第八十話 坂田と文月
「「……」」
去って行く双葉を見て、私は動けなかった。
やっぱり双葉は小鳥遊のことを気に入っているらしい。
私は……正直苦手だ。
小鳥遊には人間らしさ、人間臭さが全くない。
確かに双葉の言う様に、相談すれば小鳥遊なりに答えてくれるし、合理的で筋の通った話が出来るし、普通の人ならある様な感情による支離滅裂な発言はない。
だが、そこがどうしてもロボットと話している様な気分になってしまうのだ。
いまやAIは進化し、普通の人間と話すのと変わらないほどの対話力を持つAIもある。その結果、生身の人間よりもAIと話す方が好き、と言う人も少なくない。
しかし、私はどうしても人間としての温かみが感じられず、心が動かないのだ。
普段の小鳥遊と話しているとそういう気分になる。
唯一、お弁当の感想を言う時や、嬉しかった時は笑みを浮かべて感情のこもった感謝の言葉を述べるので、そこがどうしても憎めず、嫌いになれないところなのだが。
しかし、それでもやはり普段の小鳥遊は好きになれない。
それはきっと、私が小鳥遊に親近感が湧かないからだろう。
それに比べると、坂田は分かりやすい。周りから遅れて行くことや、努力しているはずなのに結果が出てこないことへの焦りと不安。
それは坂田自身の覚醒度の低さに起因する事だが、その現実を直視出来ずに誤魔化して無理して明るく振る舞おうとする気持ち。
坂田は言ってる事とやってる事が矛盾しているダメな奴だけど、そんなところがすごく人間臭い。
横を見ると、坂田が微動だにせずに暗い顔をして俯いている。
私は坂田に近づいてその背中を強めに叩く。
「ほら!あんたもいつまでも暗い顔してないでシャキッとしなさいよ!」
「いてっ!何すんだ!」
「あんたがいつまでも暗い顔してるからでしょ!全く、双葉はいつも言葉が強いのよ。その位でいつまでもくよくよしない!」
「そ、そうだけどさ……。翔と如月に言われたこと、正しいなって」
そう言うと坂田はしゃがみ込んで俯いてしまう。
「俺、今まで結構適当に生きてきてさ、それでも結構何とかなってきたんだ。友達も多いし、勉強も運動も出来たし、正直悩んだことなんてなかったんだ」
「……」
「だけどさ、この学校に来て覚醒度が低くてさ、人生に初めて絶望っていうか、挫折したんだよ。でも、翔は俺と同じ境遇なのに、飄々としててさ、それを見て今まで通り何とかなるのかなって思ったんだけどな……」
そう言うと、坂田は顔を上げて小鳥遊が去って行った方を見る。
「仲良くなろうと誘ったら断られまくるし、俺の方が迷宮潜ってるはずなのに、異常な速さで強くなっていくし。本当、訳分かんねぇよ」
坂田はそうため息を吐きながら言った。
自分と同じ覚醒度、同じステータスであった小鳥遊が格上の魔物を軽々倒しているのを見て、張り合っているのだろう。
「それでも威張る様子も誇る様子も全然ねぇのがなんかこう、すっげーむかつくんだ……」
「……分かるわよ、私にも。その気持ちさ」
小鳥遊は強い。それも普通の強さではなく、世界で数人しかいないオンリーワンスキルを持っている。そして、その覚醒度は恐らく50%を超えている。
小鳥遊の才能は間違いなく世界最強に届きうるものだ。
それにも関わらず、小鳥遊は迷宮に全く興味がない。強いことに誇りも喜びもない。
普通、人は得意なことが好きなことになる。
周りより優れた才能で結果を残すことで賞賛され、自分の自信となり、それが頑張る活力となり、さらなる賞賛を求めて努力する。
そのサイクルがどこまで続くかは本人の才覚次第だが、少なくとも小鳥遊の才能は日本一だ。
それにも関わらず、小鳥遊はお金を目標金額まで稼いだら探索者はやめる、迷宮に興味がないと言っている。
初めてそれを聞いた時は私も気が狂いそうだった。
世界最強になれる才能があるんだから。日本人の誰よりも深く迷宮に潜れる力があるんだから。
誰よりも最高の探索者であって欲しい。
「だけど、この気持ちって私達のエゴなんだよね。強い人間に強い人間らしくあって欲しいというレッテルを押し付けているだけ。それじゃあ小鳥遊が可哀想じゃん」
「……ああ。そうだよな」
少し顔が緩み、綻んだ坂田に私は笑って言う。
「だからさ、私達は私達なりに頑張るしかないじゃん!自分が出来る最高の努力をするしかないじゃんね!」
私も自然と笑顔になって座り込む坂田に手を差し出す。
「ほら、意地張ってないで私の手を取りなさいよ!そんで小鳥遊見返してやんべ!」
「……ああ、ありがとう!」
そう言って満面の笑みで私の手を取り立ち上がる。
「んじゃ、まずは明日、小鳥遊に謝ってこい!」
「あ、ああ!」
どうやら坂田は気を持ち直した様だ。これで坂田は明日からも前を向けるだろう。
私達が星空に唆されて小鳥遊に救われた様に。
ーー。
「今まですまなかった!」
「は?謝っても月一の約束は増やさないぞ?」
朝起きて学校に通おうとしたら、坂田が待ち伏せをしていて頭を下げてきた。
きっと昨日と同じで意味不明な理論で俺にパーティーをお願いしにきたのだろう。
嫌に決まっている。二時間で1000DPだぞ。ふざけるんじゃない。せめて東京都の最低時給くらいは上回ってくれないと気が狂っちまうよ。
「え……はは、ははははは、あっはっはっは!」
「あ?」
パーティーの誘いを断ったと言うのに、坂田は大笑いをし始めた。
気持ちの悪い奴だな。
「わかってる!だから翔、夏休みの終わり、お前があっと驚くくらいに強くなってやるよ!」
「は?」
「じゃあまた後でな!」
満面の笑顔でそう言って校舎に走って行った。
俺はそれを唖然としたまま見送る。
「……どういうこと?」
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