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迷宮学園の落第生  作者: 桐地栄人


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第八十八話 如月双葉は暇である

4層変貌の森。


この階層で出現するのはハイエントと呼ばれるエントの上位互換。

エント同様、相変わらず木に擬態出来ていないのだが、ハイエントはそもそも擬態することを諦めており、木の根を足のようにして森の中を移動し獲物を探し続けている。


ハイエントは中央迷宮のウルフやゴブリン達と違い、群れることはなく一体だけで移動し続けている。


そして、木のように硬い身体と、五メートル近いその巨体を生かした攻撃力は盾持ちのタンクすら吹き飛ばす威力を持っていた。


しかし、代わりに敏捷性を失っており、攻撃をする瞬間の大きな溜めと大ぶりな攻撃後の反動による大きな隙がある。


よく攻撃を見て、ちゃんと対応すれば何ら恐れることのない魔物だ。


「おら!」


目の前では、坂田が気勢を上げながらハイエントの攻撃を避けながら切りつけている。


坂田の剣は、ハイエントの太い幹を深く削る。


「ギギギー」


呻き声なのか、樹木の体を激しく動かした反動なのか、耳障りな音を出しながら再度攻撃するために体を捻る。


そして、先ほどと同じように身体を捻るように太い枝を坂田にぶつけようとする。


それをバックステップで避け、枝が通り過ぎた瞬間にダッシュでハイエントに近寄り、また剣で深くハイエントを切り付ける。


五層でウルフ程度に手間取っていた頃に比べて、今の坂田は動きもスムーズで滑らかだ。


「はぁ……」


私はその光景を眺めながら一つ、ため息を吐く。


小鳥遊は今どうしてるだろう。あいつの今日の課題は6層でのヘイズルーン狩り。おそらくはもう終わっているだろう。今頃は当初の予定通り、富士山周辺の観光でもしているはずだ。


出来る事なら私もそっちに行きたい。


別に山梨観光がしたいわけじゃない。山梨くらいなら休日にでも自腹で好きに来れるんだから。


今は観光に時間を使うよりも、迷宮で中央迷宮にはいない魔物と戦って色々な経験を積む……はずだった。


小鳥遊と一緒だったのなら、その予定だった。さっさと迷宮探索を切り上げて観光したがる小鳥遊を説得する言い訳をあれこれ考えていたのに、小鳥遊だけ分けられてしまった。


いくら課外実習で外の魔物を経験すると言ってもこんなに弱い魔物から学ぶ事なんてない。


「はぁ……」


私はもう一度ため息を吐く。


「す、すまん、倒すの遅かったか?」

「きゃっ!」

「へぶっ!?」


気がついたら目の前に坂田の顔面があった為、思わず叩いてしまった。


「ちょっと!急に目の前に現れないでよ!」

「きゅ、急じゃねぇよ!一回声かけたって!」


どうやら一回声をかけられていたらしい。


「そう!悪かったわね。ちょっと考え事してたわ」

「まあいいけど……」


坂田は渋々顔をさすりながら戻って行った。そして奈々美と今の戦闘について色々話している。


普段なら話に混ざってあれこれと議論したい所だけど、正直気分が全然乗らない。


「ほら、双葉、次行くわよ!」

「……分かってるわ」


奈々美に声をかけられた私は、小さく返事をして二人について行く。


それから何度か坂田がハイエントを倒すのを眺める。

私も何度かハイエントと戦ってみた。推奨ステータスギリギリであればヒヤリとした戦いをしたであろうが、今の私の敵ではない。動きも緩慢だし、階層に似合わない高い攻撃力でも今の私には大したダメージを与えられない。


弱過ぎる。


しかも、今朝の集会で三日目までの階層よりも下の階層にいくことを固く禁ずる、と言う周知がされてしまった。つまり、私達がいける階層は三日目まで五層が限界ということだ。


