第九十二話 湯あたり
二日目の朝、坂田と双葉と一緒に五層へとワープする。
双葉は今日明日は来ない予定だったけど、小鳥遊が午前中は迷宮でいないため、午前中のみついて来てくれることになった。
「双葉、今日は頼むわよ?」
「安心して、昨日みたいな無様は晒さないから」
「ならいいわ」
昨日までと違い、双葉の瞳にはしっかりと意思が宿っている。これなら今日は問題ないわね。
それよりも問題なのは……。
「坂田、あんた何グロッキーになってんの?まさか二日酔い?」
如月の視線の先には体調が悪そうな坂田が立っていた。
「そんなわけないだろ!ただちょっと風呂に入りすぎたっていうか……」
「坂田、昨日三時間も風呂に入ってたらしいわよ?信じらんない」
「はぁ?ばっかじゃないの?」
「ほんと馬鹿。男子がエロい目で見てくるって分かってるのに混浴に入るわけないじゃん」
「え、あー」
そう言うと、何故か坂田が双葉をチラリと見る。
「は?何?」
「い、いやー何でも!はっはっはっ!」
「?」
双葉が訝しげな顔をしているが、私はその動作だけで察してしまう。
私が部屋に帰って来た時、丁度双葉がお風呂から部屋に帰って来るところだった。
その時、普段すまし顔の双葉が、部屋に帰って来た時は笑顔になった。
きっと何かあったのだろうと感じていたが、恐らく小鳥遊と温泉で混浴をしていたのだろう。
誘ったのか、それとも偶然か。
どちらかは分からないけど、きっと双葉は小鳥遊に色々聞けたんだと思う。
小鳥遊が饒舌に自分のことを話すところなんて、私には想像が出来ない。
多分恵がうまくやったのだろう。
恵はとにかく小鳥遊の扱いが上手い。何やかんやで小鳥遊が近くにいることを許している。
それはきっと、恵がこの学園の誰よりも小鳥遊を理解し、その性格を尊重しているからなんだろうね。
そんなことを考えていると、如月が冷たい目で坂田を見ながら言う。
「だ、大丈夫だ!すぐ持ち直す!」
「昨日あんなだった私が言うのもなんだけど、別にしんどいなら休んでもいいわよ?課題は午前中で十分終わるし」
「いや、流石に湯あたりで迷宮を休むわけには行かない!」
痩せ我慢としか思えない声を上げながら坂田が意気込む。
「そう。あんたがいいならいいけど」
「とりま私達が一体まで減らすから、坂田はそれまで待機ね」
「分かった……よろしく頼む……」
完全にグロッキー状態の坂田を連れてウルフ狩りに行く。
富士迷宮は階層の多くが昼間固定と森林地帯である。この五層も見渡しの悪い木が生い茂っている。
不意打ちに注意しながら探索を行い、木々の間から飛び出して来たウルフを突き殺す。
飛び出して来たウルフは四体。私が一体、双葉が二体、坂田が一体受け持つ。
直線的に飛び出して来たウルフを一突きで殺し、双葉が二振りで二体のウルフの首を落とす。
「そっち行ったわよ、坂田!」
「分かってる!おら!」
剣を抜いた坂田が気合を入れてウルフの攻撃を盾で真っ正面から受け止める。
そして、一瞬の硬直の隙にウルフの首元に剣を突き刺す。
「キャイン!」
殺すまではいかなかったが、首に剣を深めに刺されたウルフは、鳴き声をあげて坂田から離れる。
ウルフは首元から血を流しながらも、唸りながら坂田を睨みつけている。
坂田は盾を構えながらジリジリと前に進む。
最初に組んだ時とは違い、四層のウルフで練習して来ただけあって様になっている。
距離を少しづつ詰められたウルフはとうとう焦れてまた噛みつき攻撃を繰り出す。
坂田はそれを冷静にいなし、喉元を切り裂く。
血を大量に流して転がったウルフは再度立ちあがろうとするが、坂田が剣を振り下ろして首をさらに切り、黒いモヤへと消えていった。
