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迷宮学園の落第生  作者: 桐地栄人


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第九十三話 一人でぶらり

富士遠征二日目、午前中に三日目分の課題を終わらせた俺は部屋に戻る。

扉を開けると、部屋の中央で星空と如月が部屋の机で飲み物とお菓子を食べていた。


「あ、ワン君!終わった?」

「おかえり、結構早かったわね」

「もう来てたのか」


俺は探索者用の荷物を置いて座布団に座る。座布団に座ると同時に、星空が飲み物が入った紙コップを俺の前においてくれる。


「はい、ワン君」

「ああ、ありがとう」


目の前に置かれた紙コップの冷たい桃ジュースをグビグビ飲む。


瓶に入れられた山梨県産の桃が使われた桃ジュースは甘過ぎず、さっぱりしていて美味しい。

甘い飲み物は疲れた体に染みる。


「どうだった、十四層は?」

「五層のウルフライダーよりは圧倒的に強かったな。ゴブリンナイトが槍を投げて来た時はちょっと焦ったぞ」

「へー、ゴブリンナイトって槍投げてくるんだー!」


三体のブラックウルフに騎乗したゴブリンナイトに遭遇したのだが、戦闘の一体が俺に突撃をしてくるのを迎撃しようと剣を構えたら、後ろの二体が俺に手に持っている槍を投げてきたのだ。


「ああ。槍投げの選手かってくらい正確に俺の頭と心臓目掛けて槍を投げてきやがった」

「えー大丈夫だったのー!?怪我とかなかった?」


俺の言葉に星空が驚いて心配してくる。


俺も槍を投げられた時は驚きもしたが、二本とも剣で弾き、ゴブリンナイトの突撃をいなすことで難を逃れた。


「まあなんとかな。ソロの10レベとかで行ってたらやばかったかもしれん」

「10レベで14層に行くやつなんてパーティーでもいないわよ」

「富士迷宮の14層は結構高難度だからねー!ゴブリンナイトの連携って毎月のように死傷者が出る位だもん」

「学園はそんな所に俺をソロでいかせやがったのか。許せんな」

「だから言ったじゃない。大丈夫なのって」

「あんな初見殺しだとは思わなかったんだ。まあ種が分かってからは普通の14層の魔物だったけどな」


初手で必ず先頭の一体以外が槍投げをしてくるので、それが分かっていれば投げられた槍を防ぎながら先頭の一体を狩るのは剣聖のスキルならば容易い。


あとは槍を投げて手ぶらなゴブリンナイトの一体を狩り、タイマンか二対一に持ち込めばもう敵じゃない。


しかも14層というそこそこの下層ということもあり、人もほとんどいなかった。


なんなら11層のオールドウッドとかよりもよほど楽だった。


「んじゃ、シャワー浴びてくるからちょっと休んだら観光行くか」

「うん、待ってるねー」

「いってらー」




ーー。


「はぁ」


坂田が急病でダウンしてしまって暇になってしまった。

だからと言って小鳥遊のところに行くのも気が引ける。私は恵や双葉みたいに小鳥遊に明るく振る舞えない。それなのに、二人とも楽しみにしている小鳥遊とのデートについて行くわけにはいかない。


「だけど、部屋にいるってのもねー」


旅館の屋上で山梨の景色を眺めながら呟く。ここ数年、一人でショッピングなんて行くことはなかったから少し寂しい気分だ。


「まっ、悩んでても仕方がないわよね。気分転換に遊びに行くか!」


改めて気合を入れて部屋に化粧をしに戻る。




ーー。

「お姉さんかわいいねー。今ヒマ?」

「お姉さん、俺あのスポーツカーで来てるんだけど、ドライブデートしない?」

「こんにちは。自分こういうものなんですけど……」


街中を少し歩くだけで、ナンパやスカウトをされる。


私は慣れた手つきでそれらを断って行く。

ナンパしてきた男達の中にはお金を持っていそうな金持ちや、結構なイケメンから声を掛けられたが、全く興味が湧かない。


何故なら彼等とは迷宮の話はできないだろうから。彼等と遊ぶくらいなら坂田と話した方がまだマシだ。


私はまず富士迷宮近くにある迷宮道具店に向かう。


『富士迷宮探索総合取扱店ALIS』


All Labyrinth Item Shopの略。通称ALIS。もしくはアリス。


日本の迷宮産アイテムの取り扱いを、迷宮に対して消極的だった頃から先駆けて行っており、今や日本全国全ての迷宮の近くに店舗を構える日本屈指の迷宮アイテム取り扱い店である。


