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迷宮学園の落第生  作者: 桐地栄人


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第八十七話 文月奈々美は恐れてる

部屋に戻った俺は、自由時間となったので、早速迷宮装備を確認しに行く。


この旅館は迷宮探索者御用達の旅館であり、装備などを保管する倉庫などもきちんと常備されている。


「ったく、こんな早い時間に迷宮に行く気なんてなかったんだがなぁ」


倉庫に置いてあったメイン装備であるヘビーメタルソードを腰に刺しながらぼやく。


本来の予定では、部屋に荷物を置いたら早速観光に繰り出し、観光から帰ってから軽く迷宮で規定の数の魔石を集めて夕飯、という予定だった。

しかし、今日の課題を終わらせるのに二時間前後もかかるとなると、午前中に行く予定だった観光地はキャンセルしなければならない。


お昼も食べるところを決めていたから、それが食べられる時間までには迷宮探索は終わらせて本来の目的である観光に戻りたいところだ。


「よし行くか」


行きたくない気持ちに気合を入れて富士迷宮へと歩いて行く。


迷宮への道すがら、東迷学園の生徒達に混じって、様々な社会人の迷宮探索者が生徒達をジロリと眺めながら歩いている。


日本人らしく声をかけてきたり囃し立てて来たりせずに、ジロリと軽くみるだけでせっせと富士迷宮への道のりを歩いている。


俺もその列に混じり富士迷宮へと辿り着く。

そして、富士迷宮の入り口にて、学生証を提示して中に入る。


中央迷宮と違い、一層から鬱蒼とした森のステージだ。

まあ俺は一層には用事はない。


ワープゲートは一度通過した階層でないと使えないため、6層まで走って行く。


そして富士ダンジョン6層に辿り着く。

富士ダンジョン6層は鬱蒼とした森で、日は差すため明るいもののこの階層の魔物、ヘイズルーンとは山羊の魔物である。


木々の太い根をものともしない縦横無尽な動きで探索者を翻弄し、その巨大な角で探索者達に突進攻撃をしてくるのだ。


だがしかし、レベル18の俺の敵ではない。


軽く避け、その首を落とし、出た魔石を拾う。茶色い小さな魔石。価値としては中央迷宮6層のウルフライダーよりはちょっと高いだろうと言うところ。


初めて見た魔物ではあるが、倒すのは楽。中央迷宮の過疎階層であったのなら、課題の魔石集めは二時間どころか三十分で終わっていただろう。


しかし、思いの外時間がかかりそうだ。


遠くから剣戟の音や誰か怒声が度々聞こえてくる。


やはり学園に通う学生達しかいない中央迷宮とは違い、一般人も通う迷宮は人が多いようだ。


特にここはまだまだ上層。趣味やなりたての探索者など、探索者人口のボリュームゾーンが多い層だ。


山梨県は人口は少ない県ではあるが、この富士ダンジョンは緑豊かでダンジョン産の薬草も多く、昨今注目の高まっているダンジョンであるため、日本全国でも人気のダンジョンの一つでもある。


