第十七話 他国の王子に別れを告げます
翌日の朝、部屋から出るとお兄様やお父様は泣きながら喜んでくれた。
「リディ……!」
アルカお兄様に強く抱きしめられた。
エルディーお兄様も、セラフィーお兄様も少し悲しそうに、でも誇らしげに私を見ている。
「よかった……本当によかった……」
お父様の声は震えていて、アルカお兄様の肩越しに見えた表情は私が初めて見るほど弱々しかった。
この一週間で私だけじゃなく、みんなが削られていたのだと気づいた。
「……心配かけて……ごめんなさい」
そう言うとお兄様は首を横に振った。
「謝るな。出てきてくれただけで……十分だ」
それは責めでも期待でもなく、ただの安堵だった。
私は今まで、自分が立ち止まることで誰かを失望させていると思い込んでいた。
でも違った。
みんなはただ、私が戻ってくるのを待っていただけだった。
「……無理に元気にならなくていい。でも、独りで閉じこもるな。辛いなら、辛いって言え」
エルディーお兄様が静かに言う。
ああ、そうか。
私はこんなにも愛されていたんだ……。
失望なんてされてないんだ……。
まだ学園には行かなかったけど、少しだけ心が軽くなったような気がした。
◇◆◇
「へぇ……。リディールはセティルドの死から立ち直るんだぁ〜」
「あれくらいでへこたれるような精神ではなかったと言うことだな」
「なんだか面白くないね〜」
「こればかりは仕方ない。……ユースティティア、お前は立ち直れたのか?」
「まだに決まってるよ〜。可哀想なセティルドに同情して悲しいって気持ちしか出てこないよ〜」
「本当に人の心がないな、お前は」
「どうして?泣いているのに」
「分かってないならいい」
「ふーん。でも本当に可哀想だなぁ〜。ボスを裏切ろうとしなければ殺されなかったのにぃ〜」
「……今、何と言った?」
「だからぁ〜。セティルドは可哀想だったなって。ボスを裏切ろうとさえしなければ、殺されることも――」
「もういい。お前は余計なことを言いすぎる」
「え〜? 事実じゃん?」
「事実でも、口にする価値がない」
「……へぇ。そんなに大事だったんだ、セティルド」
「大事かどうかの話ではない」
「彼の死は駒が役目を終えただけだ。だが、リディールは違う。あれは折れると思っていた。罪悪感に押し潰され、自分を否定し、やがて動けなくなると。だが、家族と遺された者達に引き戻された。しかも、自分は救えなかったという痛みを抱えたまま、だ」
「それってさぁ……一番厄介じゃない?」
「その通りだ」
「折れた者は扱いやすい。だが、傷ついたまま立ち上がる者は予測が効かない」
「あはっ、それはそれで楽しそう〜」
◇◆◇
――数日後
セティルド様の葬儀はメッチャツオイ王国で静かに執り行われた。
灰色の空の下、王宮の庭園に設けられた祭壇でセレーネとルナリアは棺に花を捧げた。
私はその光景を遠くから見つめていた。
棺の中のセティルドは安らかな顔をしていた。
まるで、ようやく休める場所を見つけたように。
私はそっと目を閉じて、彼の最後の言葉を思い浮かべた。
――……みんな…………ありがとう……!
その声は今も胸に残っている。
「ねぇ、リュミエール。セティルド様は幽霊になって出てきてはくれないの……?」
リュミエールは私の言葉を聞いて、少し困ったように微笑んだ。
『リディール、そんな顔をしないで。セティルドはもう苦しみから解放されたの。幽霊になって現れるなんて、きっと彼らしくないわ』
私はベンチに腰を下ろし、空を見上げた。
セティルド様が亡くなってから、今も心のどこかでセティルド様の姿を探してしまう。
本当はまだ生きていて、どこかで幸せに過ごしてるんじゃないかって。
でも、現実は違う。
彼はもういない。
「……会いたいよ。もう一度、話したいよ……」
リュミエールは私の隣に座り、優しく手を握った。
『会いたい気持ちは分かるわ。でも、セティルドはあなた達の中に生きている』
私はリュミエールの言葉を噛み締めた。
確かに、セティルド様の笑顔は今も鮮やかだ。
あの冷たい瞳の奥にあった優しさも、家族を想う気持ちも。
『それに、セレーネやルナリアも同じ気持ちだと思うわ。ほら、行きなさい。セティルドに最後の挨拶をしにね』
私は小さく頷いてベンチから立ち上がった。
足取りはまだ重い。
それでも逃げたいとは思わなかった。
祭壇の前にはもう人影はほとんどない。
棺の前に立つと、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
棺の上にはピンクと黄色のバラ、カーネーションが置かれていた。
生前、彼が好きだった花らしい。
それでも、目は逸らさなかった。
「……セティルド様。ごめんなさい……。約束……守れなかった。帰らせてあげるって……言ったのに」
声が震える。
でも、止めなかった。
きっともう顔を見て話せることはない。
なら、ちゃんと言わないと。
「それでも……あなたが最後に笑ってくれたこと忘れないよ。私、前に進むよ。怖いけど……それでも、手を伸ばすよ。次は絶対に死なせないから」
それは、彼への言葉であり、自分への宣言だった。
風が吹き、花びらが一枚棺の上に落ちた。
その瞬間、胸の奥にあった痛みが少しだけ形を変えた気がした。
――ありがとう
確かにそう聞こえた気がして、私は小さく笑った。
私は深く一礼した。
「私達、あなたの分まで生きるから」
私がそう言うと、後ろから誰かの気配がして振り向いた。
「ペルセポネ……」
「……やっぱり、ここにいたのね」
ペルセポネはいつものシルビアの姿ではなく、本来の彼女らしい、どこか憂いを帯びた表情で立っていた。
彼女の目も少しだけ赤くなっている。
「あんたが最近、ようやく部屋から出てきたって聞いたから、様子を見に来たのよ。あと、この馬鹿に挨拶でもしようかと」
ペルセポネは私の隣に立つと、祭壇に供えられた白い花を見つめた。
馬鹿って言ってるけど、これはただの強がりだよね。
「リディール。あんたが自分を責めてるのも分かってる。でもね、あいつが最後に笑えたのは、間違いなくあんたのおかげよ。あたしが保証するわ」
ペルセポネは私の肩にポンと手を置いた。
その手の温もりが、冷え切っていた私の心にじんわりと広がっていく。
みんな同じ事を言ってくれるんだ……。
「ペルセポネ。私、決めたの。もう二度と誰にもあんな顔をさせない。あんな風に、誰かが一人で抱え込んで壊れていくのを、私は絶対に見逃さない」
「……そう言うと思ったわ。いいわよ。あんたがそのつもりなら、あたしも最後まで付き合ってあげる。ヴァニタスをまとめてあたしたちで叩き潰してやりましょう」
ペルセポネはそう言って、私の両頬を叩いた。
「……よし!メソメソするのは今日で終わり。あんたがシャキッとしてないと、周りが困るんだから」
「そうだね……。心配ばっかかけたら駄目だよね」
私達は二人で歩き出した。




