第八十四話 シーサーペント
「あれって……シ、シーサーペント……?」
「シーサーペント?この階層に出るのか?」
「出ないよ!31層海竜の洞窟に出る魔物なのに!何でこんなところに……」
『シーサーペント?』
『え、やばくないかこれ?』
『やばい!めぐたん逃げて!』
『めぐたんこいつは本当にやばい!逃げて』
『めぐたん逃げて!』
星空が絶句して口を抑え、コメント欄が星空への逃走コメントが爆速で流れる。
シーサーペント。確かに言われてみれば顔は爬虫類のトカゲの様でドラゴンの様ではあるが、その体は蛇の様に細長い。
そして細長い体をくねらせながら、口からものすごい勢いで水を放射し、辺りの木々を薙ぎ払っている。
「ちょっと!理由を考えている時じゃないでしょ!」
絶句する星空に如月が喝を入れる。
薙ぎ倒された木々の下から赤い煙が立ち昇っており、そのすぐ近くでは救援筒を使ったと思われる二年生の探索者達が倒れた木々に伏せて震えながら隠れている。
「如月の言う通りだな。とりあえず星空、配信を切れ」
「え?何で!?」
「本気出す」
「あっ、わ、分かったよワン君!」
『え、ワン君の本気?』
『み、見たい!』
『ワン君本気マジか』
『不謹慎だけどめちゃくちゃ気になる……』
ヘビーメタルソードを構えながらそう言うと、星空は配信の終わりの挨拶もすることなく配信を切ってしまう。
「ワン君、切ったよ!」
「オーケー。選択」
そう呟き、出てきた自分のステータスから相園のステータスを選択する。
[小鳥遊翔/レベル32][選択:相園花美]
[覚醒度:39%]
物理攻撃力 23
魔法攻撃力 56
防御力 32
敏捷性 38
[スキル][選択:相園花美]
闇魔法 レベル3
風魔法 レベル2
魔法攻撃力増加 レベル2
敏捷性増加 レベル3
「ダークネス」
かなりの魔力を込めて辺りに水のブレスを吐き散らしているシーサーペントの顔に黒いモヤを張り付かせる。
「グギャァオオオーーーー!」
ダークネスを顔面に当てられたシーサーペントは悶え苦しみながら水の中に入ってしまう。水の中でも悶えているのか湖の水面が大きく波立っている。
「あんた、こんな大勢の人がいるところで魔法を!?」
「人の命には変えられないだろ?」
俺の秘密は別に人の命よりも重いものではない。
シーサーペントに襲われていた二年生の探索者達は隠れていた木々を薙ぎ払われてもはや一秒を争うところだった。
如月のバリスタは設置に時間が掛かるし、星空の魔法では威力不足だ。
それならば仕方がない。
まあ後で口止めでもしておくが、出来なかったらその時だ。
「如月、バリスタを用意しろ。星空は近くにいる生徒を助けながら、この音で近づいてくるリザードマンを狩ってくれ」
「了解!」
「分かった!」
二人が頷いて行動に移すのを確認し、波打っている湖に近づいて行く。
そして湖の湖岸近くまできたところでダークネスの効果時間がきれ、シーサーペントがまた顔を出す。
やはり一撃ではいかなかったか。
闇魔法レベル3のダークネスに相園の高い魔法攻撃力を合わせれば20層の魔物ですら一撃なのだが、その更に11層も下となると相当硬い様だ。
それでも無傷とまではいかず、顔の辺りの鱗が幾つか剥がれ落ちている。
顔面といえばあらゆる生物の急所であるが、そこにダークネスを食らってあの程度の傷とは恐れ入る。
自身に魔法を撃った犯人を探そうと辺りを警戒していたシーサーペントに再度魔法を放つ。
「ダークネス」
「グギャァオオオーーーー!」
再度顔面にダークネスを放たれたシーサーペントは暴れはするものの、今度は水に潜ったりしない。
それどころ下手人である俺を見つけ、ダークネスを顔にくらいながらもブレスを撃ってくる。
「あぶねっ!」
速い。撃ってくるだろうなと予想していたから避けれたが、今までの魔物の攻撃の中で一番速い。
「これは油断出来ねえな」
俺はヘビーメタルソードを持ちながら、湖岸を走りながら、魔法を放つ。
「ダークショット。ダークショット」
黒い球が俺の掌から放たれ、シーサーペントの顔に飛んでいくが、顔を軽く揺らすだけで避けられる。
こちら側の魔法も速いとはいえ、真正面から馬鹿正直に撃った魔法は流石に当たらない様だ。
