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迷宮学園の落第生  作者: 桐地栄人


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第九十話 温泉

特に追求することなく、温泉に入る。


早い時間だからか生徒はいない。早めに入って正解だ。


「ふぅ……」


身体を洗って貸切となった温泉に肩まで浸かる。

寮の銭湯みたいな風呂場と違い、開放感と湯質が全然違うな。周りは竹のトタンに囲まれているため景色こそ一望出来ないが、様々な湯質の温泉に入るのは気分がいい。


身も心も洗われるようだ。


それにしても星空達が分からない。

俺って一緒にいて面白いやつだったっけ。


「そんなわけあるか」


思わず独り言を呟いてしまう。

俺なら俺と一緒に観光に回ろうとなんて思わないし、一緒に居たいとも思わない。


当たり前だ。


面白い話もしないし、相槌も適当にしかしない。星空みたいに誰とでも仲良くしようとなんて思わないし、そもそも一人が好きだ。


星空を含めて誰とも仲良くしようとしていない。


いつ誰が俺の前からいなくなっても、俺はこれっぽっちも驚かない。なぜなら俺なら俺と関わり合いたくなんてないからだ。


だから二人が俺と関わろうとしている理由が分からない。

確かに俺の持つスキルは現状、世界で俺だけが持つスキルだが、それは星空達には何の関係もない事だ。


俺のスキルは俺だけのものだ。如月か文月かどっちか忘れたが買えるなら買いたいと言っていたが、俺だって売れるものなら売りたい。しかし、残念ながらそんなことはできない。


いずれ迷宮を去る俺は、迷宮配信者である星空や、日本人が未だに辿り着いていない50層を目標としている如月達とは道を違える事になる。


そんな俺と仲良くすることが彼女達の人生の役に立つとは思えない。


本当に訳の分からない奴らだ。


そんな事を考えながら風呂から立ち上がる。


そして、入る風呂を変えるために歩いていると、男湯の端っこにどこかへ通ずる扉があった。

サウナや、色の違う温泉や泡立ちが気持ちいい泡立つ炭酸温泉など、一通りの温泉は楽しんだ。


しかし、まだ楽しめる温泉があるらしい。立ち入り禁止の張り紙もないし行っても構わないだろう。


俺は扉を開けて中に入る。




ーー。

ワン君と別れた私達は、一度部屋に帰り、お風呂の前でふーちゃんと待ち合わせる。


ふーちゃんはもう女湯の前で待っている。


着替えや自前の化粧水を持って佇むふーちゃんは凄く可愛い。


なーちゃんが綺麗系の女の子だとすると、ふーちゃんは小動物系の可愛い系の女の子だ。


釣り上がった猫のような目に長いまつ毛。小さく整った顔立ち。小さな鼻に小さく薄い唇。身長は160センチにも届いていないのに、足はスラリと長くて、細く、それでいて迷宮に潜っているだけあって力強い脚だ。


