第三話 いつも通りじゃないフォーカスを元気づけます
――放課後
私とセレーネは城下にあるフォーカスの家に来ていた。
私は道案内係みたいなものだ。
「それで、話って何?」
フォーカスが訊いてきた。
セレーヌはカバンから箱を取り出した。
「これをフォーカス様にお渡ししたくて」
「これは……?」
「兄様が使っていたチェスセットです」
セレーヌは優しく言った。
フォーカスはチェスセットを受け取って、目を見開いた。
「母様から私が遺品として持って行くよう言われましたが、私はフォーカス様が持っているべきだと思ったので」
フォーカスはゆっくりと箱を開けた。
中には美しいチェスの駒が並んでいた。
木製で丁寧に磨かれている。
使い込まれた跡があって、セティルド様がどれだけ大切にしていたかが分かる。
「これ……あいつが使ってたやつか……」
フォーカスの声が震えていた。
「はい。兄様は、このチェスセットをとても大切にしていました」
セレーヌは微笑んだ。
「昔、兄様の笑顔が少しだけぎこちなくなっていた時、満面の笑みで城下で面白い人に会ったという話を聞きました。兄様が亡くなる際、あなたとチェスをする約束をしていたというのを聞いて確信しました。幼い兄様とチェスをしてくださったのはフォーカス様ではありませんか?」
「……ああ」
フォーカスは静かに頷いた。
「俺が、六歳の時だったかな。家族でシシュナ王国に旅行に行った時、両親が急用で俺だけカフェで待つってことがあってさ」
フォーカスは懐かしそうに目を細めた。
「そしたら、見知らぬ子供が『一緒にチェスやろう』って声をかけてきた。それがセティルドだった。あいつ、めちゃくちゃ強かったんだよ」
フォーカスは苦笑いをした。
そして、駒を一つ手に取った。
キングの駒だ。
「このチェスセット、あの頃と全然変わってないな。このキングの駒、あいつのお気に入りだったんだよな。『みんなの憧れるような人になりたい』って言ってた……。再会したとき王族だって知れたのに、俺はあいつがキングが好きな理由も、あの頃よりも笑顔がぎこちなかったのも気づけなかった……」
フォーカスの目に涙が溜まっていく。
「そんな俺が、あいつの大事な遺品であるこれを貰っていいのか……?」
セレーネは立ち上がって、俯くフォーカスの手を握って、切なそうに微笑んだ。
「兄様はフォーカス様を親友だと言っていました。だから、このチェスセットをフォーカス様に持っていてほしいんです」
「……ありがとう、セレーネ様」
フォーカスは涙を堪えながら頷いた。
「大切にします。絶対に」
「はい。兄様もきっと喜んでいると思います」
「……ああ」
私は二人の様子を微笑みながら見ていた。
◇◆◇
――次の日 生徒会室
私は書類を提出しに、絶対行きたくないと言われている生徒会室に来ていた。
昨日の私はなぜそう言われているのか分からなかった。
しかし、今日、今、目の前で繰り広げられるものを見て納得した。
「だぁ〜かぁ〜らぁ〜!!何回教えりゃ分かんだこのグズ!!」
「はぁ〜〜!?そんな事言うなら会長が自分でやってくださいよ!!」
「あ゙?そんな暇ねぇってわかんねぇか?そんな頭が足りてないとは思わなかったわ!」
「あ、逆に少しはあると思ってくれてたんですね?いがーい!!」
やばい、入るタイミングを見逃した。
小さな声で「あのぉ」って言ってるけど、聞く耳を持たれない。
ていうかこんな気づかないことある?
「てか、お前が書記と会計を駆け落ちさせるからこんなことになったんだろうが!!」
「はい!?なんで私のせいなんですか!私が何をしたって言うんですかね!」
「お前が二人をくっつけようとして、『愛の力で頑張りましょう』とか言ってたろうが!」
「いやいや、会長こそ『恋愛は青春の華だ。応援しよう』とか言ってノリノリだったじゃないですか!!」
「それとこれとは話が別だ!!駆け落ちまでさせるなんて想定外だっただろ!!」
「会長だってデートスポット教えてたじゃないですか!!責任転嫁しないでください!!」
「俺が教えたのは健全なデートスポットだ!お前はロマンチックな夜景スポットとか教えてただろ!」
「それは観光案内として!!」
「どこが観光案内だ!完全にプロポーズスポットじゃねぇか!!」
二人の罵り合いはどんどんヒートアップしていく。
駆け落ちに関しては本人以外の誰の責任でもないのでは……。
「大体ですね!会長が普段から『生徒会は家族』とか言って甘やかすから、みんな調子に乗るんですよ!!」
「はぁ!?家族のように支え合うのは当然だろうが!!お前こそ『困った時はお互い様』とか言って、仕事押し付け合うのを容認してただろ!!そもそも!お前の仲良しこよしムード作りのせいで、職場恋愛が発生したんだろうが!!」
「会長こそ『愛は素晴らしい』とか言ってたじゃないですか!!」
「それは一般論だ!まさか生徒会室が恋愛成就の場になるとは思わなかった!!」
私は扉の前で完全に固まっていた。
これは……話しかけるタイミングが……。
「そもそも会長が普段からだらしないから、みんな真似するんですよ!!」
「はぁ!?俺はきちんとしてるだろ!!」
「してません!昨日も書類を逆さまに読んでたじゃないですか!」
「あれは……目の錯覚だ!」
「嘘おっしゃい!『あれ?なんか変だな』って首傾げてたの見ましたよ!!」
「見間違いだ!」
「じゃあ一昨日、自分の名前を書き間違えたのは!?」
「あれは……寝不足で手が震えてただけだ」
「震えてただけで『シリウス』を『シウリス』って書きますか!?」
「書く!」
「書きません!!」
「お前だって先週、『副会長』を『副会超』って書いてただろ!!」
「あれは急いでたからです」
「俺だって急いでたんだよ!!」
もはや小学生の喧嘩だ。
これが、名門王立魔法学園の生徒会……?
てか最初の論点からどんどんズレてるし……。
「あのぉ……」
私はもう一度小さく声をかけた。
二人の動きがピタリと止まる。
二人はゆっくりとこちらを向く。
「「……あ゙っ」」
やっと気づいたか。
「リ、リディール王女殿下!?」
「い、いつからそこに……?」
「『だぁ〜かぁ〜らぁ〜』のところから」
「めっちゃ序盤」
私は生徒会長に昨日渡された書類を渡した。
「じゃ、私はこれで」
私はそそくさと廊下に出た。
「はぁ!?お前王女殿下パシったわけ!?」
「やむを得えねぇだろ!生徒会にはグズしかいないんだから!!」
「テメェでやればいいだろうが!!」
扉から聞こえてくる怒号から逃げるように、私は教室に向かった。
生徒会怖い……。
◇◆◇
「あ、リディールおはよー」
「メルリおはよ。相変わらず早いね」
「寮生だからね〜」
私はカバンを置いて、机に教材を入れる。
朝からどっと疲れたな。
それをメルリは察知したのか「どした?」と訊いてきた。
「生徒会室行ってきた」
「あー……。大変だったね」
「うぅ……何だあの戦場……。生徒会長と副会長が怖かった」
「あ、概ね噂通りなんだ。でも、あの二人って婚約してるらしいよ」
「え?」
私は思わず声を上げた。




