないでしょう」
リディールがどんな勘定だったのか、正確にはわからない。
でも、きっと楽しかったはずなんだ。
「私は……」
あれ、口が勝手に動く……?
「私はあなたが大好きなの」
私が言うと、記憶が蘇ってきた。
エステリーゼと一緒にいるときの記憶が……。
――エステリーゼ様と一緒にいるの楽しいな
――また遊びたい
――ずっと一緒にいたい
その瞬間、その記憶が色づいた。
リディールの記憶はどれも新聞記事のように無機質だった。
事実だけが並び、感情の色が欠けていた。
すべてが淡々とした記録だった。
でも、胸の奥から温かな波が広がる。
エステリーゼの指が、私の髪に花を挿す感触。
風に舞う花びらの中で、エステリーゼが「リディール様、次はもっと大きな花冠作ろうね!」と、無邪気に笑う姿。
感情が空白を埋めていく。
空白が埋まったのは、エステリーゼとの記憶だけだけど、暖かい。
リディール、あなたは私の中で確かに生きてるんだね。
「王女殿下、どうかされました……?」
「……いえ、何でもありません。さあ、行きましょう」
エステリーゼの手を引いて、地下通路を急ぎ足で歩いた。
城の中から出て、私は二人にローブを渡した。
「これで隣国に逃げてください。明日にはエステリーゼ様の罪とスパール様との駆け落ちが報道されることでしょう」
私が言うと、二人は目を点にして「エッ?」と言った。
さっきクソカスがお母さん達のところに行って、どうやって誤魔化すのか訊いてきてくれた。
その結果、兄弟の禁断の恋に落ちてしまった二人は駆け落ちをしてしまった。
と言うことにすること言っていたことが判明。
確かに納得はいくけど……。
「「誰が駆け落ちですか!!」」
スパールとエステリーゼのハモリ声が、夜の王宮裏庭に響き渡った。
エステリーゼは顔を真っ赤にしてローブの裾を握りしめ、スパールは頭を抱えて地面を睨んでいる。
クソカスは人間型のまま木陰でクスクス笑い、リュミエールはメイド服の袖で口元を隠して肩を震わせている。
「でも、これが一番誤魔化しが効くんですよ?兄弟の禁断の恋って貴族社会じゃ大スキャンダルだと思いません?それによって、エステリーゼ様の罪は無視される可能性が高いです」
スパールは天を仰いでため息をついた。
こうでもしないとエステリーゼが貴族や平民に馬鹿みたいに叩かれる。
今のところ、「国の救世主はリディール王女殿下だ」みたいな感じだからな。
「王女殿下や国王夫妻の嘘の創造力は認めるけど、俺達は兄妹ですよ?そんな噂が広まったら、俺達は一生立ち直れません!父上と母上が聞いたら、どんな顔をすることか!」
エステリーゼも頰を膨らませて頷く。
「そうですよ、王女殿下!私と兄様がそんな……。おえっ、想像しただけで吐き気がします……。私はお兄様のことをただのお財布としか思ってないのに……!」
「エステリーゼ!お前、俺のことそんな風に思ってたのかよ!いつもお小遣いやってたのは誰だと思ってんだ!?」
「だからお財布なんですよ」
「コイツ!!」
「ぶふっ」
思わず笑ってしまった。
二人はそんな私を睨みつけた。
「何笑ってるんですか!!」
「いえ、微笑ましいなと思いまして」
私がそう言うと二人は声を揃えて「どこがですか!!」と言った。
「片方が罪を犯してもなお、そうやって笑い合える兄弟愛が、ですよ」
二人の兄弟愛は本物だ。
何にも変えられない、変えることのできない唯一のもの。
全てを失った妹と、その妹のために全てを捨てた兄。
二人はこれから、喧嘩したとしても仲直りをして、ずっと一緒に生きていくんだろうな。
「隣国でもお幸せに」
二人はローブを着て、フードを被った。
その顔は晴れやかで、この先何があっでも大丈夫そうだ。
「リディール王女殿下、今回のこと、大変申し訳ありませんでした」
「これまでの罪を悔い、またお兄様と生きていきます」
「それでは、失礼致します。……行こうか、エステリーゼ」
「はい」
私達は二人の背中を静かに見守った。




