第四話 いつも通りのまま夏休みに入ります
「婚約?あの二人が?」
「そう。男爵家同士の政略結婚らしいよ。私も聞いた時驚いたよ。でも、二人とも全然嫌がってないみたい。むしろ仲良しだよ。生徒会長が副会長を誰にも渡すまいと強引に婚約したらしいよ」
「……あれが仲良し?」
私は信じられない気持ちだった。
だって、さっきまであんなに激しく喧嘩してたのに。
グズとか言ってたよ!?
それが強引に婚約だと?
「喧嘩するほど仲がいいってやつだね。二人は幼馴染らしいし」
「そうなんだ……」
私は少し納得した。
確かにあの喧嘩の仕方は、お互いをよく知っている者同士の喧嘩だった。
「幼馴染婚約と言えば、私とオスカーと同じだね!」
「そうなん……そうなの!?メルリとオスカーって婚約してるの!?」
私は驚いて声を上げた。
初耳なんだが。
「うん。伯爵家と子爵家の政略結婚だよ」
メルリはあっけらかんと言った。
「でも、私達も幼馴染だから全然嫌じゃないよ」
「そ、そうなんだ……」
私は動揺していた。
メルリとオスカーが婚約者だなんて全然知らなかった。
「あ、でも秘密にしてるから、あんまり言わないでね」
メルリは人差し指を口に当てた。
顔面偏差値高いからマジでこれスチルにしたら大人気になりそうだなぁ。
「分かったよ」
「ていうか、リディールは婚約者いないの?フォーカス様と婚約破棄してからそういう話聞かないけど」
「あー、まだいないんだよね」
「へぇ。王女なのに珍しいね」
「うん……お父様が『リディールには自分で選ばせる』って言ってくれてるから」
「いいお父さんだね。でも、将来的には誰かと婚約することになるんでしょ?」
「まあ……そうかもしれないけど」
私は少し複雑な気持ちになった。
婚約か。
まだ考えたこともなかった。
「まあ、リディールなら誰とでも上手くやっていけそうだけどね」
「結婚相手となれば話は別だよ。周りに結婚したいって思える人いないし」
「そうなの?爵位は伯爵以上がいいの?」
「正直爵位はどうでもいいかな」
私、そもそも爵位とか興味ないし。
お父様も私が決めた相手なら誰でも許してくれそう。
「じゃあさ、私がいい貴公子を紹介しようか?オスカーの友達とか――」
メルリが言っている途中で、鞄が床に叩きつけられた音がした。
音がした方向を見ると、アルデーヌが固まっていた。
「あ、おはようアルデーヌ」
「オ、オハヨウゴザイマス……」
アルデーヌの声が震えている。
なんか様子がおかしい。
「アルデーヌ、大丈夫?」
私が訊くと、アルデーヌは慌てて鞄を拾った。
「ダ、ダイジョウブデス。スミマセン、テガスベリマシタ」
明らかに動揺している。
メルリがクスクス笑っている。
「ああ、そういうこと」
「……?何かあった?」
「ううん、な〜んにも」
メルリは首を横に振ったが、笑顔は消えない。
なんだろう。
この空気。
アルデーヌは自分の席に座ると、机に突っ伏した。
どうしたんだろう。
「ねぇ、アルデーヌなんか変じゃない?」
私が小声で訊くと、メルリは意味深に微笑んだ。
「さぁね。でもまあ、色々あるんじゃない?」
「色々?」
「うん、色々」
メルリは謎めいた笑顔を浮かべたまま、それ以上は何も言わなかった。
その時、教室の扉が開いた。
「おはよー!」
「あ、オスカーおはよう」
「おはよう、リディール。アルデーヌも……ってあれ?どうした?」
オスカーは突っ伏しているアルデーヌを見て首を傾げた。
「さあ?急に具合が悪くなったみたい」
メルリがしれっと言った。
「そうなのか?大丈夫か、アルデーヌ?」
オスカーが心配そうに声をかけると、アルデーヌは顔を上げた。
死にかけてるみたいな顔してるけど大丈夫かな?
アルデーヌはオスカーにしか聞こえない声で何かを言った。
次の瞬間――
「ぎゃははははっ!!なるほどな!可哀想に!!ぎゃははっ!!」
私は何が可哀想なのか、何が面白いのか分からなかった。
メルリを見ると、めちゃくちゃニヤニヤしてる。
……なんで?
