表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ピザ戦記 ―片道デリバリー異聞―  作者: tomsugar


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/14

第11話:商いの種、巡る機会

にぎわう市のざわめき、店先に並ぶ反物や干物、香ばしい団子の匂い――

その中を、快は新しい着物に身を包み、少し誇らしげに歩いていた。

旅の途中で出会った人、言葉、商いの現場。

そして、目の前で繰り広げられるやり取りの数々は、快にとってすべてが新鮮だった。


          *

寺を出て、(いち)のある町の中心までやって来た。

道の脇に、ゆったりと流れる堀がある。

水面は夕陽を映して黄金色に染まり、わずかな風に揺れて、細かなさざ波を立てていた。


「市は朝のほうが活気あるけどな……今のうちに、見物しに行こか」

「俺の着物、買いに行くんだよね?」

「おう。それと――商いの種を探しにな」

「商いの種?」


快が聞き返すと、与一は何も言わず、ただ前を向いたままスタスタと歩きつづけた。

その背中に追いつこうと早足になるうち、市の雑踏がぐっと近づいてくる。


          *


市はすでにピークの時間を過ぎていたが、それでも通りにはまだ多くの人が行き交っていた。荷を下ろす商人、品定めに夢中な女たち、子どもを背負って歩く母親たち――

人と声と香りが入り混じる、その喧騒のなかで、突然怒号が響いた。


「これは、全部買うてもらう約束でしたがな!」

「うるさい、状況が変わったんじゃ、1割だけ買たるさかい用意せぃ!」

「腐ったら大損や、5割はせめて――!」

「うるさい! もういらんわ!」


その瞬間、男が荒々しく立ち上がり、前にいた商人を足蹴にして押しのけると、無言で人混みに消えていった。

甲冑の袖を鳴らしながら去っていったその背には、いかにも戦の空気を背負ったような威圧感があった。

快のすぐ隣で、与一がぼそりとつぶやく。

「……合戦の需要を見込んで、注文受けたんやろな。けど、戦がはよ終わりすぎて、キャンセルされたんやな」

快は思わず与一の方を振り向くと、そこには擬態した与一がいた。

視線を前に戻すと、倒れたまま動かない商人の若い男。

人々の興味はすでに他所に移り、誰も助けようとはしない。

快は急いで人込みをかき分け、その男に手を差しのべた。


「大丈夫ですか?」

「……大丈夫ちゃうわ!もう終わりやで!」

そう言いながらも、男は快の手を借りて、よろよろと立ち上がった。

「……あんた、えらいみすぼらしい恰好やな。ちょっと中、入りぃ」

男はそう言って、快を自分の店の奥へと案内した。


          *


がらんとした店内。棚には売れ残った商品が山のように積まれている。

男は棚の脇に置かれた古びた風呂敷包みを開き、中から一枚の着物を取り出した。

「……追いはぎにでもあったんかいな? これ、持っていき」

そのとき、不意に背後から声がかかった。

「おう、久しぶりやの、多吉」

「へ? 与一はんかいな!? ほんまに久しぶりやなー!」

「こいつはわしの連れの快っちゅうもんや。着物一式と、冬の服も世話したってや」

「へー、(くら)に取りに行ってきますさかい、ちょっと待っててくださいな」

多吉はそう言って、軽やかに奥へと下がっていった。

「……あの人、知り合いだったの?」

「昔な、大量在庫で首が回らんようになってたんを、わしが代わりに売りさばいたってん」

「また今回も、在庫たっぷり抱えてたけど」

「せやな……ふふっ。商いの種が、早くも見つかったわ」

与一はそう言って、にやりと笑った。


          *


しばらくして、多吉が蔵から戻ってきた。

腕にはたっぷりの古着と、色とりどりの反物を抱えている。

「快さん、さっきは失礼しました。わたくし多吉と申します。すぐ着られる着物はこちらに。もしお時間いただけるようでしたら、反物からお選びいただいて、仕立ても(うけたまわ)りますよって」

「売れ残りの反物で、適当に仕立てたってくれ。ほんで今日着ていける着物一式、全部整えたってくれや」

与一が言うと、多吉はぱっと顔を明るくして、深々と頭を下げた。

「へーっ、おおきに!」

「ほんでおまえ、今回はなんの在庫を抱えとるんや?」

与一がふと真顔に戻って訊くと、多吉はうなだれたまま答えた。

「それが……戦備(いくさぞな)えの武器から、食料から、ぜんぶ『もういらん』って言われまして……」

「そりゃあ気の毒やな……けど、真っ先に売りさばかんとあかんのは、食料やの」

与一は腕を組み、少しだけ目を細めて考えたあと、すっと声を落とした。

「どうや、手組むか? 売り上げは折半や」

多吉は一瞬ぽかんとしたが、すぐに目を潤ませて、畳に手をついた。

「……よろしゅうお願いいたします!」

その額は、畳にこすりつけられるように深く伏せられていた。


          *


快は、全身立派な商人風のいでたちになり、店を出た。

市の通りには、人の波とともに、香ばしい匂いが立ちのぼっていた。

焼き団子の醤油が焦げる匂い、揚げ菓子の油の甘い香り、味噌の湯気が漂う大鍋の匂い――どれもこれも、快の空腹を刺激した。

「おっちゃん、これ一本!」

焼き団子の屋台に駆け寄ると、炭火でこんがり焼かれた串を一本、もらう。もちもちとした食感に、焦げた醤油のしょっぱさと香ばしさがたまらない。


次に目を奪われたのは、よもぎの草餅。

竹の皮を開くと、ふわりと草の香りが広がる。かじると、なかには甘いあんこ。思わず「うまっ」と声が漏れた。


「お兄さん、これもどう?」と声をかけてきたのは、揚げ菓子の屋台の娘。

素朴なかりんとうのような菓子を一掴みもらって、ポリポリとつまみながら歩く。


そして道端には、湯気を立てる煮しめの小鉢売り。

大鍋から、根菜と凍み豆腐の炊き合わせをよそってもらい、立ち食いで口に運ぶと、味の染みた大根がじゅわりと広がった。

その間、与一はというと――


通りの端に立って、どこかの柱に寄りかかりながら、人の目には見えぬよう気配を薄めていた。時折、快の肩をぽんと叩き、無言で「あれ買え」「次あれ行け」とばかりに指さす。


「ちょっと、自分で行けばいいのに……」

ぼやきつつも、気がつけば快の手にはまた新しい串が握られていた。


          *


市での買い食いを存分に楽しんだふたりは、寺へと戻ってきた。

与一は慣れた足取りで、迷うことなく“いつもの部屋”へ向かう。

六畳ほどの部屋には、すでに布団が二式、整えて敷かれていた。


「布団だー!! この時代でも布団があるんだー!」


快は歓声をあげると、そのまま勢いよく布団に飛び込み、ほおずりしたまま動かなくなった。

「……」

やがて、すやすやと寝息が聞こえはじめる。

与一は静かに笑いながら、部屋の隅――文机の上に目をやる。

そこには、石が乗せられた一枚の紙が置かれていた。

与一は石をどけて、その紙を手に取る。

そこには、簡潔な文とひとつの名が記されていた。


「……三成、捕まったか……」


陽が傾き、外から虫の音が流れ込んでくる。

与一はそれを聞きながら、静かに、ひとりつぶやいた。

その表情には、ほんのわずかな寂しさが混じっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