しかし、それでいい。俺も完全に位置を捕捉された状態で魔法が当たるとは思っていない。
それよりもシーサーペントの意識をこちらに集中させ、攻撃を少しでも減らせる様にする必要がある。
その間に星空は生徒達の避難を誘導している。それが終わるまではとりあえずこれで時間稼ぎだ。
だが、シーサーペントは俺の魔法の隙間を縫うようにして避けると、逆に俺に魔法を放ってくる。
今度は先ほどのブレスとは違い、球形の水の塊、ウォーターショットである。
水魔法レベル2の魔法ウォーターショット。通常なら木が一本折れるかどうかという威力。
しかし、シーサーペントが放った一撃は辺りの木々を薙ぎ払い宙を舞う威力を誇っていた。
「なんつう威力してんだよ」
バラバラになって落ちてくる木々を避けながら呟く。
動画でもウォーターショットは何度か見たことあるが、こんな木が宙を舞う威力ではなかった。
流石は31層の魔物。魔法一つ一つの威力が桁違いだ。
俺は降り注ぐ木々と、放たれる高速のウォーターショットを避けながらダークショットやダークネスなどの魔法を放つが、首を傾けるだけで避けれるシーサーペントと、縦横無尽に走りながら狙いを定める俺ではあまりにも分が悪すぎる。
「っ!?」
ウォーターショットを避け続けていたが、とうとう避け切れないタイミングでウォーターショットが飛んでくる。
ヘビーメタルソードを盾のようにして防ぐが、威力が強すぎて吹き飛ばされてしまった。
空中に浮いた身体を丸めて衝撃を和らげながら地面にぶつかり、そのままごろごろと転がる。
「いってぇ……」
久しぶりにこんな痛い思いをした。
この痛み、2層でレッサーラットに噛まれて以来だ。
シーサーペントは追い打ちをかけるようにウォーターショットを撃ち続けてくる。
盾のように防ぐのではまた吹き飛ばされてしまうし、もはや攻撃を返せる状況ではない。それならば防御に徹するほかない。
「なら、選択」
[小鳥遊翔/レベル35][選択:赤崎研磨]
[覚醒度:42%]
物理攻撃力 43
魔法攻撃力 23
防御力 48
敏捷性 46
[スキル][選択:赤崎研磨]
剣術 レベル3
剣聖 レベル1
物理攻撃力増加 レベル3
敏捷性増加 レベル3
ステータスを赤崎のステータスに変更する。
ウォーターショットはかなり速いが、赤崎のステータスであれば見えないほどではない。
迫り来るウォーターショットをヘビーメタルソードで斬り落とす。ウォーターショットの一つ一つが重いが、ステータスの影響もあり、先程よりも威力が落ちたように感じる。
これならばしばらくは耐えれるだろう。
すると、スマホが鳴った為、一瞬の不意をついてオンにする。
『ワン君、聞こえる!?」
スマホの電話口から聞こえた声は星空のものだった。
「ああ!」
『凄い音だけど大丈夫なの!?』
「なんとかな!用件は!?」
『周りの生徒の避難、無事終わったよ!』
「そうか!それで!?」
『ふーちゃんのバリスタ、準備終わってるよ!いつでも撃てるって!』
「分かった!なら、俺が突撃した時にタイミング合わせてやつに攻撃を喰らわせろって伝えてくれ!」
『分かった!』
そこで電話が切れる。
どうやら周りの生徒達は避難したようだ。きちんと魔法の口止めしてくれただろうか。
そんなことを思いながら、俺は再度ヘビーメタルソードを握りしめる。ここからが剣聖のスキルの本領発揮だ。
剣の最上級スキルの一つ剣聖。
その効果は一言で言えば剣を装備している際、敏捷性に大きなバフがかかり、魔力を使用することでいくつかの剣聖専用スキルを使うことができることだ。
例えば金剛が所有していた剣王スキルであれば、物理攻撃力に大きなバフとは別に、装備破壊という剣王専用スキルがある。
物理攻撃力に特化した剣王らしいスキルと言える。
では、剣聖専用スキルとは何か。
それは、あらゆる場所を走ることができるという脚を手に入れるというもの。敏捷性という速度を重視した剣聖らしいスキルと言えよう。
どんな場所であっても脚を止めることなく走り続け、相手を翻弄しながら、一撃を狙う。
それが剣聖だ。
俺は両脚に力を込めると、ウォーターショットの雨を弾きながら走り出す。
高速で走り出した俺を見たシーサーペントが、ウォーターショットをやめ、先程のウォーターブレスを撃とうと口を大きく開け、息を吸い込むように身を引く。
