第11話:商いの種、巡る機会
にぎわう市のざわめき、店先に並ぶ反物や干物、香ばしい団子の匂い――
その中を、快は新しい着物に身を包み、少し誇らしげに歩いていた。
旅の途中で出会った人、言葉、商いの現場。
そして、目の前で繰り広げられるやり取りの数々は、快にとってすべてが新鮮だった。
*
寺を出て、市のある町の中心までやって来た。
道の脇に、ゆったりと流れる堀がある。
水面は夕陽を映して黄金色に染まり、わずかな風に揺れて、細かなさざ波を立てていた。
「市は朝のほうが活気あるけどな……今のうちに、見物しに行こか」
「俺の着物、買いに行くんだよね?」
「おう。それと――商いの種を探しにな」
「商いの種?」
快が聞き返すと、与一は何も言わず、ただ前を向いたままスタスタと歩きつづけた。
その背中に追いつこうと早足になるうち、市の雑踏がぐっと近づいてくる。
*
市はすでにピークの時間を過ぎていたが、それでも通りにはまだ多くの人が行き交っていた。荷を下ろす商人、品定めに夢中な女たち、子どもを背負って歩く母親たち――
人と声と香りが入り混じる、その喧騒のなかで、突然怒号が響いた。
「これは、全部買うてもらう約束でしたがな!」
「うるさい、状況が変わったんじゃ、1割だけ買たるさかい用意せぃ!」
「腐ったら大損や、5割はせめて――!」
「うるさい! もういらんわ!」
その瞬間、男が荒々しく立ち上がり、前にいた商人を足蹴にして押しのけると、無言で人混みに消えていった。
甲冑の袖を鳴らしながら去っていったその背には、いかにも戦の空気を背負ったような威圧感があった。
快のすぐ隣で、与一がぼそりとつぶやく。
「……合戦の需要を見込んで、注文受けたんやろな。けど、戦がはよ終わりすぎて、キャンセルされたんやな」
快は思わず与一の方を振り向くと、そこには擬態した与一がいた。
視線を前に戻すと、倒れたまま動かない商人の若い男。
人々の興味はすでに他所に移り、誰も助けようとはしない。
快は急いで人込みをかき分け、その男に手を差しのべた。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫ちゃうわ!もう終わりやで!」
そう言いながらも、男は快の手を借りて、よろよろと立ち上がった。
「……あんた、えらいみすぼらしい恰好やな。ちょっと中、入りぃ」
男はそう言って、快を自分の店の奥へと案内した。
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がらんとした店内。棚には売れ残った商品が山のように積まれている。
男は棚の脇に置かれた古びた風呂敷包みを開き、中から一枚の着物を取り出した。
「……追いはぎにでもあったんかいな? これ、持っていき」
そのとき、不意に背後から声がかかった。
「おう、久しぶりやの、多吉」
「へ? 与一はんかいな!? ほんまに久しぶりやなー!」
「こいつはわしの連れの快っちゅうもんや。着物一式と、冬の服も世話したってや」
「へー、蔵に取りに行ってきますさかい、ちょっと待っててくださいな」
多吉はそう言って、軽やかに奥へと下がっていった。
「……あの人、知り合いだったの?」
「昔な、大量在庫で首が回らんようになってたんを、わしが代わりに売りさばいたってん」
「また今回も、在庫たっぷり抱えてたけど」
「せやな……ふふっ。商いの種が、早くも見つかったわ」
与一はそう言って、にやりと笑った。
*
しばらくして、多吉が蔵から戻ってきた。
腕にはたっぷりの古着と、色とりどりの反物を抱えている。
「快さん、さっきは失礼しました。わたくし多吉と申します。すぐ着られる着物はこちらに。もしお時間いただけるようでしたら、反物からお選びいただいて、仕立ても承りますよって」
「売れ残りの反物で、適当に仕立てたってくれ。ほんで今日着ていける着物一式、全部整えたってくれや」
与一が言うと、多吉はぱっと顔を明るくして、深々と頭を下げた。
「へーっ、おおきに!」
「ほんでおまえ、今回はなんの在庫を抱えとるんや?」
与一がふと真顔に戻って訊くと、多吉はうなだれたまま答えた。
「それが……戦備えの武器から、食料から、ぜんぶ『もういらん』って言われまして……」
「そりゃあ気の毒やな……けど、真っ先に売りさばかんとあかんのは、食料やの」
与一は腕を組み、少しだけ目を細めて考えたあと、すっと声を落とした。
「どうや、手組むか? 売り上げは折半や」
多吉は一瞬ぽかんとしたが、すぐに目を潤ませて、畳に手をついた。
「……よろしゅうお願いいたします!」
その額は、畳にこすりつけられるように深く伏せられていた。
*
快は、全身立派な商人風のいでたちになり、店を出た。
市の通りには、人の波とともに、香ばしい匂いが立ちのぼっていた。
焼き団子の醤油が焦げる匂い、揚げ菓子の油の甘い香り、味噌の湯気が漂う大鍋の匂い――どれもこれも、快の空腹を刺激した。
「おっちゃん、これ一本!」
焼き団子の屋台に駆け寄ると、炭火でこんがり焼かれた串を一本、もらう。もちもちとした食感に、焦げた醤油のしょっぱさと香ばしさがたまらない。
次に目を奪われたのは、よもぎの草餅。
竹の皮を開くと、ふわりと草の香りが広がる。かじると、なかには甘いあんこ。思わず「うまっ」と声が漏れた。
「お兄さん、これもどう?」と声をかけてきたのは、揚げ菓子の屋台の娘。
素朴なかりんとうのような菓子を一掴みもらって、ポリポリとつまみながら歩く。
そして道端には、湯気を立てる煮しめの小鉢売り。
大鍋から、根菜と凍み豆腐の炊き合わせをよそってもらい、立ち食いで口に運ぶと、味の染みた大根がじゅわりと広がった。
その間、与一はというと――
通りの端に立って、どこかの柱に寄りかかりながら、人の目には見えぬよう気配を薄めていた。時折、快の肩をぽんと叩き、無言で「あれ買え」「次あれ行け」とばかりに指さす。
「ちょっと、自分で行けばいいのに……」
ぼやきつつも、気がつけば快の手にはまた新しい串が握られていた。
*
市での買い食いを存分に楽しんだふたりは、寺へと戻ってきた。
与一は慣れた足取りで、迷うことなく“いつもの部屋”へ向かう。
六畳ほどの部屋には、すでに布団が二式、整えて敷かれていた。
「布団だー!! この時代でも布団があるんだー!」
快は歓声をあげると、そのまま勢いよく布団に飛び込み、ほおずりしたまま動かなくなった。
「……」
やがて、すやすやと寝息が聞こえはじめる。
与一は静かに笑いながら、部屋の隅――文机の上に目をやる。
そこには、石が乗せられた一枚の紙が置かれていた。
与一は石をどけて、その紙を手に取る。
そこには、簡潔な文とひとつの名が記されていた。
「……三成、捕まったか……」
陽が傾き、外から虫の音が流れ込んでくる。
与一はそれを聞きながら、静かに、ひとりつぶやいた。
その表情には、ほんのわずかな寂しさが混じっていた。




