第七十九話 坂田と如月
結局、倒せたゴブリンライダーの数は二時間で14体だった。
エンカウント回数は五回。
ドロップしたアイテムを四人で分け、さらに経験値も単純計算で3.5体分。坂田はウルフばかり狩ったので、手に入れた経験値はウルフ7体分前後だ。
三層でゴブリン狩りをすれば二時間で70体は狩れる。
経験値の詳しい数値は分からないが、ゴブリン70体分の経験値がウルフ7体分に劣るとはとても思えない。
しかも、三層ならアイテムは独り占めできて回復ポーションも使う機会はほぼ無いだろう。
どう考えても三層で一人でゴブリン狩りの周回をする方が効率がいい。
「はぁはぁ……」
坂田が肩で息をしている。低レベルによるスタミナ不足もあるだろうが、坂田が普段組んでいるパーティーよりも回転が早いからだろう。
俺らは数秒でウルフ一体を残してゴブリンライダーを殲滅できる為、坂田はウルフと戦って倒したら次を探して移動して、すぐにウルフと戦うことになる。
ずっと体を動かし続けるのはレベルの低い坂田にはしんどいだろう。
「坂田、大丈夫?」
その様子を見かねた文月が坂田に声をかける。
「ああ、大丈夫だ!ゴホッゴホッ!」
「大丈夫じゃないじゃん。もう、ゆっくりでいいから飲み物飲みなさい」
「ああ……」
文月に促され、坂田がバックから水筒を取り出し飲み物を飲む。
しかし、疲れて手元が狂ったのか、水筒を取り落としてしまう。
「ああ!」
「ほら、私が支えてあげるから」
そう言って文月が水筒を取って坂田の背中をさすりながら水筒を口元に持っていく。
「ああ、ありがとう」
そう言って坂田は水筒から水をゴクゴクと飲んでいく。
「ブハッ!ハァハァ、ありがとな、文月」
「別にいいわよ」
しばらく水を飲んだ坂田は、まだ肩で息をしながら水筒から口を離し、文月に感謝の言葉を述べる。
如月はその様子を冷めた目で見ている。
「奈々美、あんまり甘やかしても坂田のためにならないわよ?」
「甘やかしてなんてないわ。水をあげただけじゃない」
「ならいいけど」
俺もペットボトルでお茶を飲みながらその様子を見守る。
これで今月のノルマは終了だ。来週から彼女達は週二で坂田の面倒を見るらしい。
坂田達はこれからもこの階層でゴブリンライダー狩りをするのだろう。
坂田がこんな非効率なやり方で強くなるなど少なくとも学生のうちでは不可能であるが、まあ坂田にも色々こだわりがあるのだろう。好きにするといい。
そのまま四人で一層に戻り、ダンジョンから出たところでお開きとなる。
「んじゃ、俺はまた来月な」
「翔、待ってくれ!」
そう言ってドロップアイテムを換金しようとした俺を、坂田が引き止める。
「何だ?」
「翔、今まですまなかった!この通り、謝る!」
そう言って坂田は深々と頭を下げる。そして叫ぶ様に言った。
「だから頼む!来週も俺とパーティーを組んでくれ!」
それに対して、俺は眉をひそめて聞く。
「俺のメリットは?」
文月達にも聞いた質問だ。メリットがないならパーティーなど組むつもりはない。
俺の言葉を聞いた坂田は腰を折った姿勢のまま顔を上げる。
「メ、メリット……?」
怪訝な顔をしながら聞いてきた坂田に俺は頷きながら答える。
「そうだ。俺がお前と組むメリットだ。何かあるか?」
「ぐっ……た、確かに今は翔が俺と組むメリットはない、かもしれない……。だけど、もっと強くなって、そしたら……」
「そしたら?」
「……」
坂田は何か言おうとして、口を開けたまま固まり、そのまま口を閉じて黙ってしまう。
そしたら何だ。俺には思いつかない何かがあるのか。
しかし、坂田が続きを言う前に如月が俺と坂田の間に割って入り、坂田を見下ろしながら告げる。
「坂田、悪いけど小鳥遊の今月分はこれでお終いよ。来週からは私達が付き合ってあげるから我慢してくんない?」
