第10話:湖に浮かぶかつての栄華
焦げ跡の残る石垣の向こうに、草に覆われた細い通路が口を開けていた。
与一は、何も言わず、その奥へと足を踏み入れる。
滅びた城に、いったい何があるというのか――。
快は、ためらいながらもその背を追う。
やがて、二人の前に現れたのは?
それは、かつて交わされた――ある、「約束」のものだった。
*
「……これが、天守の残骸や。それは立派な天守やったのにのぉ」
言い捨てるようにそう言って、与一はまた無言で歩き出した。
快はしばらく黙ってその場に立ち尽くし、焼けた瓦に目を落とした。
まるで、時間の中に埋もれた記憶の欠片が、そこに眠っているようだった。
そして、小さく息をつきながら、与一の後を追った。
与一は、来た方向とは別の斜面を下る細い石段を、慣れた足取りで降りていく。
道脇の石垣の前で立ち止まると、いきなりゴロン、と積まれた石を外しはじめた。
「えっ、ちょっ、なにしてんの与一!?」
快が慌てて駆け寄ると、与一は手を止めずに平然と答えた。
「ん? 三成に頼まれごとしててな」
そう言いながら、石垣の中から土に埋もれた大きな甕かめを引っ張り出す。
甕かめの口を開けると、中には銅銭と銀貨がぎっしりと詰まっていた。
「……えっ、それ、お金? 本物?」
「うん。三成がわしに預けとった銭や」
「なんでそんなとこに……?」
「まぁ、いざという時に使えってことやろな。わししか場所知らんし」
そう言うと、与一は甕かめの中から銭をいくらか掴み、持ってきた布袋にざくざくと詰め込んでいく。
あとは手早く甕かめの口を閉じ、もとあった場所に押し込んでから、石を元通りに積み直した。
「……なんか、宝探しみたいだったね」
「これが戦国のリアルや」
にやりと笑って、与一はまた階段を降りていった。
「そろそろメシにしよか」
与一が足を止めたのは、山の裏手にある開けた一角だった。
平らな石が並び、今は草が生い茂って静寂に包まれている。
目の前には、鏡のように澄んだ湖面が広がり、遠くの湖岸の向こうには、青くかすんだ山々が静かに連なっていた。
陽の光を受けた水面は、きらきらとまぶしく輝き、まるで絵の中に迷い込んだかのような景色が、そこに広がっていた。
「……うわ、すごい景色。ここ、何の場所?」
快が思わず声を漏らすと、与一は草を分けて腰を下ろしながら言った。
「ここはな、城の通用口のひとつで、昔は船着き場やったんや」
与一は、草の間から湖を見やりながら続ける。
「今は誰も来ん静かな場所や。……飯食うには、もってこいやろ」
快もその隣に腰を下ろし、湖面を眺めながら深く息を吐いた。
風が頬をなで、背中を預けた石はほんのりと陽にあたたかかった。
与一は、持ってきた枯れ枝を手際よく組み、火打石で火を起こす。ぱち、ぱち、と乾いた音がして、やがて細い煙がゆらりと立ちのぼった。
快は、自分の背負っていた包みを広げた。
そして、道中で見つけた山栗をそっと与一に手渡す。
「はい、これ。途中で見つけたやつ、焚火で焼いたら食えるかな?」
与一はちらりとそれを見て、口の端をほんのわずかに上げた。
「おまえ、これ採ったんか?」
「うん、たぶん食べられるやつだと思って……」
「ふむ……なかなかやるようになったな」
与一はそう言うと、山栗を手に取り、サバイバルナイフでひとつひとつに切り込みを入れていった。
それを、与一は焚火の熾火おきびの脇に、ひとつずつ慎重に並べていった。
じきに栗の表面がじわじわと焦げはじめ、ほのかに甘く香ばしい匂いが、ふわりと漂ってくる。
快は、与一に持たせてもらったお弁当の包みをそっと広げた。竹の皮にくるまれた握り飯が二つ。
その横には、焼いてほぐした川魚の塩漬けを詰めた小さな包みと、薄く切られた干し芋が並んでいる。
まず、塩結びを一口かじる。ほんのりと塩のきいた白米の甘みが、噛むほどにじんわりと広がる。
続けて魚のほぐし身を口に運ぶと、しっかりとした塩気と香ばしさが、空腹の体に染み込んでいく。
「……うんまっ……」
思わず漏れたそのひと言に、与一は火箸で栗をひょいとひっくり返しながら、口の端をわずかに上げてにやりと笑った。
「ほれ、栗も焼けたぞ。食え」
与一が火箸で、焼き上がった栗を地面に転がす。
「うん!」
快はぱっと顔を明るくして、それを拾い上げると、まだ熱をもった殻をそっとむきはじめた。中からあらわれた黄金色の実を、ひと口。
ほくほくとした甘みと、焚火の香ばしさが口の中に広がっていく。
すぐそばでは、湖面が静かに揺れ、小さな波が石をなでるように打ち寄せていた。
絶え間なく繰り返す波音が、ふたりの時間をさらに穏やかに包み込む。
二人の昼餉は、湖畔の静けさと波の音に寄り添われながら、ゆっくりと過ぎていった。
*
ゆったりと昼餉をすませたあと、快と与一は腰を上げた。
向かう先は、「八幡」と呼ばれる場所。ここから歩いておよそ一時間――そこには、大きな市が立つという。
山を背に、昼過ぎのあたたかい陽が照らす道を、二人はゆるやかに歩き出した。
八幡は、美しい堀に囲まれた町だった。
かつては八幡山の上に城があったというが、今は廃城となって久しいらしい。
――ここにも、与一の隠し財宝が眠ってたりして。
そんな妄想を抱きながら山を見上げていると、隣から声が飛んできた。
「なんや、この城跡も見に行きたいんか?」
「んー、時間があったら見に行きたいかな」
「今日はちょっと用事が残ってるから、明日の朝、行ってみよか」
「うん」
何気ないやりとりを交わしながら、半透明の与一は足早にある寺へと入っていく。
本堂には目もくれず、彼は脇の建物へと向かった。
「和尚はおるかー?」
そのころには、与一はもうすっかり“河童”の姿に戻っていた。
「はーい」と中から返事があり、しばらくして戸が開いた。
「これはこれは、与一さん。どうぞ中へ。お連れさんも、ぜひ」
「おじゃまします」
急な展開に戸惑いつつも、快は短くそう答えて寺の中へ足を踏み入れた。
――今日の与一は、やけに寺ばかり巡っている気がする。
「すまんが、今夜は泊めてもらえるか」
そう言いながら、与一は背中の甲羅から金子の入った小袋と、例の折りたたんだ紙片を取り出して和尚に手渡した。
「いつも、すみませんな」 和尚は手際よくそれを受け取りながら、やわらかく尋ねた。
「夕餉はどうなさいますか?」
「メシはええわ。寝床だけ、たのむ」
「では、いつものお部屋をご用意いたします」
与一は軽くうなずくと、すぐに腰を上げた。
「ほな、快。行くぞ」
「あっ、うん」
足早に歩き出した与一の後を追いながら、快はちらりと振り返って和尚に軽く会釈し、寺の戸をくぐった。




