第九十九話 祈り
「何だこいつ?」
七回目のゴブリンライダーとエンカウントし殲滅した俺は、一匹の謎の魔物と出会っていた。
人間の頭、獅子の体、蠍の様な尻尾。
どっかの漫画でこんな感じの生物を見たことがある。
マンティコアだ。
「気持ち悪いなぁ」
ゲームでもあまり見ない獣の体に人間の頭がついた生き物。実際にこの目で見ると中々の気持ち悪さだ。
だが強い。
認識されていたとはいえ、剣聖バフが付いた俺の攻撃を爪で弾いたのだ。
ゴブリンナイトの数倍は強い。
「ア、アア……」
「あん?」
マンティコアが人間の様な顔で何か呟いた様な気がした。
剣を構え、マンティコアと対峙し、油断なくマンティコアの動きを観察していると、また何か呻き出す。
「ア、ア……ナ……ナ」
「な?」
「ナ、ナンダコイツ!キモチワリィナ!」
「うおっ!」
人間の顔で俺が言ったことの復唱を始めた。
俺が驚くのと同時に、マンティコアが飛びかかってくる。
「キモチワリィナコイツ!」
叫びながら爪による攻撃をしてくるマンティコアをかわし、距離を取る。だが、マンティコアはさらに距離を詰めて俺を攻撃し続けてくる。
「気持ち悪すぎだろ!」
爪による攻撃を防ぎながら叫ぶ。
速度は俺の方が上。だが、剣聖スキルで速度が上昇した俺に付いて来れるなど並の魔物ではない。
「おらっ!」
「ガフッ!」
爪による攻撃を弾くと同時にマンティコアの腹に蹴りを入れて距離を取る。
「階層のボスってやつか。それともレアモンスターか。何であれ、時間の無駄だ。さっさと死んでくれ」
そう呟き、再度切り掛かるが、マンティコアも負けじと爪と尻尾で反撃してくる。
「キメェノハオマエダロ!オマエガシンデクレ!」
剣聖による速度上昇がついた剣を、俺の言葉を反芻しながらかわす。
そして避け際に蠍の様な尻尾を伸ばして俺に突き刺そうとしてきたので、剣で弾く。
「あっぶねぇ……」
見切れないほど速くはないが、尻尾の先からポタポタと紫色の液体が落ちているのを見るに、毒付きだろう。
回復薬はあるが、毒消しなんて持ってきていない。刺されるどころか肌に傷でも付けられたら毒で動けなくなるのは確実だろう。
素の俺のステータスとはいえ、剣聖バフが付いた俺の攻撃を交わし、弾けるレベルの魔物。
下手すれば毒で即死もありうる。
シーサーペント以来の強敵。しかも俺を殺せるレベルの魔物だ。
「これだから探索者なんて職業はクソなんだ」
「クソナンダ!キメェノハオマエダロ!サッサトシンデクレ!」
威嚇のつもりか俺の言葉を反芻し続けている。
意味はおそらく理解していないだろうが、覚えた言葉が言葉なだけに、煽られているみたいだな。
まあべつにいいけど。
「選択」
[小鳥遊翔/レベル35][選択:赤崎研磨]
[覚醒度:42%]
物理攻撃力 43
魔法攻撃力 23
防御力 48
敏捷性 46
[スキル][選択:赤崎研磨]
剣術 レベル3
剣聖 レベル1
物理攻撃力増加 レベル3
敏捷性増加 レベル3
「シンデクレ!キメェノハオマエダロ!」
立ち止まった俺を見て飛び出してきたマンティコア。
しかし、飛び上がったのは悪手だ。
瞬きの間にマンティコアに接近し、その懐に入ると、交差する一瞬の間に、胴を斜めに袈裟斬りする。
「ナンダコイツ!キ……ガフッ!」
胴を斜めに切り離されたマンティコアはそれだけ言って魔石を残し、黒いモヤとなって消えていく。
それを確認した俺は、ヘビーメタルソードを鞘に戻しながら近づいて行き、ぼやく。
「強過ぎんだろ。何層の魔物だよ」
レアモンスターかと思ったが、ちょっと笑えないくらい強かった。恐らく、最近話題となっている階層を跨いだイレギュラーモンスターだろう。
シーサーペントにも負けず劣らずの大きさの魔石を拾い上げ、アイテム袋に入れる。
そして端末を確認する。
魔物の討伐数は一しか上がっていない。恐らくこの端末は倒した魔物の種類に関係なく、倒した魔物の数を集計しているのだろう。
それにしたってこの強さで一体分ってマジ?