それでも何とか旅館を出て一時間半ちょっとで魔石を集め終わる。そこで一度時計を眺める。


「十三時か。10層のワープゲートだけ開けて飯行くか」


十三時半に旅館に戻った俺は、軽くシャワーを浴び、着替えをしてから観光に繰り出す。


午前中は迷宮探索で潰れてしまった。午後は夕飯までゆっくりと観光しよう。




ーー第八パーティーにて。


「そこ、エントよ!」

「おう!」


私達第八パーティーは富士迷宮第二層でエント狩りをしていた。


エントとは、木をそのまま魔物にしたような見た目で、森の中で動くことなく冒険者が来るのを待ち、不意打ちをすることに長けた魔物である。


だけど、所詮は二層の魔物。周りの木と擬態したエントでは、高さが全然違うし、色も違う。


子供でも一目見れば違いがわかるだろう。あれで本当に擬態出来ていると思っているのなら人間を舐めすぎだ。


「坂田、そこにエントがいるわ」

「おう、任せろ!」


私が指差すと、坂田は勢い込んでエンドに突撃し、攻撃を繰り出す。


学園最低ステータスとはいえ、既に坂田は6レベ。2層程度の魔物は苦もなく倒してしまう。


「よし、エントの魔石十三個目!」

「いちいち喜ばなくていいから。それさっさと渡して次行くわよ」

「おう!」


双葉が面倒くさそうに手を出して、坂田は笑顔で魔石を渡す。


私はその様子を髪をいじりながら見る。


双葉は相変わらず坂田に対して冷たい。正に好感度0って感じ。


坂田は最近変わってきている思う。あの話し合いからと言うもの、合理的なレベル上げに邁進している。小鳥遊をからかうのもやめたし、心を入れ替えて頑張っていると思う。


双葉もそれを近くで見ているはずなのだが、坂田に対する態度はずっと冷たいままだ。


「はぁ」


とはいえ、私は何も言わない。双葉と坂田の問題は二人の問題だ。私が口を出すようなことじゃない。最低限のコミュニケーションは取ってるし、坂田は双葉の冷たい態度でも明るく対応している。


パーティーが崩壊しないのであれば気にするようなことじゃない。


私は愛用の槍を握りながら先を急ぐ。出来れば今日中に三日目までのアイテムを集め終えたい所だ。


しかし、一時間半かけてまだ十三個。


エントを倒すのは坂田に一任しているが、これは別に坂田がエントを倒すのが遅いわけではない。


人が多いのだ。この階層にはFクラス全員に加え、多くの一般探索者や観光客で大勢賑わっている。十分に一回は人とすれ違う。


人が来た方向からは逸れて移動するようにしているが、それでも一時間半で十三体は少な過ぎる。単純計算でもあと四十五分くらいはかかるだろう。


次に四層まで移動してハイエント狩り。今日は夕方までの残りの時間はハイエント狩りをするつもりだ。


四層は観光目的の人達はいないから、ここよりは少し人が減って効率も良くなることだろう。


「てかさー、流石に二層はないわよねー」


坂田が次のエントを狩っている最中に双葉が話しかけてきた。


「そうね。経験値も美味しくないし、一撃で倒せちゃうからあんまり訓練にもならない。本当嫌になるわ」


現在の迷宮の不安定な情勢もあるだろうけど、流石に初日に二層は安全を取りすぎ。


双葉はどことなく気がそぞろだし、私も下層ほど集中してない。


迷宮はいつだって命懸けだと言うのは分かっているけど、こんな大勢の人がいる上層で命の危険があるなんて言われてもピンとこないのは当然のこと。


楽すぎて逆に危険まである。


それとは別に双葉はつまらなそうな顔をして、どこか別の場所に意識がいっている。たぶん小鳥遊に着いて行きたいのだと思う。


彼に着いて行った方が経験値効率がいいけど、それだけじゃない。


小鳥遊のことを近くで見ていたいのだ。


シーサーペントの件もそうだし、五層でオークが出た時にそこに現れたのもそう。小鳥遊の才能やその何かに導かれるかのような稀有な体験は誰にも予想出来ないし、この学園の誰にも出来ないことだ。


迷宮が好きで、迷宮のために命をかけてる私達からすると彼は凄く魅力的な存在なのだ。


小鳥遊の能力や才能は魅力的。


だけど、私にはどうしても小鳥遊の無感情な一面が受け入れられない。


私は双葉と交代でお昼ご飯を作って毎日渡している。パワレベのための交換条件だったとはいえ、お昼ご飯を毎日作ってきてくれる相手に対して、小鳥遊はカケラの情も浮かんでいない。


いつ会っても小鳥遊の私を見る目は、顔と名前を知ってるだけのただの知り合いを見るような目をする。


双葉は気にしていないだろう。だけど、私はそれが凄く怖い。


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