そして極め付けは、身長に見合わない大きな胸。


読者モデルをやっているだけあって立ち姿も様になっている。


顔だけで食べていける女の子。それが如月双葉ちゃんだ。


ワン君じゃないけど、迷宮探索を辞めてモデル業に専念すれば、楽な生活ができたと思う。


だけど、ふーちゃんはその未来を捨てでも叶えたい夢があり、その為に手を尽くして頑張ってる。


私はそんなふーちゃんを素直に凄いと思う。


「ん、恵、来たわね」

「遅れてごめんねー。さっ、行こっ!」

「そうね」


そう言って二人で温泉に入る。


着替えを終え、身体を洗い髪にタオルを巻いて並んで温泉に入る。


「うーん!やっぱり温泉は気持ちいいねー!」

「そうね」


私が伸びをすると、その横ではふーちゃんが肩に温泉を掛けて気持ちよさそうにしている。


「よかったね、ワン君、明日と明後日、一緒に回ってくれるって!」

「そうね。よかったわ」


そう言うと、私の目は自然とふーちゃんの大きな胸へといく。


「うーん、やっぱりフーちゃんの大きな胸を押し付けたのが効いたのかなぁー」

「はぁ!?そんな訳ないでしょ!私が胸押し付けてもあいつ、平然としてたわよ。腹立つー」

「いやーどうだろー。実は結構気にして悶々としてるかもしれないよ?」

「んな訳ないでしょ。ってかどこ見てんのよ。セクハラよ!」

「あははは、まあまあいいじゃないですか、減るもんじゃないですし」

「そういう問題じゃないから。ちょっと手をワキワキさせないで!私、そう言う趣味ないから!」


そう言って私から少し離れてしまう。

私は慌ててふーちゃんに謝りながら離れた分近づく。


「うそうそごめんごめん。でもワン君、顔全然赤くしてなかったね」

「そうよ。心底邪魔としか思ってなかったんじゃないかしら。本当、宇宙人」

「あははは、ワン君の考えてることはよく分からないよねー。でも結構気を遣ってくれるよねー。さっきも私達が楽しめないとか言ってくれたし」

「最初は冷たいやつって思ってたけど、関わってみると案外優しいわよね」

「そうなんだよねー。言葉は冷たいのにね」

「そうね。ツンデレよね」

「あはっ!ワン君がツンデレ!あははははは!」

「ふふふ」


私は爆笑する。それに釣られたのか、ふーちゃんも笑う。

笑ったふーちゃんは凄い可愛い。私が男の子だったら思わず抱きしめたくなるような可愛さだ。


「ねぇ恵」

「うぇ!な、何!?」


笑っているふーちゃんを見ていたら突然声をかけられる。


「何驚いてるのよ?」

「い、いやーふーちゃん可愛いなーって、あははは」

「いやそういうの別にいらないから」


褒めたのにふーちゃんは何でもないことのように流す。きっとふーちゃんは可愛いって言われ慣れているんだろう。


「そ、それで何かな、ふーちゃん」

「恵はさー、将来どうしたいとかあるの?」

「えっ!将来?いやぁ、私は特にないかなぁ……あははは」


突然将来のことを聞かれ、私は乾いた笑いで誤魔化す。


「でも配信してるじゃん。ってとこは将来は大物配信者目指してるの?」

「いやー、別にそういうのはないかなー。配信は好きだからやってるけど、将来どうって事は考えた事ないなー」

「じゃあ辞めるの?」

「配信は続けるかなー。後のことは分からないよー」


私も今はチャンネル登録者数80万人を超え、平均視聴者数も一万人を超えている。


一端の人気ワーチューバーと言っても過言ではない。


だが、これがいつまでも続くなんて私はこれっぽっちも思っていない。


チャンネル登録者100万人を超えたワーチューバーが数年後にろくに再生数も取れずに消えていく、なんて話は本当に枚挙にいとまがない。


私も昔見ていた人気ワーチューバーを久しぶりに見たら再生数が十分の一以下になってたのを見て、悲しい気持ちになった。


私にもそういうことが起こらないとは限らない。


ワーチューバーは水商売。つまらなくなったり、みる気がなくなってしまったチャンネルはどんどん消えていく。


特に迷宮配信者は難しい。

普通の配信者と違って通常の配信で魔石などのお金が手に入る為、迷宮探索系配信者の稼ぎは大きい。しかし、同時に命懸けの仕事であり、視聴者の心を掴み続ける為に無理をして死亡する、という配信者も少なくない。


しかし、似たようなことを続けていくと、段々と視聴者が減っていく。


その葛藤に悩まされる迷宮配信者は多い。


そうなった時、私がどうなるのかは分からない。けど悩まされて心を病むくらいなら、きっとすっぱり辞めてしまうだろう。


ただ、配信は好きだし、視聴者との会話や、この職業だからこそ関われる人と関われるのはすごく楽しい。


そんな中でも一番の幸運は、きっと()に出会えた事なんだろう。


もう何ヶ月も前から()の事を考えると顔が少し熱くなってしまう。


「ふーん、そうなんだ」

「う、うん。まあいつ辞めても配信者になったことは後悔しないよ!今を楽しんでるからね!」

「そうね。それが一番大事ね」


私が熱くなる顔を誤魔化すように笑うと、ふーちゃんも同意して笑う。


「あー、ちょっと熱くなってきちゃった!ちょっと風に当たってこようー!」

「そうね。そろそろ上がろうかしら」


そう言って二人で立ち上がる。


「あっ!あの扉、ちょっとあの先見てみようよ!」


帰ろうとした私達の視線の先に一枚の扉が付いていた。


ここの温泉は竹のトタンに囲まれて、景色は正直あんまり良くはない。もしかしたらあの先は絶景が見れるのかもしれない。

そう思ってふーちゃんを誘うと、ふーちゃんは訝し気な視線でその扉を見ている。


「……まあ、いいわよ」

「……?じゃあ行ってみよう!」


そう言い、二人で扉の先に行く。

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