第四話 最高指導者会議後
「お父様!!」
私は乱暴にお父様の執務室の扉を開いた。
バァンと大きな音が鳴った。
「リディール、最高指導者会議での平民差別をなくすための演説は見事だったぞ」
「見事だったぞ、じゃないです!どうしてコロスーゾ公爵夫人のことを教えてくださらなかったのですか!?」
「必要がないと判断した」
クッソォォォオオ!
必要あるないの問題じゃなくて、具体例は必要でしょう!
私貴族の重みに負けかけたからね!?
「リディール、お前は自覚がないかもしれないが、頭の硬い上位貴族を動かしたのはお前自身だ」
「どっからどう見てもコロスーゾ公爵の具体例のおかげでしょう」
「いや、違う。彼らはちょっとやそっとじゃ動かない。コロスーゾ公爵のあれは、ただの実例にすぎない。リディールの演説が彼らに響いたからだ」
お父様が言いたいことは分かった。
だけどこちらとしても計算が狂ったわけで!!
「リディール、最近のお前の行動は素晴らしいものだ。我々王族が何十年と無視してきた異端児差別と平民差別をなくすとは……」
「…………」
「ただ、これは始まりに過ぎない。いまだに残る異端児差別と平民差別の過激派をこれからどうしていくかが問題だ。それの向き合う覚悟はできてるんだろうな?」
「できてないとお思いですか?」
「……ああ」
ざんねーん。
できてません。
いやだって、あんな顔怖い集団が最高指導者達とは思わないじゃん!
マジで怖かったからね!
知り合いがいたから良かったけど、半分以上初めましてだったからね!
「まあ、できてないのはこれからするとして。あの、どっからどう見ても公爵くらいの爵位持ってそうな顔した伯爵がいたんですけど……」
最高指導者会議に出席可能なのは、公爵と侯爵のみだ。
その下に、伯爵家、辺境伯、子爵、男爵がいる。
彼は伯爵に属するから出席は許可されないはず。
「彼は特例だよ。元々は公爵の位にいたが、領民達が彼の政治に不満を持って、王家に殴り込んでくることがあってね。ただ、彼は頭の回転が早く、手放すのは惜しいから、重要参考人程度に傍に置くことにした」
「え、そんな領民から反感を買うような政治をしていたのに、どうしてまだ傍に置くんですか?」
「彼が悪い政治をしていたわけではない。彼の領地にいたのが、横暴な平民ばかりだったのが原因だ。彼は王家に迷惑をかけまいと、自ら爵位を手放して、伯爵になったんだよ」
なんてこった。
横暴な平民、つまりは前世でいうヤクザみたいなものだろう。
え?
そんな人が大量にいるの?
怖っ。
「さて、リディール。お前は今後どうするつもりかな?」
「……国民の前での演説で、平民差別がどうこうなるとは思っていません。国民よりも貴族をなんとかすべきというのは私も重々理解しております」
「それで?」
「上位貴族の再来月の王宮大舞踏会で、上位貴族のみなさんに態度などで示してもらおうかと……」
「いい提案だな。ただ、お前、エスコートは誰に頼むんだ?」
私は回れ右をして、扉にダッシュで向かった。
「水の精よ、我が呼びかけに応えよ」
やばい!
魔法詠唱!
早く開けないと!
私はドアノブに手をかけて開けようとしたが、開かない。
外側から開かないようにされてる!?
「申し訳ありません、王女殿下……」
「陛下の命令で」
オイィィィイイイ!!
なにサラッと逃げ道塞いどんねん!
「許してください……」
「許しませんけど!?」
「アイス・コールド・ハーデン」
私の体スレスレで氷魔法が飛んできた。
ドアノブがキンキンに凍ってやがる……。
私はゆっくりと振り向いた。
お父様は笑顔で私を見ていた。
目が笑ってない笑顔で。
ここ大事。
「リディール、話は終わってないぞ?」
「お父様、失礼いたします」
私はお父様を部屋の端に追いやり、執務室の窓を開けた。
そして、お父様に微笑みかけた。
「それではお父様、ごきげんよう」
「よろしくないわ!!なにをする気だ!!」
私は窓から飛び出した。
ちなみにここは二階だ。
「リディール!!」
あー、なにも考えずに飛び出したけど、どうやって着地しよう。
案外骨折だけで済むかも。
二階から自殺は甘えっていうじゃん?