「そ、そうだったな。すまなかった……」
「……?」
坂田はバツの悪そうな顔をしながら腰を上げ、暗い顔をして動かなくなった。
よく分からないが話はまとまったらしい。
「じゃあな」
俺は踵を返すついでにドロップアイテムをDPに変換する。
俺の分配はゴブリン四体分とウルフ三体分の計7つの魔石だ。
それを台に乗せると回収され、自動で魔石の計算がされる。そしてすぐに俺のスマホがピロリンと音を立てた。
+1000DP。
「……」
二時間で1000DP……。スライム以下かよ。
ーー。
私たちに背中を見せて帰っていく小鳥遊が見えなくなったところで、親友の双葉が坂田を見て言った。
「それで、あんたはこれからどうすんの?」
「……」
双葉に聞かれても坂田は黙ったままだ。
「はぁ……」
その様子を見た双葉がため息を吐く。
「あんたさー、強くなりたいんじゃないの?」
「そうだ」
「じゃあ何でこんな非効率な狩りにこだわってんの?」
「……」
「黙ってても分かんないんだけど?」
双葉が少し声に怒気を含ませながら言う。
双葉は少しせっかちだし、良くも悪くもはっきりしているものが好きだ。
そういう意味では思ったことをそのまま口にして、嫌いなものは嫌い、嫌なものは嫌とはっきり口にする小鳥遊とは相性がいい。
「俺は……」
「はぁ?何?」
何かボソボソと喋ろうとしていた坂田に双葉が詰め寄る。それに気押された坂田が小さく呻いて一歩下がる。
「はぁ……双葉、それくらいにしてあげなさい。それ以上は泣いちゃうわよ」
「はぁ?……はぁ」
私が忠告すると、双葉が腰に手を当てながらため息を吐く。
「あんたさ、自分のしょーもないプライドに人を付き合わせてるって分かってる?」
「別に付き合ってくれなんて言ってない……」
「は?それが手伝ってあげてる人間に対して言うセリフ?あり得ないんだけど」
「い、いやそんなつもりじゃ……」
「じゃあどういうつもりで言ったわけ?」
言い淀む坂田にさらに双葉が追い打ちをかける。本格的に双葉がキレそうなので私は止めに入る。
「双葉、やめなさいって。気持ちはわかるけどさ……坂田にも色々考えがあるんでしょ」
「奈々美、ごめんけど、こんな非効率なやり方にこだわる考えが私には全っ然理解できない」
「……」
黙ってしまう私を見て、再度双葉が坂田に向き直る。
「坂田さぁ、あんた強くなりたいとか強くなるとか言ってるくせに経験値の計算もしてないし、剣術練習でも友達とチャンバラみたいなことして遊んでるし、全然頑張ってないじゃん」
「……」
何度も止めたのだが、双葉は遠慮せずにずかずかと言う。
双葉の言う通り、坂田は剣術練習は役に立たないと思っているのか、パーティーメンバーとふざけ合っていることが多々あった。
それに各階層での経験値計算も行ってないと思う。
多少大雑把にでも経験値の計算をしておかないと、一日にどれくらいの魔物を狩ればレベルアップするのかあやふやになってしまうため、精神的な負担が大きくなってしまう。
私達も以前はちゃんと計算をしていた。今は小鳥遊が規格外過ぎてとても計算なんてできないけど。
「私もさ、大型兵器運用適正なんてどうしようもない才能抱えてるから、あんたの気持ちが分からないわけじゃない。だけど、本気で頑張ってない人間の為に週に二回も時間使わされるの、はっきり言ってすごい嫌」
そこまで言うと、双葉は振り返って小鳥遊が去って行った方を向く。
「小鳥遊はさ、何考えてるか全然分かんないし、こっちの気持ちも全然考えてくれないし、話も全然面白くない宇宙人みたいなやつだけどさ。……でも、あんたと違って筋の通った話のわかる奴よ。それだけ、じゃあね」
そう言い残して双葉は寮に帰って行った。
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