第六話 他国の王子を殺したくありません
その日、私はヴァニタスに狙われる可能性があるからと、学園を休み、王宮からの外出を禁じられた。
お陰でかなり暇だ。
無力な自分へのイラつきを公務にぶつけていたら、一週間分の仕事を終わらせてしまった上にどっと疲れた。
バカなことをしたなぁ……。
私はベッドに倒れ込んだ。
体が重い。
『リディール、無理しすぎよ』
リュミエールが呆れたように言った。
「分かってる……でも、何もできないのが悔しくて」
私は枕に顔を埋めた。
私はここで何もできずにいる。
セティルド様を殺す許可が降りたってことは、殺せって言っているのと同義だ。
お父様はオブラートに包んでいってくれたけど、シシュナ王国側はセティルド様を殺してほしいんだ……。
「なんで私は王宮にいなきゃいけないの……」
『あなたの身の安全のためよ。ヴァニタスはあなたを狙っているんだから』
「でも!」
私は起き上がった。
「このままじゃ、セティルド様を救えない!」
『リディール……』
心配そうに私の名前を呼ぶリュミエールはどこか悲しそうな顔をしている。
リュミエールはしばらく黙り込んでから、決意したように『よし!』と言った。
『リディール、ちょっと待ってなさい!あなたが本音を吐き出せる相手を連れてくるから!』
そう言って、リュミエールは部屋を出ていった。
……リュミエールって走るんだ。
あれ、疲れかな。
着眼点がおかしくなってる。
数分後、部屋の扉がノックもなしに開いた。
「リディ」
あ、この声……。
転生したての時からずっと聞いてる大好きな声。
大好きな人の声。
「お兄様……」
顔を上げるとそこにはアルカお兄様が立っていた。
そういえば、私の誕生パーティーから会えてなかったな。
お兄様は私の元へ来て、そっと私を抱きしめてくれた。
アルカお兄様の腕の中は驚くほど温かくて、少しだけ石鹸のような清潔な香りがした。
その温もりに触れた瞬間、自分でも気づかないうちに張り詰めていた緊張が、音を立てて崩れていくのが分かった。
「よしよし、頑張ったな、リディ」
お兄様は私が小さい頃にしてくれたように、ゆっくりとリズムを刻むように背中を叩いてくれる。
「……お父様があんなこと言うから。セティルド様を、殺してもいいなんて……」
私の声はくぐもっていた。
「ああ、聞いたよ。……父上も不器用だからな。王としての決断を口にするしかなかったんだろうが、お前にそれを背負わせるのは酷すぎた」
「私、何もできないのかな……。セティルド様がそんなことするはずないって信じたいのに、証拠は全部真っ黒で。公務をして気を紛らわせようとしたけど、余計に自分が空っぽになったみたいで……」
溢れ出した言葉は止まらなかった。
誰にも言えなかった不安、無力感、そしてセティルド様への複雑な思い。
リュミエールにはお見通しか。
私はアルカお兄様が一番好きで、一番本音を言える相手だって。
お兄様は何も言わず、ただ黙って私の話を聞いてくれた。
「リディ、顔を上げて」
しばらくして、お兄様が優しく私の肩を離した。
涙でぐちゃぐちゃになっているであろう私の顔をお兄様は大きな手で包み込み、親指でそっと涙を拭った。
「お前はハイスペックだが、神様じゃない。全部一人で解決しようとするな」
「でも、私は王太女だから……」
「王太女である前に俺の可愛い妹だろ」
お兄様は困ったように笑って、私の額に軽くデコピンをした。
「痛っ……」
「痛いって言えるうちは大丈夫だ。……いいか、リディ。アルデーヌも、リュミエールも、みんなお前の味方だ。お前が信じたいものを信じるために、俺達を使い倒せ」
お兄様の力強い言葉に、胸の奥に溜まっていた重い塊が少しずつ溶けていくような気がした。
「……ありがとう、お兄様」
「礼なんていいよ。その代わり、今日はもう公務禁止。いいな?」
「はい」
「いい返事だ。……あーあ、せっかくの可愛い顔が台無しだな」
お兄様はそう言ってサイドテーブルに置いてあった清潔なタオルを手に取ると、私の顔を優しく、でも少しだけ乱暴に拭った。
「お兄様……目が取れる」
「怖っ。まあ、冗談が言えるくらいには元気になったか」
お兄様は満足そうに頷くと、私のベッドの端に腰掛けた。
「いいか、リディ。お前がここに閉じ込められているのは、父上の優しさでもあるんだぞ。外に出れば、お前は『王太女』として振る舞わなきゃならない。セティルド王子を討てという声に、NOとは言えない立場だ」
「…………」
「だが、ここにいればお前はただの『リディ』だ。誰の目も気にせず悩んで、泣いて、信じたいものを信じていられる」
お兄様の言葉は私の心の奥底に静かに染み渡っていった。
お父様が私を外出禁止にした本当の理由。
それは、私をヴァニタスから守るためだけじゃなく、私の「心」を守るためでもあったのかもしれない。
「お兄様」
「ん?」
「好きです」
――上目遣いで『お兄ちゃん大好き』とか言ってくれてもいいじゃん!!
昔、お兄様が死んで生き返った後、アタマカユイ男爵家へ行ったときにそう言われた。
絶対行ってやるかと意地を張っていたけど、今ならいくらでも言えるな。
「え、天使?……いや、女神か?我が妹ながら、今の破壊力は国爆破できる威力があったぞ……」
お兄様は顔を真っ赤にして、口元を片手で覆いながら天を仰いだ。
そのあまりの動揺っぷりに、私の涙も完全に引っ込んでしまった。
「んな大袈裟な……」
「大袈裟じゃない!お前、昔はあんなに頑なに拒否してたくせに……。今の、もう一回言って。録音魔法具持ってきていいか?」
「絶対ダメ」
「いいだろ?な?な?エルディー兄様とセラフィー兄様に自慢するんだよ〜!お願いっ!」
「嫌です」
「こうなったら無理やり言わせるしかないようだな」
なんとなく嫌な予感……。