◇◆◇
――数週間後
秋の学園祭は夏休み後にあるため、今学期は特に準備などはせずに夏休みに入る。
前世の学校と何ら変わりはない感じだ。
そして、今日は夏休み前最後の登校日だ。
「最近ほんとにあつーい」
「半袖なんて初めて着たわ」
「シシュナ王国は年がら年中涼しいもんね〜」
メルリとセレーヌが暑さについて話している。
確かに最近暑い。
でも、三十度を超えたりはしないから、日本より涼しいっちゃ涼しい。
「リディール、夏休みの予定は?」
メルリが訊いてきた。
「えっと……特にないかな」
公務以外は。
「じゃあ一緒にみんなで遊びに行こうよ!」
「いいね!」
私は嬉しくなった。
前世は夏休みにみんなで遊ぶとかなかったから、楽しそう。
「セレーネも一緒に行く?」
「もちろん」
「オスカーとアルデーヌは?」
「もちろん行かせてもらいます」
「行くー!」
よかった、いつものメンバーで行けそうだ。
後でフォーカスと律とペルセポネも誘おっと。
しばらくすると、エルミナ先生が教室に入ってきた。
「みなさん、おはようございます。今日は夏休み前最後の日ですね。ということで、夏課題を配ります」
「「「えぇぇぇ!!」」」
教室中から悲鳴が上がった。
みんな嫌そうだ。
ちなみに私も少し憂鬱になった。
「今から読み上げますね。魔法の論文、オリジナルの結界の魔法陣作成、魔法薬調合、魔石調達、自由研究。以上です」
「多い!」
「鬼畜!」
教室中から抗議の声が上がった。
私も思わず声を上げそうになった。
論文、魔法陣作成、薬調合、魔石調達、自由研究……。
これ、全部やるの?
一瞬、「前世の宿題よりも少ない!ラッキー」って思ったけど、前世で出された宿題より多いんですけど。
小学校は百ページないくらいの冊子、中学校はそれぞれの教科で配布されているワークが三十、四十ページほどだった。
だから、「たかが五つ?」という発想になるのは仕方がないと思う。
しかし、この世界の常識で行くと、この課題はかなりレベルが高く、精度が求められる。
その上、私のような王族、貴族は公務をこなさなければならない。
鬼畜だぁ。
「まあまあ、そんなに嫌そうな顔をしないでください。夏休みは一ヶ月以上ありますから、計画的にやれば大丈夫ですよ」
「一ヶ月あっても厳しいですよ!」
オスカーが叫んだ。
「特に魔法陣作成なんて!」
「オリジナルの魔法陣を作るのは、とてもいい勉強になりますよ」
先生は容赦なかった。
「それに、自由研究は好きなテーマを選べますから、楽しんでやってください」
「楽しめる気がしない……」
メルリがぼやいた。
それには私も酷く共感した。
その後、課題の紙が配られた。
私は内容を詳しく確認した。
『魔法理論について、三千字以上の論文を書くこと』
『オリジナルの結界魔法陣を作成し、実際に使用できることを証明すること』
『魔法薬を三種類以上調合し、レポートを提出すること』
『Bランク以上の魔石を五個以上調達すること』
『自由研究(テーマは自由、ただし魔法に関連すること)』
……うわぁ。
本当に多い。
「あっ、アルくんは親戚のよしみで手伝ってあげるね〜♡」
「いらねぇよ!!」
あ、エルミナ先生のアルくん贔屓久しぶりに見たな。
入学式のあの日以来、先生は大人しかったからなぁ。
先生はニコニコしながらアルデーヌに近づく。
アルデーヌは露骨に嫌そうな顔をして、先生から距離を取ろうとする。
「アルくんったら、そんなに照れなくていいのに〜!先生が特別に魔法陣のヒントを教えてあげるよ?」
「いや、本当にいらないから!」
アルデーヌの言葉にクラスメイトがクスクス笑う。
本気で逃げようとするアルデーヌを、エルミナ先生は楽しそうに追いかける。
教室が一気に和やかになった。
「エルミナ先生がああなるのめっちゃ久しぶりだね」
メルリが笑いながら言った。
「そうだね」
私は苦笑いした。
「じゃあ、夏課題の説明はこれで終わりです。みなさん、夏休み中に事故や怪我のないように気をつけてくださいね」
チャイムが鳴って、授業が終わるとみんなが一気に立ち上がった。
夏休みの解放感が教室を満たす。
「じゃあ、リディール、アルデーヌ、セレーネ!!夏休み中に絶対遊びに行こうね!」
メルリが手を振る。
「うん!楽しみにしてる」
夏休みか……。
ヴァニタスの件はまだ解決していないけど、少しは息抜きしてもいいよね。




