第九十四話 金剛再び
富士遠征三日目の夜。
課題を行っていた全クラスが、初日には集められた集会場に、再度集められていた。
壇上では学年主任である山崎が富士遠征後半についての説明をしていた。
「富士演習前半、ご苦労だった。全クラス、全班が無事富士演習の課題を達成出来たことを嬉しく思う。また、与えられた課題が君達のレベルの適正階層よりも二階層以上低くさせて貰った為、物足りなく思ったものも多いだろう」
そこで山崎は壇上から周囲を見渡す。生徒達からは山崎の言葉に同意するように頷いている。
「ただ昨今の状況を鑑みて、例年の適正レベル帯に君達を送り込むのは難しいという判断だ」
「えー!」
「そんなー!」
「正直つまんないでーす!」
山崎の言葉に生徒達からはブーイングが出る。それを山崎は手を挙げることで鎮める。
「君達の気持ちは私達教員陣もよーく分かる。しかし残念ながら慣れない環境でイレギュラーモンスターに遭遇する危険性が今現在においても拭いきれない。つい昨日も鳥取の砂原ダンジョンにて8層もの階層跨ぎが確認され、死者二名重傷者五名の大事故となってしまった」
俺は知らなかったが、どうやら昨日も階層跨ぎが出たらしい。
「エンカウントしたパーティーは階層跨ぎのイレギュラーモンスターと気付いた瞬間、即座に逃走を試みたそうだが、レベル差もあり、追い付かれ戦闘を余儀なくされた、との事だ」
「……」
惨状を聞いた生徒達は静かになってしまう。
「当たり前のことではあるが、君達から死傷者を出すわけにはいかない。先生やギルドにも要請して高レベルの探索者を各階層に配置しているとはいえ、やはり助けが間に合うまで、とにかく逃げられる様にしなければならない。それを鑑みて後半の課題を作成した。では、各クラスごとに教員から課題を受け取るように!」
その言葉で締め括られ、山崎が壇上から降りて行く。
なるほど。8層のイレギュラーモンスターに対応出来る様に課題を出すのか。
それなら1レベの俺の明日からの課題は一層でスライム狩りだろうな。
楽しみだな。
「小鳥遊、お前はこっちだ」
Fクラスの列に並ぼうとしたところ、山崎から声を掛けられる。
「はぁ……」
当然そんな甘い話はなかった様だ。
のそのそと山崎について行くと、集会場から通じる小部屋に案内される。
そこにはすでに三パーティー、十二人の生徒が集まっていた。
「あっ?てめぇ……」
「ワン様!」
部屋に入るなり、なんか見覚えのある男が俺に声をかけようとしたが、花園がそれを遮って俺の前に来る。
後ろの生徒達の何人かは俺の顔を見て、あれがワン……とひそひそしている。
そういえば素顔だった。当たり前だけど。
「ワン様もこちらに呼ばれたんですね!」
「着いてこいって言われたから来ただけだ。何の集まりかは知らない」
「この集まりはですね……」
「邪魔だ、どけ」
俺に説明をしようとすると、後ろの見覚えのある男が花園を押し退けて前に出てくる。
「きゃっ!」
花園は思わず叫び声を上げ、自分を押し退けた人物に頬を膨らませるが、押し退けた男子生徒は構わず俺を睨みつけてくる。
何だ、どこか見覚えがある様な気がするが。
「てめぇ、俺のこと忘れたんじゃねぇだろうな?」
……。
「……ああ、金剛か!」
「てめぇ……」
髪型が変わっていたから気づかなかった。会ったのだって数ヶ月ぶりだしな。
しかし、せっかく思い出したというのに金剛はさらに顔を歪めて俺を睨みつけてくる。
もしかして怒っているのだろうか。何で?
