第3話:河童の正体!? 洞窟で聞いた“あいつ”の話
逃げた。転んだ。また逃げた。
殺されるかと思った。
いや、殺される。そう思っていた。
だが――
目の前にいたのは、緑色の肌をした妙な生き物だった。
「河童じゃない」と言い張るそれは、俺を助け、焚き火のそばに腰を下ろした。
薄暗い洞窟。湿った石の匂い。
ゆらゆらと揺れる炎の光に照らされながら、ようやく俺の時間が動き出した気がした。
助かったんだ。
そう思った、その瞬間――全身の力がふっと抜けていく。
代わりに、腹の底から、どうしようもないものがこみ上げた。
ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……
と、破壊音のような腹の音が鳴り響いた。
快は無言でお腹を押さえる。
干し椎茸の匂いをふわっとさせながら、与一が首をかしげた。
「……お前、こっち来てから、なんか食ったんか?」
「いや……水だけ」
「アホか。はよゆわんか。そら腹も鳴るわな」
――いつ言う時間あったんだよ… 快は心の中で思う。
そう言うと与一は、背中の甲羅――というか、道具袋のようなそれをゴソゴソ漁る。
「鞄だったんだ、それ。あと、頭のやつも取れるんだね?」
「鞄? ああ、これか。これはな、“サバイバルポッド”や」
「サバイバルポッド!? なんかかっけえ……!」
気になる中身を見せてもらうと、
・コンパクト酸素ボンベ(1時間用 ×2)・火打石
・干し椎茸・なにかしらの干物
・方位磁針と、めちゃくちゃ古そうな手書き地図
・小型ナイフ
・謎のコインと、見たこともない言語の本
・謎のガジェット
「えっ……与一って何者? もしかして、未来から来たとか……?」
与一はぴくりとも動かず、ひとつだけ首を振った。
「ちょっと違うな。わしは……宇宙から来たんや」
「宇宙?!」
あまりに突飛な返答に、快は固まった。だが、すぐに記憶の奥を探るように声をあげる。
「えっ、なんか聞いたことある! 河童って、宇宙人の一種じゃないかって説……テレビで誰か言ってた気がする!」
「河童ちゃう、ゆーとるやろが!!」
ビシッと即答する与一。語気に込められた拒絶感は本気そのものだ。
どこまでも頑なに「河童」扱いされるのを拒否している。
快はなおも疑いの目を向ける。
「あの頭のやつ……宇宙と交信するための装置とか、じゃないの?」
「うんにゃ。あれは、水が顔にかからんようにするための雨よけや。竹で作ってんねん」
「えっ、シャンプーハット的な?水が嫌なの?」
「めっちゃいやや! 雨もかかるんいややねん!」
「……河童なのに?」
「河童ちゃう!!」
快の問いに、与一はもう三度目の全否定をぶつけた。
ようやくそのやり取りが落ち着いた頃、与一は思い出したようにまた甲羅を漁りはじめる。
そして、なんとも形容しがたい干物を取り出した。
「ほれ、これでも食っとけ」
「……え、なにこれ」
「なんやったかな……カエルかトカゲか……まぁ食えんことはない」
「むりむりむりむり!!」
即座に突き返す快。与一は「わがままやなぁ」と呟きつつ、今度はめざしのような魚の煮干しを差し出した。
「あぁ、それなら食える。ありがとう」
「カエルと魚、何が違うんかよう分からんが……まあええわ」
ぶつぶつ言いながら、与一は甲羅の蓋を閉じた。
干物をかじりながら、快はようやく少しだけ落ち着きを取り戻す。
言い合いに疲れたのか、与一は洞窟の隅にごろんと寝転がり、
背中の甲羅(もはや何かの収納アイテム)をごそごそと整えながら、ぽつりとつぶやいた。
「……おまえ、明日の狩り、付き合えよ」
それは命令でもお願いでもない、淡々とした一言だった。
煮干しの味だけを頼りに、どうにか空腹をしのいだ快は、
疲れきった身体を地べたに横たえて、ぼんやりとその言葉を反芻した。
目が重くなる。 まぶたが落ちる。
遠くで火のぱちぱちという音が鳴っていた。
夢か現実かもわからないまま、快の意識は闇に、ゆっくりと沈んでいった。