俺の位置は丁度湖の岸にたどり着いた所。周りには何もなく、広範囲かつ威力の一撃はヘビーメタルソードでは防げないだろう。だが、避ける必要はない。
ウォーターブレスを放とうとした瞬間、シーサーペントの顔面が爆発する。
如月のバリスタの大矢が当たったのだろう。しかし、爆発までするとは思わなかった。いつも使っている大矢は鉄製。当然爆発なんてしない。
つまり、何かしら特別な大矢を使ったということだろう。
「如月の隠し球か。ナイスタイミング!」
精々ちょっと気を逸らして欲しいくらいの要望だったのだが、これなら隙は充分。
俺は湖面を前にしても脚を止めない。
剣聖はどんな場所でも脚を止めない。それが水の上であっても、だ。
俺は、まるで地面の上を走るかの如く水面を走る。そして……。、
一閃。
両手に握ったヘビーメタルソードでシーサーペントの胴体と上半身を斬り離す。
「ギャオオーーン!」
シーサーペントは断末魔を上げながら斬り落とした上半身が湖に落ち、高波と雨のような水飛沫を辺りに降り注ぐ。
「ふぅ、疲れた」
そんなことをぼやきながら俺は脚を止め、水の中に落ちる。
剣聖はどんな所でも走ることができるスキルを持つ。
水の上を歩くことができるスキルではない為、脚を止めると水の中に落ちてしまう。
当然この行動には意味がある。
「金金。魔石はどこだー?」
これだけ大きな魔物だ。さぞ大きな魔石があることだろう。
俺は水の中に潜り、魔石やアイテムを探す。
すると、数メートル先に何か光輝くものがあった。
喜び勇んでさらに深く潜り、それを取りに行く。
ーー。
「びしょびしょだぜ、全く」
もっと気楽な探索になるはずだったのにこんなことになるとは思わなかった。
服から大量の水を滴らせながら湖から上がりながら悪態をつく。
「ワン君、大丈夫!?」
「小鳥遊!」
湖から上がると星空と如月の二人が駆け寄ってくる。
「ああ、怪我はない。右手がちょっと痺れてるけどな」
「え、ちょっと見せて!」
そう言うと星空が俺の右手を掴んで袖を捲る。
「何もなってない。当たってはないからな」
シーサーペントのウォーターショットが思いのほか威力が高く、シーサーペント自体が硬かった。その反動が腕に来ただけだ。
星空が俺の腕を触り、外傷がないことを確認すると、ホッとしたように息を吐く。
「はぁ、なら良かった!ワン君、無茶しそうだったから……」
「無茶なんかするわけないだろ」
「そんなこと言って。シーサーペントのウォーターショットで吹き飛ばされてたじゃない」
「えー!ワン君、ちょっと身体見せて!」
「いや、いいよ」
「ダメ!ちょっと服脱いで!」
本人が大丈夫と言っているのだから大丈夫なのだが、どうやら星空は俺を信用出来ないらしい。
俺は倒木に腰掛け上の服を無理やり脱がされる。
「如月、余計なことを」
「言うに決まってるでしょ」
「もう、ワン君はもっと自分を大事にしてよ!」
俺が如月を睨むが、如月は呆れ、星空には怒られてしまう。
「一応ポーション使うからね!」
「いや、いらな……うおっ!?」
ポーションを使うほどの痛みではないのだが、星空に無理やり頭からポーションを掛けられてしまった。
「お前なぁ」
まあ星空のポーションだから別にいいけど、また身体が濡れてしまった。もう濡れてるけど。
「ほら、タオル持ってきてるからこれで身体拭きなさい」
そう言って如月がタオルを渡してきたので、素直に受け取って、体と頭を拭く。
「それで、俺が魔法を使った所、何人くらいに見られた?」
大事なことはそこだ。
俺が聞くと、二人が困った顔をする。
「うーん、分かんない。助けた二年生の先輩達には一応口止めはしたけど」
「そんなに多くの生徒には見られていないはずよ。怪我をしたから助けて欲しい程度の黄色の救難信号と違って、赤の救難信号は複数の危険な魔物に囲まれてる、もしくは相当危険な状況って言う周りの人たちへの警戒と避難も兼ねてるから。来ても数パーティー、少なくとも私が見てる範囲では人は居なかったわ」
「そうか」
如月はそう言うが、湖は広い。遠くから見られている可能性は充分ある。
しかし、もはやどうしようもない。シーサーペントを見た時には既に覚悟を決めたからな。
