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迷宮学園の落第生  作者: 桐地栄人


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第八十九話 三人で

観光を終えた俺は、最高品質の一人部屋となった旅館の部屋でスマホを眺めていた。


選択肢はいくつかあるが、明日のうちに三日目の課題まで終わらせておくのが効率がいいだろう。そうなると、合計で四時間前後、午前中丸々潰れてしまうと言うことになるだろう。


しかし、三日目は何の気兼ねもなく観光を楽しめる方がいいだろう。


そう思いながら明日の予定表を作る。


すると、スマホがポンと音が鳴り、ラインの通知がくる。星空からだ。


『やっほーワン君、今からワン君の部屋行っていい?』

『ダメ』

『もう!そんなこと言って!ちょっとだけだけど、私も観光行ってお土産買ったから一緒に食べようよ!』

『お土産何?』

『信玄餅!』

『信玄餅か。部屋の扉開けとく。部屋分かるか?』

『ありがとね!部屋はわかるよ!今行くね!』

『わかった』


どうやら星空が来るらしい。信玄餅か。お土産に買おうか迷っていたからちょうどいい。

俺は部屋の鍵を開けて、再度部屋の元いた場所に戻る。


しばらくすると、部屋のドアがノックされ、星空の声が聞こえてくる。


「ワンくーん、いるー?」

「いるぞ。好きに入ってきてくれ」

「失礼しまーす!」

「失礼するわ」

「……?」


二人分の声が聞こえてきたので振り返る。

振り返るとそこには、普段着を着た星空と如月がいた。


「如月もか」

「うん!ダメだった?」

「いや、別にいい」

「そ、じゃあこれ、飲み物。そこで買った生ぶどうジュース」

「これはさっき言った信玄餅」


二人は俺の両隣に座ると、机に紙コップと信玄餅を広げる。


「うーん、それにしても、この部屋、すごい眺めいいねー」

「そうよ。私の部屋なんて襖開けたら目の前森よ。不公平だわ」

「俺もそのはずだった。文句は学園に言ってくれ」


運良くなのか運悪くなのかは分からないが、Sクラス以上の課題をさせられる代わりにSクラス並の待遇になった。


この富士山が一望できる最高の景色を見ながらこの部屋で一服してみると、課題の難易度を上げられたこともまあいいかと言う気分になる。


俺は早速きな粉がたっぷり付いた信玄餅を食べながら、生ぶどうジュースを飲む。


「どっちもうめぇ……」

「よかった!」


俺がお土産の感想を述べると、星空が笑顔になる。

二人ともいいお土産を買ってくるな。俺は部屋で何か食べる事考えてなかったから、夕ご飯までお預けになる所だった。

明日からは部屋でつまめるもの買ってこよう。


「小鳥遊、あんた今日何してたの?」

「何ってお前と同じだよ。朝は迷宮行って、午後から観光してたんだ」

「ふーん、明日以降はもう迷宮には潜らないの?」

「いや、課題は今日分しかやってない。10層まではワープゲートは開けてきたから、明日は明日分と三日目分も合わせてやる」


そう言うと星空達はニヤリと笑いながら机に肘をつき顎を乗せる。


「ふーん、そうなんだ」

「私達はもう明日分までは終わったよー」

「へー、早いな」

「うーん、だって今日の課題は五層の魔物で、明日分は六層の魔物だったからねー、二手に分かれてあっという間だったよー」

「やっぱ手分け出来るのは強いな」

「そうだよー。でも明日以降どうしようかって感じだね」

「そうよねー。私も明日分まで終わったんだけど、午後から暇なのよねー」


そう言って如月がチラリとこちらを見てくる。星空もチラリと俺の方を見てくる。


「私も明日以降どうしようかって話になってたなー。新しい魔物は戦ってて楽しかったけど……ちょっとレベルが合わなくて飽きちゃうんだよねー」

「そうよねー。私なんて三日目まで五層よ?しかも出る魔物もウルフって。今更ウルフ狩りなんてする気が起きないわよ」

「うんうん!私も明日の午後はもう観光に切り替えちゃおうって思ってたんだよねー!」

「ふーん」


なぜか二人が少し大きな声になりながら話している。

しかも相変わらず俺の方をチラチラと見てきている。何だろう。俺の顔に何かついてるだろうか。


訝しく思いながらも、気にすることなく信玄餅を食べ、スマホで明日の予定を組む。


今日は富士山に一番近い湖である山中湖に行ってきた。近くに和食料理のお店があったのでそこで美味しくお肉と山菜を食べたのだ。


