第13話:戦国ピザ、ここに成る
朝霧の立ちこめる町に、魚の跳ねる音と焼き団子の香りが混ざり合う。
にぎわいの中、焼き魚を片手に笑う青年がいた。
それはただの朝市の風景――
しかし彼の頭の中には、別の“屋台”があった。
ひと握りの味噌、乾飯、干し肉。
かつてピザ屋で働いていたその青年は、戦国の食材で、未知の“うまさ”を創ろうとしていた。
まだ誰も知らない、“戦国ピザ”の物語が、今ここから始まる。
*
戦国ピザ開発の二日目。
多吉の店の中庭には、即席ながらも立派な石窯が築かれていた。
快が語っていた「オーブン」というものは、どうやらこの石窯で代用できそうだ。与一と多吉は、早朝から石を積み、風通しと熱のこもり方を考えながら突貫で仕上げた。
石を積み上げて簡単に作った四角い、合理的な窯だった。火を入れると内部はしっかりと熱を蓄え、炭の赤が鈍く光っていた。
最初のピザが焼き上がると、快はそれを切り分けて、二人に手渡した。
多吉は手を合わせるようにして受け取り、
ぱくりと一口、口に運んだ。
「けがの功名とはこのことかもしれません……!これは……売れますよ、快さん!」
目を輝かせた多吉の声に、快はちらりと視線を向けるだけだった。
片手にはまだ調整中の味噌ソース、もう片手には焼き加減を見ている竹のへらがある。
「……いや、しょっぱすぎるし……まだなんか、足りないんだよな」
声にはまだ迷いが混じっていた。
そんな快の背中を見ながら、与一がふと思い出したように多吉に声をかける。
「そういやお前、使用人らどないしたんや?」
「うちにおっても、どうしようもありませんから……三日前に、全員に暇を出しました」
「全員呼び戻せ。手が、要るようになるぞ」
与一の声には確信があった。
多吉は数秒間ぽかんとしたあと、はっと顔を上げ、目の色を変えた。
「そうですな!こうしてられへんわ!」
勢いよくそう言うと、彼は前掛けを翻しながら店を飛び出していった。
快はその様子も見ずに、焼き窯の前にしゃがみ込み、
「……山椒の香りが、火に負けてるな。あとで追いがけしてみるか……」と、まだ試作を続けていた。
「なー与一、洞窟に――あの、ヤマモモの酢漬け、まだ残ってたっけ?」
快がふと思い出したように振り返る。
「ああ、まだ二甕ぶんは残っとるで」
「えっ、そんなに?それ……使ってもいい?」
「おう。ひとっ走り取ってきたるわ。そろそろ周辺の様子も見ておきたかったしな」
「え?じゃあ俺も一緒に――」
「かまへん。お前はここで研究しとけ。わし一人の方が速いしな」
与一はもう荷造りを始めていた。
「……そっか。じゃあ、よろしくね」
快は手を止めず、笑って応えた。
*
石窯の前の台には、試作途中の材料がずらりと並べられている。
クラストには、粉にした乾飯に味噌玉を少量混ぜたものを使用。
弾力を出すため、蒸してすりつぶしたもち米を加えてこねあげた。
味噌ペーストは、塩気が強すぎたため、ゆでた大豆をつぶしたものを混ぜてまろやかに整える。
トッピングは、この時期採れるナス、山菜、キノコに、薄く裂いた干し魚。
窯の奥では火が落ち着き、ちょうど焼き頃の温度を保っていた。
「あとは、ヤマモモ乗せたら……多分、完璧……」
声に返事はなかったが、風が、どこか期待の匂いを運んできた。
*
その日の夕方、与一はもう戻ってきた。
驚くほどの早さだった。
「与一、早っ……!」
「山、突っ切って来たからな」与一は涼しい顔でそう言う。
その背中には、しっかりと甕が一つ、甲羅に括りつけられていた。
「え、それ……ほんとに背負って来たの?」
「おう」
「てか、与一……なんかあった?」
「いんや」
短く、そっけない返事だった。
与一の様子が少し気になったが、快は深くは聞かず、すぐにピザの試作に気持ちを切り替える。
目の前の生地に、輪切りにしたヤマモモの酢漬けを丁寧に並べていく。
照りのある赤紫の実が、具材の上に小さなアクセントのように並んだ。
石窯の中はすでに適温。炭火が静かに息をしている。
快は板ごとピザを滑り込ませ、焼きあがるのをじっと見守った。
そこへ、店の戸が開く音。
「戻りました!」
多吉が数人の使用人を連れて帰ってきた。
「遠方に行ってる者にも文を出しましたから、明日にはもう少し手が増えると思います」
ちょうどその頃、中庭には香ばしい匂いが広がりはじめていた。
「――あぁ、おかえりなさい。ちょうど焼けたところなんで、みんなで食べましょう」
快は笑顔で言ったが、散々試作品を試食してきたので全くお腹は減っていない。けれど、この自信作の味見だけは、別腹だ。
焼きあがったピザを窯から取り出す。クラストは、こんがりと焼け、具材にはほどよい焦げ目。
仕上げにヤマモモがつやつやと光っている。
快は包丁で八等分に切り分けた。
「……うん。まぁまぁだな」
いつものように控えめな評価を口にしたその瞬間――
与一も、多吉も、そして連れてきた使用人たちも、まるで雷に打たれたような表情で固まった。
「こ、これは……」
「大儲けですやんか!おいしいわ!!」
「なんやこれ、初めての味やのに……なんか、懐かしい感じする……」
快は、赤くくすぶる石窯をじっと見つめながら、静かに息をついた。
「与一、作り方、言うからさ。書いてよ。俺、こっちの字っていまいちわかんないんだ」
「おう、まかせとけ」
与一は腰の袋から筆と薄紙を取り出し、火のそばにしゃがみこんだ。快は手順と材料を口にしていく。
「乾飯は粉にして」「味噌玉の分量は」「ヤマモモは最後に乗せる」「焼き時間は」――
それを与一が黙々と筆で書きとめていく。
やがて一通りのレシピがまとまると、快は立ち上がり、別の具材に手を伸ばした。
「さて……次は、干し肉使ったやつ、作ってみたいな」
「……まだ続ける気か?」
与一が苦笑する。
「そのようですな」
多吉も肩をすくめながら、楽しそうに言った。
快はすでに別のすり鉢に向かっていた。ヤマモモの酢漬け、梅肉……
新しいソースの開発を始めたらしい。
多吉はレシピを手に掲げながら、使用人たちに声を張り上げた。
「よしっ!私らはこの作り方どおりに、ここにある食材を順に加工していくで!
すり鉢こぐもん、生地を練るもん、新しい石窯もこさえるで!」
「はい!」
使用人たちは元気よく返事し、それぞれの作業に散っていった。
快の試作の音と、使用人たちの掛け声とが混ざり合い、
中庭はどこか、小さな工房のような熱気に包まれていた。