などと考えていたら、スマートウォッチからサイレンの様な音が鳴り響く。
「緊急事態発生、緊急事態発生!14層にてイレギュラーモンスター、マンティコアを確認。全生徒は直ちに探索を中断し、迷宮から撤退せよ!」
どうやら倒した魔物の種類も集めてくれるらしかった。
「ま、探索が中止ってことは試験も中止だろ。このまま七日目まで課題がなくなってくれるなら俺としては万々歳だ」
そんなことを考えながら帰路に着こうとして、ふと空を見上げる。
山の斜面に木々が生い茂り、殆ど空が見えないが、そんな中、赤い煙が見えた。
「あん?」
もしかしてだけど、一匹じゃないのか。
いや、今までのイレギュラーモンスターは一匹だけだった。
今回だけ何匹もいるなんてことあるのかね。
「全く……」
とりあえず赤い狼煙が上がっているところまで走っていく。
ーー。
「ぐあぁぁぁぁ!」
「ぐぬぅぅぅ!」
雷魔法レベル3にて使用可能となるヘルサンダーの直撃を受けた二人は痛みと痺れで地面に転がり込む。
地面に転がった二人を見て、マンティコアは身体ごと反転し、二人に突撃をしようとする。
だが、霧隠の影縫によって四肢が動かないことに気付く。
「ニゲロー!オレガヤルー!」
だが、その影縫を四肢の力で無理やり解除すると、改めて二人のもとに走り出す。
「……!?忍法・空蝉の術!」
「マジックバインド!」
金剛達に走り出したマンティコアを封じ込めようと、二人がスキルを使用する。
霧隠の影が立体的になり、霧隠そっくりになる。そして、二手に分かれてマンティコアを挟み撃ちにしようとする。
花園の拘束系魔法により地面から光の蔦が飛び出すがマンティコアはそれをよんでいたかのように避け、飛び出してきた霧隠に魔法を放つ。
「ヘルサンダー」
「……!忍法・変わり身!」
霧隠本体に飛んできたヘルサンダーを、スキルを使って避ける。
だが、そのスキルは一度マンティコアにみせてしまっている。故に、変わり身の移動地点が何処かはバレてしまっていた。
「ぐっ……」
忍法・空蝉で増やした自分の影のすぐ横。
移動した瞬間の一瞬の硬直を狙って飛ばしたマンティコアの尾が、霧隠の脇腹に突き刺さっていた。
「ガハッ!」
毒の攻撃をもろに受けた霧隠はそれでも立ちあがろうとするが、血を吐いて倒れ込む。
「霧隠さん!」
花園が思わず叫ぶ。マンティコアの毒。
致死性の猛毒であり、日本指折りの最前線で戦ってきた一流探索者達を何人も葬ってきた。
霧隠のレベルでは後三十分ももたないだろう。
「ぐっ……クソッタレ……!」
「ぐぬぅ……」
だが、金剛達は痛みと痺れで動きが非常に鈍い。そんな彼らにトドメの一撃を入れるべく、マンティコアが更に魔法を唱える。
「ヘルサンダー」
すでに二度使われた太いレーザーのような雷が再度二人に放たれる。
「マ、マジックシールド!」
花園のマジックシールドが、二人とマンティコアの間に現れる。
だが、マンティコアのヘルサンダーは花園マジックシールドを破壊し、そのまま二人に直撃する。
「ぐわぁぁぁぁぁ……!!」
「カッ……ガァァァ……!」
威力が減衰したとはいえ、二人の意識を飛ばすには充分な威力であった。
「ど、どうすれば……どうすれば……」
花園は杖を握りしめながら、ガタガタと震え出す。
人生で初めての格上との戦い。初めての窮地。
このチームなら何とかなると思っていた。だが実際はそんなことはなかった。
霧隠は毒で動けず、もう数分の命。金剛と武蔵はヘルサンダーを二発も当てられ、痛みで意識を失ってしまっている。
そしてまだ無傷の花園は魔力もギリギリで、そもそも攻撃魔法を持ち合わせていない。
もはや打てる手がない。
それでも逃げるわけにはいかない。震える手で杖を握りしめる。
「ファイアーショット!」
「!?」
放たれたファイアーショットが、マンティコアの横腹に直撃する。
まだいた。このパーティー最大火力を持つ女子生徒が。
「ひめ……」
「逃げなさい!」
花園が顔を輝かせて北條院の名前を呼ぼうとするが、北條院はそれを遮り叫ぶ。
「ひーちゃん!逃げなさい!」
「え、姫花さん……?」
「逃げなさい!」
北條院は震える両手で小さな杖を握りしめ、震える脚で立ち上がりながら叫ぶ。
「む、む……」
「ニゲナサイ!ヒメカサン!ニゲナサイ!ヒーチャン!ヘルサンダー!」
