第五話 他国の王子を殺す許可が降りました
無理でも嫌でもなく不可能?
「どういうこと?」
「ヴァニタスの根城はこの世界から隔絶された空間にあり、出入り口はいつも変わる。だから、案内はできないの」
隔絶された空間……。
それは、精霊界や魔界のような異空間のことだろうか。
「出入り口が変わるってどういうこと?」
「文字通りよ。ヴァニタスのボスは空間魔法の達人で、毎回違う場所に入口を開くの。メンバーは特殊な魔導具で呼び出されるから、場所を知っている者はいないわ」
ペルセポネは淡々と答える。
その顔にはヴァニタスへの未練はもうないようだ。
「ボスが空間魔法の達人……。それじゃあ、拠点を突き止めるのは難しいね」
「ええ。メンバー同士の連絡も最小限だし、任務はペアごとに独立してる」
アルデーヌがメモを取る手を止め、私に視線を向けた。
「リディール様、ボスについて何か心当たりは?」
「いや、ないよ。そんな人がこの国にいたら、絶対に有名になってるはずだもの」
そもそも、そんな人がいたら絶対的に重宝されているはず。
テロ組織を立ち上げる理由なんてないだろうし……。
「ねぇ、王宮図書室の禁止区域からSSランクの呪具を盗んだのってヴァニタスのメンバーだったりする?」
「ああ、セティルドと他のメンバーが話してたわ。『SSランクの呪具なんて何に使うんだろう』って」
私はペルセポネの言葉に息を飲んだ。
王宮図書館の立ち入り禁止区域から盗まれたものだ。
お父様が話していたあの事件の犯人、やっぱりヴァニタスだったんだ……。
「ありがとう。参考にするね」
「力になれるなら全然構わないわ。あなたは私の恩人だもの」
「でも、本当に気をつけてね?あなたは今、ヴァニタスに狙われているんだから」
「ええ」
◇◆◇
――その日の夜
シシュナ王国第四王女のセレーネ・エラ・シシュナは、寮でシシュナ王国国王と魔法で連絡を取っていた。
『セレーネ、セティルドと会ったとルナリアから聞いたが、どんな様子だった?』
「私が知っているお兄様ではありませんでした。冷たくて、私の声を聞こうともしない。そんな様子でした」
『洗脳されているのかしら』
「いえ、多分お兄様の意思だと思います」
セレーネはため息をついた。
魔法の鏡のような魔導具を通じて映る国王の顔は、疲れと心配で曇っていた。
セレーネは目を伏せた。
「確信を持って言えるのが、お兄様はヴァニタスのために動いていることだけです」
『じゃあ、あの子が影を殺したのは本当なのか』
「でも、お兄様はそんな人じゃない。きっと、何か理由があるんです」
セレーネの声は必死だった。
肝試しの夜、セティルドの冷たい言葉を思い出す。
――理由があれば、人は人を殺していいのか?
――そんな人じゃない?何も知らないくせに。おめでたい奴
あの言葉の裏にどんな痛みがあったのか。
国王は深く息を吐いた。
『そんな……どうして……』
『セレーネ、お前は引き続きセティルドを調べてくれ』
「………………はい」
セレーネは頷いた。
連絡が切れると、セレーネはベッドに腰を下ろした。
寮の部屋は静かで、窓から入る月光が床を照らしている。
「お兄様……どうして……」
セレーネは肖像画を取り出し、家族の顔を見つめた。
「あの頃に戻りたい……みんなで笑い合っていたあの頃に……」
◇◆◇
――翌日
「リディール!約束のクッキー持ってきた?」
メルリが目を輝かせて訊いてきた。
「おい、リディール様にたかるなよ」
「えー、リディールが私との約束蹴ったからいけないんだよ〜?」
アルデーヌはメルリの図々しさに、若干引き気味だ。
別に私は気にしてないけどな……。
私は鞄から箱を取り出した。
王宮秘伝のレシピで作ったクッキーだ。
って言っても、材料がちょっと高級なだけで普通のクッキーと何ら変わりないけどね。
「やったー!」
メルリが箱を開けると、いい香りが教室に広がった。
「うわぁ、美味そう……」
オスカーもクッキーに手を伸ばす。
「ちょっと、まだお昼休みじゃないでしょ!」
セレーネがオスカーの手を叩いた。
「痛っ!」
「授業中に食べるなんて言語道断だよ」
「はーい……」
オスカーはしょんぼりとした。
その様子を見て、みんなが笑った。
平和な日常。
こういう時間がずっと続けばいいのに。
そう思っていると、教室の扉が勢いよく開いた。
「リディール王女殿下!」
息を切らした騎士が立っていた。
「どうしたの?」
「国王陛下がお呼びです!至急王宮へ!」
その言葉に教室がざわついた。
私は立ち上がり、アルデーヌと共に教室を出た。
「リディール様、一体何があったんでしょうか」
「分からない……でも、ただ事じゃなさそう」
私達は急いで王宮に向かった。
執務室の扉を開けると、お父様が険しい顔で立っていた。
「お父様、何があったんですか?」
「カエルム家が襲撃された」
「え……?」
私は耳を疑った。
カエルム家が襲撃された?
「ペルセポネは?」
「無事だ。王立魔導師団の団員が守ったようだ」
よかった……。
お父様は深く息を吐いた。
「犯人は三人組、一人はセティルド王子だったようだ」
「……っ」
「幸い、死傷者は出なかった」
「…………」
私は拳を握りしめた。
セティルド様。
――まっ、簡単に殺すつもりはないけどな
――じゃあな、ペルセポネ。次会う時は敵同士だ
あなたは本当にペルセポネを殺すつもりなんですか……?
「リディール、ペルセポネを守るために、彼女を王宮に匿うことにした」
「はい」
「それと、お前にもセレーネ王女にも伝えなければならないことがある」
お父様は辛そうな顔をした。
「シシュナ王国からセティルド王子を殺す許可が出た……」
最悪の場合は殺してもいい。
そう言いたいのだろう。
「待ってください!」
私は思わず叫んだ。
「まだ何も話を聞いてもいないのに……」
「リディール、お前の気持ちは分かる。だが、これ以上被害を出すわけにはいかない」
「でも!」
「これは命令だ」
お父様の声は厳しかった。
「リディール、アルデーヌ。セティルド王子を見つけ次第、なんとしてでも捕らえろ。抵抗した場合は殺してもいい」
「…………」
私は何も言えなかった。
お父様の言っていることは正しい。
でも、私は納得できない。
まだセティルド様の話を聞いていないのに。
まだ、救える可能性があるのに。
「リディール、分かってくれ。これは国のためだ」
私は自分の無力さに唇を噛み締めた。