やはりこう言う観光をしてこその旅行である。


明日はどうするか。


そんな事を考えていたら二人が俺のすぐ横に近寄ってきて、俺のスマホを横から盗み見てくる。


二人からはふわりといい匂いが漂ってくる。もう温泉にでも入ったのだろうか。


「あー、やっぱりワン君、明日は午前中で三日目分まで課題終わらせて、午後から観光なんだねー」

「ってことは明日の午後と明後日は暇ってことよね」

「……そう、だが?」


だから何だ。なんか含みのある言い方だな。あと顔近いから離れてくれないか。両側から二人の顔に挟まれて動き辛い。

如月側の背中になんか当たってるし。


「じゃあさ、明日の午後と明後日は私達と一緒に観光しない?」

「あ、いいじゃんそれ!一緒に回りましょうよ」

「は?何でだよ。嫌だわ」


何でそう言う流れになるんだ。星空達も一人で旅行をすればいい。

誰かと行きたいなら二人で行けばいいし。なぜ俺を巻き込む。


速攻で拒否すると、星空が俺の顔を指でツンツンしてきて、如月もさらに体を詰めてくる。


「そんなこと言って!ワン君も実は女の子とデートしたいんでしょ」

「そうそう、こんなに可愛い女の子と三人で街中歩けるなんて今後ないかもしれないわよ?」

「なくて結構だ。あと俺の頬を突くのやめろ」


そう言うと星空が頬を突くのをやめて聞いてくる。


「何でワン君は私達と一緒に回りたくないのさ?」

「一人の方が気兼ねないだろ。人に合わせるのは苦手だ」


人と一緒に動くと周りと合わせないと動かないといけなくなる。他の人とタイミングを合わせるのは苦手だ。早く次に行きたいのに待たないといけないのはストレスだし。


「大丈夫大丈夫。私達がワン君に合わせてあげるから!」

「そうそう。あんたの行きたい所に行けばいいわ。私達はついて行くだけだから」

「はぁ?それじゃあ星空達は楽しめないだろ」


そう言うと笑顔になって星空がまた俺の頬を突いてくる。


「えー、ワン君!私達のこと考えてくれるんだー!嬉しー!」

「あんた、人の心配出来たのね、いがーい」


俺は頬をついてくる星空の手を払いながら嫌な顔をする。


「やめろ。俺は俺で楽しむ。星空達は星空達で楽しめ」

「そんなこと言わないの。私、ワン君がいないと観光楽しめないなー」

「そうそう。明日と明後日はあんたと観光したい気分なの」

「意味が分からん。観光が嫌なら迷宮行けばいいだろ」

「迷宮はもう満足したよー!明日はワン君と観光したいの!」

「そうそう!」

「……」


二人がさらに距離を詰めて言ってくる。もう鼻先が俺の顔に当たりそうだ。近いんだけど。

そもそも俺と観光しないと楽しめないというのが分からない。俺は二人を楽しませる気もなければ二人に合わせる気もない。


自分で言うのも何だが、俺は面白い人間ではない。俺自身に人を楽しませる気がないのだから当たり前だ。


それにもかかわらず、二人は俺と一緒ではないと楽しめないと言っている。

全く理解できない。


相変わらず俺は他人の考えが理解出来ない。


星空達が女だからとも一瞬考えたが、非効率な狩りにこだわる坂田の気持ちも、なんか絡んできた金剛のことも分からなかった。


俺が黙っていると星空が少し顔を離し、上目遣いで聞いてくる。


「ワン君、ダメ?」

「……二人に合わせる気ないからな?」

「うん!」

「じゃあいいぞ」


俺が頷くと、二人は離れて喜ぶ。


「わーい、ありがとね、ワン君」

「ありがと」

「いやいい。というか、感謝されるようなことじゃない。嫌になったらいつでも好きに動いていいからな」

「うん分かったよ!」

「分かったわ」


二人が頷くのを見て、俺はため息をつく。


「お前らは本当に意味不明だな。絶対楽しくないぞ」

「大丈夫大丈夫!ワン君といれば楽しいから!」

「……」


今の俺は変な顔をしているだろう。他も分からないが、中でも星空はこの学園の中で一番分からない。頭がパンクしそうだ。


一旦温泉に入ってゆっくりクールダウンしよう。そう思って立ち上がる。


「んじゃ、俺は温泉入ってくる」

「はーい、じゃあ私たちも温泉入ろう」

「そうね」


施設内にある温泉に入る準備をして三人で部屋を出た俺に星空は手を振ってくる。


「じゃあまた後でねー!」

「また後で?」


また明日、の間違いだろう。


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