五階建てのデパートのような大きさの建物には、迷宮内で扱われる様々なアイテムや防具、武器など、迷宮で必要なアイテムの全てが売られている。


当然迷宮学園とも提携をしており、学園専用のDPでも買い物が出来る。


アリスに入店した私が、真っ先に向かったのは、一階の魔物用アイテム売り場。


私がそこに向かった理由は、高い確率で魔物をペットにした人と触れ合うことができるから。


魔物をペットにする方法は大きく分けて二つある。


一つ目は私が欲してやまない魔物の卵を見つけて孵化させること。


二つ目が、スキル「魔物使い」を所有し、実際に階層に存在する魔物を飼い慣らす方法だ。


スキル「魔物使い」をもつ探索者は魔法使いほど多くはないが、「孵卵師」よりは圧倒的に数が多い。


恵が言っていたゲームのガチャ風に例えるならUR。千人に一人くらいの確率。


実際、東迷学園の生徒にも一人魔物使いを持っている生徒がおり、たまに見かけることがある。


東迷学園生徒会副会長、長谷川有栖。


二年生トップチームの一人で、兎系の魔物であるアルミラージを相棒にして迷宮に潜っている。


何度か触らせてもらったが、普通のウサギよりも毛並みはふわふわなのだが、高レベル相応の力強さがある。


普通のペットも好きだけど、魔物には魔物の魅力がある。


魔物用アイテム売り場に到着すると、案の定一人の女性と一匹の土色で人型の魔物が魔物用のアイテムを買いに、売り場を見ていた。


私は近づいて行って話しかける。


「こんにちは!可愛いノームですね」

「え、あっ、ありがとうございます」


私が話しかけると女性は少し戸惑う。

私は気にせず、話しかけ続ける。


「土妖精のノームを相棒にしているってことは薬関係のお仕事を?」

「あ、はい。そこで薬関係のお仕事をしてます」

「えー、ってことは一流企業のエリート様じゃないー。すごー」

「いやいや、私なんて下っ端も下っ端ですよ。偶々こんなスキルを持ってて、ノームをペットにできただけです……」

「そんなことないですって。スキルも才能の一つですから。あっ、私文月奈々美って言います。東迷学園の一年生です」

「あ、私は渡辺麻友って言います。この子はノームのパン君です」

「ブモォォォーー!」


渡辺さんに紹介されたノームが両手をあげてアピールする。


「可愛いー!触ってもいいですか?」

「はい、いいですよ」


渡辺さんの許可を取り、身長一メートルほどのパン君に目線を合わせて微笑みかける。


「こんにちは、パン君!」

「ブモ!」

「触ってもいいかしら?」

「ブモ!」


土色の顔に黒い瞳の人形の様な顔だが、声と表情の小さな動きから了承していると思い、パン君の顔に手を伸ばす。


「可愛いわねー!」

「ブモぉー」


私に顔を触られたパン君は気持ちよさそうに声を漏らす。


「パン君、普段はちょっと人見知りなんですけど、こんなに安心して身を任せるなんて……」

「私、結構魔物に好かれるんです」


本当は孵卵師のパッシブスキル……だと思う。

孵卵師のスキルを持つ人は魔物使いなどがペットにしている魔物から懐かれ易い、という噂がある。


私は魔物に限らず、動物や子供にも好かれるので実際はスキルの効果かは分からないけど。


その後、ノームのパン君を散々撫でさせてもらって満足した私は立ち上がり、渡辺さんにお礼を伝える。


「パン君を触らせてくれてありがとうございました!」

「いえ、パン君も満足そうなので嬉しいです」

「ブモー!」


渡辺さんが笑顔でパン君を撫で、パン君が両手をあげて喜んでいる。


「では、私はこれで失礼しますね。すみません、お買い物の邪魔をしてしまって」

「いえいえ、この子の幸せが私の幸せなので。この子も喜んでますし、ね、パン君?」

「ブモ!」


渡辺さんに聞かれたパン君が頷く。

最後に名残惜しげにパン君を撫でて、離れる。


渡辺さんから離れ、見えないところまで行くと、私は大きなため息を吐く。


「いいなぁ……」


素直にそんな言葉が出てしまう。


羨ましい。


魔物使いがペットとして一緒にお散歩していたり、お買い物をしている姿を見るたびに、魔物が欲しいという気持ちが強くなって行く。


魔物使いを持たない私が、魔物をペットにする方法はただ一つ。


魔物の卵。


いつか手に入れられる日が来るのだろうか。


もし……迷宮に愛された小鳥遊が、魔物の卵を手に入れてしまったら……私はどうなってしまうのだろうか。

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