「まあなるようにしかならんだろ。それよりも如月、助かった」
如月の大矢は正直かなり助かった。おかげで水の上をジグザグに走る事なく一直線に走ることができた為、その速度を充分に剣に乗せることが出来た。
「別にいいわよ」
「大矢、特別なやつだろ?高かったんじゃないか?」
恐らく先端に魔石が使われている高価な大矢だろう。
通常の矢でも鏃を魔石に換えると、途端に金額が跳ね上がる。
それが大矢となると一発でサラリーマンの一ヶ月の給料が飛んでいく金額になるはずだ。
「そうね。でも、別にいいのよ」
「よくないだろ。明らかに採算が合わない」
「お金は別にいいって。それよりもバリスタをまともに扱えた満足感の方が今は大きいわ」
「まともにバリスタを扱えた満足感?」
如月は何か達成感を得たような清々しい顔をしている。
「ほら、普段、下の階層ってあんたがいるからバリスタを使って活躍する様な魔物と対峙することってないでしょ。あんたが倒した方が早いしコストも掛からないんだから。でも、今日はちゃんと役に立てたわ。バリスタを使ってちゃんと活躍出来たことが嬉しいのよ。だから別にいいわ、お金なんて」
そんな満足げな顔をする如月に言う。そんな如月に対して俺は言い放つ。
「……は?何言ってんだ?よくないだろ」
どういう事だ。意味がわからない。一発は一発だろ。外れたのならともかく、当たっているのならその一発は一発でしかないし、無駄な一発ではないのだから同じ一発だ。
「あんたねぇ、空気読みなさいよ。とにかく、私は満足してるからいいの!」
「いいやよくない。ほら、これ。お前にやる」
そう言ってシーサーペントの魔石と牙を如月に押し付ける。
「は?あんたこれ……」
「シーサーペントの魔石と牙だ。使った特別な大矢の金の足しにはなるだろ」
「え、いやいいわよ、本当に!」
「いいって。受け取れ。俺が気持ち悪い」
一緒に戦ったのに片方だけ損すると言うのは納得がいかない。
普段の狩りで好き好んで如月がバリスタを持ち出すのは別にどうでもいい。何故なら必要のない事だから。
使う必要のない武器を使って金を消費するのであれば、それは俺の関与することではない。
だがしかし、今回如月のバリスタは大いに役立った。如月がバリスタでシーサーペントを攻撃しなければ、シーサーペントとの戦いは長期戦になっていただろう。
そうなれば不慮の事故なども起こった可能性は否定できない。
役に立ったのであればそれは必要なことだ。必要なことをしたのに一方的に損を受けると言うのは納得がいかない。
「いや本当にいいって。ラスアタも活躍したのもあんたなんだから!それに約束でしょ?ドロップアイテムは全部あんたのものだって!」
そう言って俺に魔石と牙を返そうとする如月の手を押し返す。
「いらない。それはもうお前に上げた物だ。いらないならそこらに捨てればいい。そこはもう俺の預かり知らぬ事だ」
金は渡した。それを如月が捨てると言うならもうそこまでは面倒見れない。
「もう!何でこんな時に限って強情なのよ!いつも金金言うくせに!」
「強情なのはお前だ。貰えるものは貰っておくべきだ。金は有限なんだからな」
金は使ったら無くなる。当たり前のことだ。特に如月のメイン武器であるバリスタは金食い虫なんだから、もっと金にシビアになるべきだ。
それなのに満足したから金はいいなんてまったく、理解に苦しむ。
その様子を見ていた星空が間に入ってくる。
「まあまあ、ワン君もこう言ってる事だし、そのアイテムはふーちゃんが貰いなよ!」
「でも……」
「ワン君はこうなったら意地でも動かないから。まあふーちゃんがそう言うならお金にするんじゃなくて有効活用でもすればいいよ!武器にするとか!いいよね、ワン君?」
「ああ。消費した分に見合うものは渡した。あとは好きにすればいい」
「だって!ね、ふーちゃん!」
星空の提案に少し黙った如月だったが、すぐに顔を上げ、不満そうな顔で言い放つ。
「……分かったわ!後で後悔しても知らないから!」
「ああ」
後悔なんてするわけないだろ。いずれ俺が取りに行けるものなんだからな。
「んじゃ、帰るか!」
「うん!」
「ええ!」
そう気合を入れて疲れた体に力を入れ腰を上げ、帰路に着いた。