「これで魔石四個ね。あと三十六個、どんどん行きましょう」
「ええ」
「おう……」
坂田のテンションが昨日よりあからさまに低い。これは私達も午前中に引き上げた方がいいかもしれない。
ーー。
「あんた、情けないわねー」
「面目ない……」
完全にグロッキー状態で地面に倒れ伏す坂田を双葉が軽蔑したような目で見下ろす。
坂田がこんな状態になった理由が理由なだけあって双葉の冷たい目は仕方がない。
とはいえ、病人を責めるのは気が引けるのでそろそろ助け舟を出す。
「まあいいじゃん。魔石はちゃんと四十個集まったわけだし」
「奈々美がいいならいいけど。どうするの?私はもう帰るけど」
「坂田がこれじゃあもう無理でしょ。私も今日の午後は観光するわ」
「お、俺なら大丈夫だ!ちょっと休めば……」
坂田がガバッと身体をあげて意気込んでくるが、明らかに顔色が悪い。これ以上無理させると本当に寝込みかねない。
私は坂田の頭をバシッと叩く。
「何言っての!そんな状態のあんたなんか連れてったって戦力にならないっての!」
「す、すまん。いつも足手まといで……」
そう言うと、坂田は落ち込んでしまう。
そう言うつもりで言ったわけじゃないの、ほんっと面倒臭いわねー。
「ほら、腕貸して。持ち上げてあげるから」
「お、おう」
そう言いながら坂田の腕を掴んで持ち上げて肩を貸す。
「はぁ、ほんと奈々美、そいつを甘やかすわね」
「はぁ?だから甘やかしてないって。病人なんだから仕方ないでしょ」
「自業自得でしょ?私なら一人で歩かせるわよ」
「あんたねぇ……」
冗談だと思いたいけど、双葉なら恐らく本気で一人で歩かせるだろう。
双葉は相変わらず坂田に冷たい。
「ほら歩くわよ。双葉、ウルフが出たらよろしく」
「お、おう」
「分かったわ」
双葉が頷いたのを見て、ゆっくり歩き出し、ワープゲートを目指す。
ーー。
ワープゲートから旅館に戻った私達は倉庫に装備を置く。
「んじゃ、私は準備するから」
「ええありがとね」
「助かった……」
「じゃーね」
そう言って双葉は私達の部屋に帰っていった。
私は坂田を連れたまま坂田が泊まっている部屋に連れて行く。
「はぁ?あんたら……」
そこは死屍累々の墓場と化していた。坂田と同じように三時間もお風呂に入っていたのだろう。
坂田の元パーティーメンバー達は、今日は迷宮には行かずに湯辺りでダウンしていたようだ。
「おー、おかえりー……ん?」
「え、女の声?」
「えっ!?女!?」
私の声を聞いた男達が布団からガバッと顔を上げて来る。
「え、文月……さん」
「文月さん、どうして……?」
「まさか俺らの看病をしに来たのか?」
「おお!まじか!」
「きっしょ。別にあんたらのために来たわけじゃないから」
蔑んだ目で彼らを見るが、彼らは何故か喜んだように顔をにやけさせている。
「坂田がこんなんだから連れて来ただけよ。ほら、もう一人でいいわね?」
「あ、ああここまでで十分だ。助かった、ありがとう」
「いいわよ、別にこれくらい。飲み物買って来て欲しいとかあったら今なら買って来てあげるけど」
「え……あの文月が……?」
「俺たちの為に水を買って来てくれるのか?」
「まじか。俺まだ夢見てるのかも」
せめて今日中には治してもらわないと困る。
そう思って坂田に提案したつもりだったが、すぐそこで聞いていた男子達が色めき立ってしまった。
まあ別に一本も四本も変わらないからいいけどさ。
「じゃ、じゃあ水……」
「お、俺も水欲しい!」
「俺も!」
「すまんが俺も欲しい……」
「水、四本ね。買ってくるわ」
仕方がない。買ってきてあげるか。見捨てて脱水症状でも起こされたら寝覚めが悪いし。
そう思った私は部屋を出て水を買いに行く。