「ちょっと!ちーちゃんに何すんのよ!」
「うるせぇ、俺は今こいつと話してんだ。雑魚は失せろ」
「はぁ!?」
「……」
花園を受けとめた北條院が金剛にクレームを入れるが、金剛はチラリともそちらに視線を投げることなく俺を睨みつけ続けている。
睨み続けるならなんか言ってくれないか。そんなに俺のこと睨んでもなにも出ないぞ。
「けっ、相変わらず気に食わねー面だ、クソが」
睨んでくるので何か言いたいのかと待っていたが、結局何も言うことなく向こうから視線を外し、最後に罵倒される。
本当に一体どう言うことなんだ。
「ほら、ふざけるのもそこまでだ」
そう言いながら山崎が紙を何枚か持って部屋に入ってくる。そして俺達をぐるりと見渡すと、説明を始める。
「さて、ここに集められた君達は……まあ一名を除いて分かっているだろうが、今回の課題でレベル相応、例年と変わらない課題を出させて貰ったグループだ。皆、見事完遂させてくれた様で何よりだ」
一名、と言うのは俺のことだろう。ここにいる他の生徒は恐らくSクラス。その中でもトップ3パーティーということだ。
彼らにはレベル相応の例年と変わらない課題を出した、らしい。
レベル相応?おいおい、そんな平然と嘘つかないでくれるか。俺は公的には1レベなんだけど。まあ課題は完遂はしたけども。
「ただ、見て通り一人、今年は例外がいる。彼は一年Fクラス小鳥遊翔。巷ではザ・ワンなどと呼ばれているそうだが、ここでは小鳥遊と呼ばせてもらおう」
山崎がそういうと、改めてSクラスの生徒達が俺の方を横目で見てくる。金剛だけは悪態をついているが。
「彼に与えた三日目の課題は14層の魔物の魔石、及びアイテムの回収だった。君達に与えた課題の階層よりも二つ、更に下の階層の課題だ」
「何ですって?山崎先生、それは本当ですか?」
名前も知らないSクラスの生徒の一人が山崎に聞き返す。
「事実だ。ブラックウルフの魔石20個とゴブリンナイトの魔石30個、昨日の午前中には終わっていたそうだ」
「Fクラスの分際でゴブリンナイトを……?」
聞き返した生徒が思わずと言った感じでそう呟く。それをめざとく聞きつけた花園がその生徒を見る。
「佐久間さん、私の耳がおかしくなったのでなければ、今、ワン様を見下す様な発言をなさいましたか?」
「花園?何を怒っているんだ?ザ・ワンだかなんだか知らないがそいつはFクラスなんだろ?それが何故俺たちよりも下の階層の課題をやってるんだ?」
佐久間と呼ばれた生徒が疑問を口にする。その佐久間に同調する様に、何人かの生徒が疑念の目で俺を見てくる。どうやら何人かは俺のことを一切知らないらしい。
そんな佐久間達からすると、Fクラスの俺がここにいるのは奇妙に映ったことだろう。
「佐久間さんは彼のことを存じ上げないようですね。彼、小鳥遊翔様は永久の1レベ。覚醒度2%の最弱のステータスにして、謎の強さを持つお方」
「覚醒度2%?レベルが上がらない?それで強いわけないだろ」
「はい、佐久間さんのおっしゃる通り、それが世界の常識でした。しかし、小鳥遊様……ワン様の実力は証明されております。実際、その身でワン様の強さを体感した方もいらっしゃる様ですし」
そう言って花園が金剛を見る。
「何?金剛、それは本当か?」
「チッ……」
金剛は舌打ちをして答えないが、それだけで佐久間は何かを察した様だ。
「そういえばお前、確か二ヶ月前、どこかの生徒と揉めて顎を粉砕されて手術したって言ってたな……。てっきり上級生に無謀な勝負を仕掛けたのかと思ったが、まさかこいつが……?」
「……」
俺は何も言わずに視線を受ける。というか、まだ山崎の話終わってないけど。
「ごほん。そういうことだ。小鳥遊の強さは既に疑いようのないもの。そこで君達を集めた理由だが、明日からここにいる班を二つに分け、そこにプラスで小鳥遊の七人で15層を探索してもらう」
「はぁ!?」
「ええ!」
「ワン様と……」
山崎の説明に、Sクラスの生徒達が色めき立つ。
金剛や北條院の様に露骨に嫌がる生徒もいれば、佐久間の様に訝しげに俺を見る生徒と別れている。
「おいおい山崎せんこうよぉ!何で俺がこいつと組んで迷宮に行かないといけないんだ?」
「これから先の階層を攻略するにあたり、四人では何かあった際の対応が難しい。小鳥遊は三人パーティーだったとはいえ、水辺でシーサーペントを倒せるほどの実力だ。今日以上の更なる下の階層での攻略に辺り、小鳥遊を付けさせもらう」
「はぁ?いらねぇよこんなやつ!やってらんね!俺は抜けさせてもらうぜ」
金剛はそう吐き捨て、部屋から出て行こうとする。
だが、ドアノブを掴んでドアを開ける直前で山崎に声を掛けられる。
「金剛、お前は負けたんだろ?」
「あぁ!?」
金剛が、山崎の言葉にドアノブ越しに振り返る。
「この学園は実力主義の学校だ。その風潮を一年生の誰よりも鼻にかけて利用したのはお前だ、金剛。そのお前が、散々悪用してきた風潮から逃げるのか?」
「……」
「お前の素行について、私はとやかく言うつもりはない。だが、筋は通せ。文句があるなら強くなれ。そこの小鳥遊よりもな」
「……チッ」
山崎が俺を指差してそう締めくくる。
その言葉に何かしら感じたのか、ドアノブを掴んだまま数秒固まった金剛は、舌打ちをして戻ってくる。
「他の者も同様だ。君達には一度小鳥遊とパーティーを組んで、近くで彼を見て欲しいと思っている」
「……」
「以上だ、なら……何だ、小鳥遊」
金剛との話し合いも終わったと思った俺は手を上げる。
「彼らとのパーティーだが、俺は断らせてもらう」