なら死にはしないだろ。
あ、でも今頭が下になってるから死ぬわ。
やばいやばいやばいやばい!
「風の精よ、我が呼びかけに応えよ。ソフト・ジェントル・ウインド!!」
私は優しい風魔法に包まれた。
え?
あ、死んでない。
よかったよかった。
私は風に包まれたまま、誰かの腕に包まれた。
「リディール王女殿下は空で散歩でもしてたんですか?」
「アルデーヌ!!」
私を受け止めてくれたのはアルデーヌだった。
ナイスキャッチだよ!
「リーディールー?」
「まずい!アルデーヌ、降ろして!!」
私が言うと、アルデーヌが目を細めて、何かを疑っているかのように言った。
「……何したんですか?」
「何もしてないよ!失礼だな!エスコート役を探せって言われて逃げてるの」
「へぇ……」
「なんでもいいから早く降ろして!」
「はいはい」
アルデーヌが私を降ろそうとした瞬間、お父様が風魔法で降りてきた。
「ロック」
私達二人の動きが、時間が止まったかのように動かなくなった。
ロックって何!?
そんな魔法知らないんですけど!?
お父様が私に近づいてきて、両頬を引っ張った。
「いひゃいれす」
「エスコート役の候補は?」
「いまひぇん」
「婚約者候補は?」
「いまひぇん。はらしれくらさい」
お父様は手を離してくれた。
しかし、魔法は解いてくれない。
「アルデーヌ、どう思う?」
「中腰キツいんで魔法解いてください」
「訊かれたことに答えろ」
「無理です。足限界です。早く魔法解いてください」
お父様はため息をついた。
「解除」
「どわぁぁあ!!」
急に魔法を解くから、私は地面に落ちてしまった。
アルデーヌもまた、バランスを崩して倒れ込んだ。
「解くなら解くと言ってください……」
「アルデーヌと同感……」
「で、アルデーヌ。実際はどうなんだい?」
「知りませんよ。王女殿下のお相手は俺が決めるべきではありませんからね」
なぜかムスッとしながら言うアルデーヌに、お父様は笑った。
あれ?
なんか嫌な予感がするなー。
「お前ら二人で舞踏会に出席すれば?」
「えー」
「陛下、戯言は程々になさってください」
「アルデーヌはリディールがすk――」
「わぁぁああああ!!陛下!そのお話は後ほど!!」
アルデーヌの叫びが王宮の庭園に響き渡る。
なぜそんなに必死なのかわからないけど、私はプッと吹き出しそうになる。
お父様はニヤニヤしている。
アルデーヌは慌てて立ち上がり、服の埃を払いながら必死に視線を逸らす。
「陛下、何を仰ってるんですか!俺はただ、王女殿下を助けただけで……!エスコートだなんて、そんな……!」
「顔が赤いぞ、アルデーヌ?『リディール王女殿下の演説、胸に響きました』とか、毎晩枕に呟いてるらしいな」
「そ、そんなわけありません!陛下、噂を信じないでください!」
アルデーヌの声が上ずってる。
異端児の天才がこんなに慌てふためく姿、珍しいな。
私は地面に尻餅をついたまま、腹を抱えて笑い出す。
「ぷっ……あはは!!」
「リディール王女殿下!?」
「お父様、アルデーヌをいじめ過ぎないでくださいよ。でもさ、アルデーヌがエスコートか。悪くないかもね」
「リ、リディール王女殿下まで!?」
アルデーヌの目が、慌てて私を捉える。
お父様は満足げに頷き、杖を収める。
「よし、決まりだ。アルデーヌをリディールのエスコート役に指名する。再来月の王宮大舞踏会で、過激派の貴族共に、平民差別の愚かさを態度で示せ」
私とアルデーヌは顔を見合わせてうなずいた。
「はい!」




