第十四話 他国の王子を助けます
目を覚ますと、私は知らない城のような場所で寝転がっていた。
成功したな。
さて、セティルド様を探すか。
立ち上がった私の姿は、雛田りりあだった。
あ、そっか。
この魔法を使うと雛田りりあになるんだった。
そんなことはどうでもいいや。
まずはセティルド様を探さないとな。
まずはここの扉を開けましょう。
なーんて、いるわけないよね。
「いたぁあああ!!」
真っ暗な部屋の中で膝を抱えるセティルド様を私は見つけた。
「セティルド様!」
私は駆け寄った。
セティルド様は顔を上げ、私を見た。
その目は虚ろだ。
「……誰だ?」
「私は雛田りりあです」
私は優しく微笑んだ。
セティルド様は戸惑ったように私を見つめている。
「ヒナタ……リリア?知らない……。お前は誰だ?なぜここにいる?」
「あなたを助けに来たんです」
「助ける……?」
セティルド様は首を傾げた。
「あなたは記憶を奪われているの。でも、大丈夫。私が取り戻してあげる」
私はセティルド様の隣に座った。
「思い出せない……。何を忘れたのかも分からない……」
その苦しそうな様子に、私の胸が痛んだ。
「大丈夫。一緒に思い出そう」
私はセティルド様の手を握った。
「まず、あなたの名前は?」
「分からない」
「あなたはセティルド・エル・シシュナだよ」
「…………」
「覚えてない?あなたの大切な妹のこととかも」
私はさっきルナリア様の腕を触ったときに受け取った記憶を、目の前に映し出した。
そこには幼いセティルド様とセレーネ、ルナリア様の姿があった。
シシュナ王国の王宮の庭園で三人が笑い合っている。
セレーネがセティルド様に甘え、ルナリア様が困ったように笑っている。
「これがあなたの妹よ。セレーネとルナリア。あなたの大切な妹さん達」
「……この子達……。知ってる……気がする……」
『兄様!見て見て!この花、きれいだよ!』
幼いセレーネが花を摘んでセティルド様に差し出す。
セティルド様は優しく微笑み、花を受け取る。
『そうだな、セレーネ。君みたいにきれいだ』
『お兄様、セレーネを甘やかしすぎですよ。もっと厳しくしないと』
セティルド様が笑う。
『ルナリアはいつも厳しいな』
三人が手を繋ぎ、庭を走り回る。
セティルド様の表情が次第に柔らかくなっていく。
「……この声」
「これがあなたの家族。幸せだった頃の記憶」
セティルド様の目が潤む。
過去の映像はどんどん流れていく。
涙がセティルド様の頬を伝う。
「思い出した……。あの頃の温かさ……」
「セティルド様、ヴァニタスに入ったのにはきっと理由があるんですよね?それを、セレーネやルナリア様に伝えてください」
「でも私は……人を殺した……」
「関係ない」
「……っ!」
「関係ないわけじゃないけど、彼女達は弁明を求めてる。それから逃げないでください」
「……分かった。……話すよ。全部」
私はセティルド様の手を握りしめる。
「一緒に帰りましょう。現実へ」
セティルド様が微笑む。
部屋が眩い光に包まれ、私の意識が引き戻される。
◇◆◇
私は現実に戻ったと分かり、飛び起きた。
「リディール様!起きましたか?」
「アルデーヌ、セティルド様は?」
「無事ですよ。急に涙を流して攻撃をやめましたが、何をしたんです?」
「精神干渉魔法を使ったの。成功したようで良かった」
私は立ち上がって、みんなが集まっているところへ行った。
そこには、たった今目を覚ましたセティルド様がいた。
「セティルド様、言うんでしょ?理由」
セティルド様は私を見るなり、目を見開いて優しく笑った。
「あなたでしたか……」
セティルド様は上体を起こした。
「……俺がヴァニタスに入った理由を訊いてくれるか……?」
セティルドが恐る恐るといったように訊くと、セレーネとルナリア様は頷いた。
「俺は昔からずっと勉強をしようとしなかった兄さんの分まで期待されてきた。少し魔法と錬金術に長けているだけなのに、みんなは俺を天才と崇め、欲しくもない期待の眼差しを投げかけてきた。それに応えるためにずっと頑張ってたけど、本当はずっとそれが息苦しくて、辛かった。でも、俺が辛いなんて弱音を吐いたり、逃げ出したりしたら、その重圧がお前達に行く。だから……俺は、全部一人で抱え込むしかないと思った」
セティルド様はゆっくりと言葉を続けた。
その声は静かで、けれど長い間胸の奥に沈められていた重さを帯びている。
セレーネの肩が小さく震える。
ルナリア様は唇を噛みしめ、何も言えずに俯いている。
「……ずっと、怖かった」
セティルド様は、視線を落としたまま言葉を続けた。
「強くなれ。立派になれ。そう言われるたびに、自分が誰なのか分からなくなっていった。何も信じられなくなったときに、ボスが俺に声をかけてきたんだ。『居場所がないならヴァニタスに入って、共に夢を作ろう』って。だから俺はヴァニタスに入った。でも、ヴァニタスに入ったせいでお前達には余計に苦労をかけてしまった。すまない……」
ルナリア様が静かに首を振る。
「そんなふうに、一人で背負う必要はなかったわ」
セティルド様は小さく笑った。
「そうだな。でも、俺はこれ以外に方法が思いつかなかったんだ。セレーネ、ルナリア。不甲斐ない兄を許してくれ……」
その言葉に、セレーネは堪えていたものを一気に溢れさせた。
「許すも何も、兄様がいなくなる方がずっと怖かった……!期待とか重圧とか、そんなのどうでもよかったのに……!」
「……お兄様は、いつも私達の前で強い兄でいようとしすぎたのよ。弱さを見せてくれたら、支え合えた。逃げたいと言ってくれたら、一緒に悩んだ。一人で抱え込まないでよ……」
セティルド様の肩がわずかに揺れる。
そして「……すまない」と短い謝罪をした。
けれど、それは初めて兄としてではなく、一人の人間として吐き出された言葉だった。
私達はその光景を少し離れた場所から見つめていた。
介入する必要はない。
この時間は三人だけのものだ。
「セレーネ、ルナリア、これからはちゃんと家族として幸せに生きて――」
セティルド様が言いかけた時、彼の影から大きな槍のようなものが生えてきた。
そして、それはセティルド様の胸を貫通した。
鈍く、重い、嫌な音だった。
見ていなくても、それが致命的な何かだと、誰もが理解してしまう音。
「……え?」