原因は十中八九間違いなくイレギュラーモンスターが原因。


三日目までの課題でレベル相応の課題を出されているのは、Sクラスの何パーティーかと小鳥遊だけだ。


「はぁ」


小鳥遊が羨ましい。多分、全クラスの生徒の中で、この校外学習を一番楽しんでいる。

学園側から理不尽な課題変更を言い渡されても、小鳥遊は飄々と受け入れて、観光の予定を考えている。


この学園の誰よりも強い。そしてレベル上げを急いでいない。それ故にこの学園の誰よりも心に余裕を持って生活している。学園からの理不尽など、今の彼にとっては取るに足らない瑣末な出来事なのだろう。


それが凄く羨ましい。


私を含め、この学園の生徒は、日々を終わりの見えないレベル上げに勤しんでいる。


だけど小鳥遊だけは違う。


小鳥遊はお金目的でこの学園に来たと言っていた。

だが、自炊をして節約をしているわけでもなければ、部屋には色々なゲームや漫画が転がっており、吝嗇(りんしょく)というわけではない。


大学や将来のためのお金が必要、と言っていたから、何らかの理由で両親がお金を出してくれないということなのだろう。


両親から勘当されているのか、そもそもお金がないのか。


小鳥遊家の家庭事情には興味はないけれど、小鳥遊には興味がある。


もっと小鳥遊と話してみたい。もっと小鳥遊が知りたい。


あの達観した尋常ではない精神は如何にして育まれたのか、あの深淵な黒い瞳の奥に何があるのか、ダンジョンと同じくらい興味がある。


「双葉、危ないっ!」

「きゃっ!?」


突然の叫び声と共に、目の前では衝撃が弾ける。思わず後ろに座り込んだ私の前では槍を構えており、ハイエントの太い枝による攻撃を受け止めている。


「ちょっと!いくら何でも気を抜きすぎよ!坂田、この隙に攻撃して!」

「わかった!おらっ!」


奈々美の掛け声に坂田が飛び出し、ハイエントに切りつる。数回切りつけられたハイエントは黒いモヤとなって消えていく。


「双葉!」

「……ごめん、油断してた」


私は立ち上がりながら素直に謝る。


「もう、当たっても大したダメージないからって油断はダメでしょーが!」


そう言いながら私のお尻についた土を払ってくれる。奈々美の言うとおりである。私はもう一度素直に謝る。


「ごめん」

「もう……そんなに小鳥遊のところに行きたいのなら別に行けばいいんじゃない?」

「何それ。別にあいつの所に行きたいなんて言ってないじゃない」


図星を突かれて一瞬どきりとするが、冷静に誤魔化す。

しかし、奈々美は呆れながら言ってくる。


「別に誤魔化さなくてもいいわよ。どう見てもあいつのこと考えてたじゃない」

「……別に、下層に行けて羨ましいなって思ってただけよ!」

「考えてたんじゃない」

「……」


気まずくなった私はそっぽを向く。


「話戻すけど、行きたいなら小鳥遊のところに行けばいいじゃない」

「そう言うわけにもいかないでしょ。あいつについて行って下層に行ったら最悪停学よ」


今朝の集会にて、指定された階層よりも下の階層に行ったことが確認できた場合、その場で即刻東京に帰らせられ、中央迷宮への立ち入りも禁止される。


昨今の迷宮事情も考えても、正直やり過ぎだと思う。


「ならあいつが迷宮探索終わって観光するタイミングで一緒に行けばいいじゃない」

「別にいいわよ気を使わなくて。課題、ちゃんと終わらせないとまずいでしょ」

「いやあんたがいなくても余裕で終わるから。って言うかぼーっとされても普通に邪魔よ」

「……」


そう言うと、奈々美は振り返り、坂田に声をかける。


「坂田もそれでいいわよね?」

「おう!任せとけ!」


坂田がドンと胸を強く叩く。


「……なら、任せてもいい?」

「ええ」

「四日目以降六層から下の階層の時はちゃんと手伝うから」

「その時はちゃんと集中しなさいよ」

「分かってるわ、ありがとう」


そう言って私は二人と別れ、五層のワープゲートに走って行った。

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