第1話:ピザと戦と異世界転倒
岡本快はピザ屋のバイトで、今日も原付に乗って配達中だった。小さな交差点を左折しようとしたそのとき、視界の端に奇妙なものが飛び込んできた。
——馬に乗った、鎧を着て背中に旗をつけた武者が刀を掲げ、十数騎、道路を横切っている。
「えっ、ブレーキ間に合わないー!!」
衝突の直前、視界が白く染まった。
*
地面にあおむけになって、快はぼんやりと思った。
——今日、祭りで交通規制してたんだろうか…見逃してたな。ぶつかった人たち、ケガさせちゃったかも。
そう考えつつ体を起こすと、そこは見知らぬ広い場所の真ん中だった。というより畑?
乗っていた原付は見つからず、ぶつかった人の姿もない。
「……え? なにここ……」
しばらく呆然と辺りを見渡す。広がる草原。向こうでは、武者たちが走り回っていた。怒声が飛び、旗が揺れる。まるで運動会のような光景だ。
「……あっ、やっぱ『時代まつり』みたいなのやってるんだな。」
などと、のんきに思っていた、その瞬間。
「うおぉーーっ!」
刀を振り上げた武者がこちらに駆けてくる。隣を走っていた男が斬られ、背中から血しぶきが噴き出した。
「うそ……でしょ……」
右前方、別の武者の首が飛ぶ。首の無い胴体は一歩いてから倒れた。
「ひいいいいいいっ!!」
草の上に落ちた首と目が合った。
「違う違う、これは祭りじゃない! 本物の戦場だ!!」
快は全力で山の方へと走り出す。はげ山で隠れる場所もないが、とにかく逃げるしかなかった。
*
やがて木のあるところにたどり着き、木陰に隠れて身を伏せた。
ふもとの平野には、旗の立ったテントが点在していた。運動会の陣取り合戦みたいにも見える。
もともと楽天的な性格もあり、自分の切羽詰まった状況を定期的に忘れる。
「よし、状況を整理しよう岡本快。ここは……日本、だと思う。戦国時代的なやつ? うん、多分そんな感じ。
……よし、なら戦略を立てよう! 戦国時代の知識を総動員だ! ……って、あれ? 俺、戦国のこと何にも知らなくね?
信長はゲームで、知ってる。でも信長って戦国時代だったっけ? あれ、江戸? いや違うか、あーもう無理! ……マジで勉強しとけばよかった」
一人でひととおり、しゃべった後、諦めて静かに目の前の状況を見ることにした。
一定距離を置いて点在しているテントの中でも、快の場所からよく見えるのが、
「大大大吉」と書かれたテント。
——大大大吉って、めっちゃパリピじゃん。大吉君はどこにいるんだろう? とテントの中を探してみると、中央に黒いモサモサのかつらに金の角をつけたパンクな人物が座っていた。
「あれが……『大大大吉君』だな……パンクなパリピか~。戦国時代に大吉っていたのかな~」
戦場の平野を眺めていると、左側と大吉のいる右側で交戦しているようだった。敵に押し込まれてる。
「攻め込まれてる? やばくね……大吉」
気がつくと、大吉を応援していた自分に驚きつつも、快は見つめ続けた。
やがて、大大大吉がモサモサのかつらを別の男に渡し、テントの裏から逃げ出した。
「大吉逃げた!? じゃあ、あっちが安全ってことか……?」
「じゃ」と立ち上がって向かおうとした瞬間、背後から男の声がした。
「まてっ」
だが、それは日本語ではなかった。
——たぶん、『待て』って言ったんだろう。
というか、山は安全と思っていたけど、ここも戦場の一部だったようだ。
——俺、詰んだわ。お母さん……
何か話しかけられたので適当に答えていたら、
「異国のものか。サントスにくれてやれ」
大将らしき男がそう命じ、部下に引き渡された。
——サントスって名前だよな。それだけ聞き取れた。
縄で縛られ、地面に転がされていると、夕暮れに長身の西洋風の服を着た男がやってきた。——サントスだ。
サントスはやさしく、水を飲ませてくれた。
そのまま徒歩でついてくるようにと言われたようなので、立ち上がって歩き出した。山道を歩いていると、何か柔らかいものを踏んだ。
「いてっ」という声が聞こえたが、誰もいなかった。
周りを見渡しても誰もいない。気のせいだったか……。
*
日が落ちた頃、そこを野営地にするということで、腕を縛られたまま、足も縛られ、そのまま地面に転がされた。
——これって、異世界転生ものなんじゃないか? スキルとかアイテムとか、なんか付与されてたりして?
そう思って、「ー操作画面、起動!ーステータスオープン!ーアイテムボックス!ーシャットダウン!」など色々と小声で叫んでみた。……何も起きない。念のため、しばらく女神様の降臨を待ってみたが、誰も来ない。
——ですよね〜……。
これは“異世界転生”じゃなくて、ただの“タイムトラベル”っぽいっすね……しかも日本じゃなさそうだし。
俺、スキルも能力も特別な知識も何もない、ただの専門学生なんだよ……!
あ〜もう! 俺のバカ!! いろいろバカ!!!
と自分を罵っていると、突然、間の抜けた声が響いた。
「おいっ、起きろ」
振り返ると——そこにいたのは、女神ではなく、緑いろのクリーチャーだった。
「河童!?」