だが、次の言葉をを紡ぐ前に、マンティコアが叫び、ヘルサンダーを北條院に飛ばす。
だが、目の前でここまで堂々と放たれた魔法であるのならば備えられる。
北條院は横に思いっきり飛び出すヘルサンダーを避ける。
「ファイアーショット!ファイアーショット!」
倒れ込みながら杖を構え、マンティコアに二発のファイアーショットを放つ。だが、その魔法をマンティコアは嘲笑うかのように避ける。
「ニゲナサイ!ヒメカサン!ニゲナサイ!チーチャン!サンダーアロー!」
雷魔法レベル3、サンダーアロー。対複数用の雷魔法であり、
ここでいう複数とは、もちろん北條院と花園である。
一瞬の二択。
花園は北條院を守ろうとした。
「マジックシールド!」
「ファイアーショット!」
北條院は震える手で放たれた魔法はマンティコアが花園に放った魔法に当たり、軌道が逸れる。
だが、花園が放ったマジックシールドをサンダーアローはあっさり突き破る。
「姫花さん!」
花園が叫ぶと同時に北條院は薄く笑う。そしてその胸をマンティコアのサンダーアローが貫く。
声もなく地面に倒れ伏す北條院。
「ヒメカサン!ニゲナサイ!チーチャン!」
マンティコアは絶望する花園を見て嘲笑うように叫び散らかす。
「はぁはぁ……」
花園は額からは汗が流れ落ち、握る杖を縋るように強く握りしめる。
その大きく可愛らしい瞳には、大粒の涙を溜めている。
それでも頭ではこの目の前の絶望的な状況を打開する方法を考えている。
魔力がもう殆どない。
先程のマジックシールドも不完全な状態であった。
(こんな時ワン様なら……)
極限の状況に花園は憧れている人物の顔を思い浮かべる。
花園千草はバッファーである。自分やパーティーメンバーへのバフ、及び敵に対するデバフを得意とする。
逆を言えば、自分一人で戦うようにステータスが出来ていない。
だが、味方を補助するスキルにおいては右に出るスキルがないほどの有能なスキルを持っており、人をたてる花園本来の性質と相まって、その事を恥ずかしいと思ったことはない。
自分のスキルとステータスには誰よりも誇りを持っている。
しかし、自分一人で何でも出来る人間に憧れはある。
その究極系がザ・ワン、小鳥遊翔であった。
小鳥遊は誰も彼もが讃える彼女のスキルに全く興味を示さず、誰の力も必要としていない。
そんな孤高の存在に強い憧れがあった。
そして、そんな小鳥遊を支えたいと思った。
自分のスキルならばそれが出来ると、花園千草は今なお信じている。
「私は……!」
こんな所で諦められない。そして逃げられない。
人の命を救う為に躊躇いなく走り出した小鳥遊をかっこいいと憧れてしまったのだから。
「今の私に出来ること、それは!」
花園は空に向けて杖をかざす。
「?」
マンティコアは今までと違う花園のモーションに警戒をする。マンティコアはその賢い頭脳で、花園には自身を傷つけられる攻撃はないと理解していた。
だからこそ、彼女は最後にとっておいたのだから。
だが、警戒は怠らない。マンティコアは賢さゆえの油断はあるが、野生の魔物ゆえの未知への警戒心もある。
「サウンドボム!」
杖の先から丸い玉のようなものが打ち上がり、そして破裂すると同時に辺りに爆音がなる。
「!?」
マンティコアは驚愕し、サッとその場から後退する。
「……?」
だが、何も起こらないことを知るとその人間の顔を歪めさせる。
サウンドボム。
単なる大きな音が鳴るだけの魔法。
反響の音玉ほどではないが、辺りの魔物を誘き出したり、隠れている魔物を見つけたり、今マンティコアが下がったように相手を驚かせたり出来る補助魔法。
だが、鼓膜を破けるほどの音の大きさではなく、タネが分かればなんて事はないゴミ魔法。
実際、花園も実戦で使ったのはこれが初めてだ。
現状は何も変わっていない。それにも関わらず、花園は神に祈るように両手を組み、満足そうな顔をしている。
「今の私に出来ること。それは私が信じた方を信じる事です」
「サウンドボム!チーチャン!ニゲナサイ!ヘルサンダー」
マンティコアの口から花園に向かって一直線に魔法が飛び出す。
「祈ってんじゃねぇ。避けろ避けろ」
そんな気の抜けた声と共にヘルサンダーが弾かれる。
そこには愛剣のヘビーメタルソードを持って、不思議なものを見るような目で花園を見る小鳥遊がいた。




