第七十七話 血の繋がった他人
「ワン君、ごめん!」
お昼休み、部室に入ってくるなり星空がそう謝ってくる。
「何に謝ってるんだ?」
「パーティーが学園側に決められちゃったこと!」
「ああ、別に星空が謝ることじゃないだろ。というかAクラスもなのか」
「うん!今年の迷宮探索テストは全学年、全クラス共通で学園側がパーティーを決めちゃったらしいんだよ!」
「ふーん、急だな」
「だよねー!そんなことするならせめて事前に教えて欲しかったよねー!」
例年とは違う急な学園側のテスト内容の変更に、星空が憤慨している。
いつものお弁当を食べながらそれを聞く。
「私達もみんなバラバラになっちゃって本当に大変だよ、もう!」
「バラバラになったんだ」
まあ生徒の強さの平均化を図るならAクラス最強パーティーの星空達はバラバラにされるか。
「そうだよ!命懸けの迷宮探索にそんなに仲良くない人に命預けるなんて考えられないよ!」
「あれ、Aクラスってみんな仲良いんじゃなかったっけ?」
「そうだけど!でも全員と話してるわけじゃないってこと!」
「ふーん、なるほど」
まあそれはそうか。クラスメイト全員とよく話してるとか普通に考えてあり得ない。話そうと思えば普通に話せる、という事なのだろう。
「連合、だったか?そのための訓練とか言っていたが、俺はそんなの組む気ないし必要ないんだけどな……」
「連合……うーん、多分建前なんじゃないかなぁ」
「建前?」
「うん。だってさ、高三の迷宮に慣れて、しかも探索者の道に決めた生徒ならともかく、まだ迷宮に潜って半年の私達に連合の話は流石に早過ぎるでしょ」
「あー、それはそうだな」
「でしょー!まだまだステータスの方向性も発展段階だし、パーティーメンバーとの連携も拙い私達に連合はまだ早過ぎるって事ー」
「ということは他に狙いがあるわけか」
狙いなー……。
そうは言っても俺は特に思いつかない。
まず連合というのもよく分かっていないし。まあ名前からして複数のパーティーによる共同戦線みたいなものなのだろうというのはわかる。
それ以外はよく分からない。
まあ大勢で迷宮探索をするっていうことらしいから、俺には一生縁のない話だろう。
「テストなんだしパーティーの実力の平均化っていうのも確かに必要だろうけどねー。自分で言うのもなんだけど、Aクラスなら私のパーティーがダントツで強かったし……」
「そうだろうな。ああ、そう言えば話は変わるんだが、文月達が遠征とか言ってたんだけど、何だ?」
「え!?遠征だよ!知らない?」
「知らない。教えてくれ」
素直に聞くと、星空は遠征について答えてくれる。
話を要約すると、学園とは違う迷宮を泊まり込みで体験しに行く、という名の旅行であることがわかった。
「違うよ!」
「何が?」
「旅行って考えてたでしょ!違うって!よその迷宮での現場実習だよ!」
ってことは……。
「つまり旅行だろ?旅費の積立とかした覚えないけど、お金どうすんだ?」
「気にするところまずそこなんだね。ワン君らしいけど。何と、無償でーす!」
「え、本当に?」
「そうだよー!移動費、宿泊費、朝晩の食事は無料だよ!」
「おお!太っ腹じゃないか!何でだ?」
「そりゃこの学園の生徒が迷宮で稼ぎまくってるからね。日本の迷宮協会からも援助金出てるし。何なら後期も実習あるよ」
「ということは六回も旅行に行けるのか。すげーな」
「現場実習だって、まあ別にいいけど!」
俺が感嘆していると星空が突っ込んでくる。
「それで、どこに行くんだ?」
「今年の前期は山梨県だね」
「山梨県……富士山のすぐ近くか」
「うん。というかダンジョンの名前も富士ダンジョンだよ」
「ほぉ……楽しみだな」
「富士ダンジョン、楽しみだよね!」
「いやダンジョンはマジでどうでもいい」
「だよねー……」
タダで観光に行けるという事なので全力で楽しみたいな。俺も今から色々調べておくか。
そう思って早速スマホで富士山近くの観光地を調べようとすると、星空が頬を膨らませて怒ってくる。
「もう!ワン君はもうちょっと迷宮に興味を持ってよ!」
「そんなこと言われても困るんだが……」
「ゲームが好きなのに迷宮探索を好きになれないのよく分からないんだけどー」
「いやいや、全然違うだろ」
ゲームをやるっていうのはいわばサッカーや野球を観戦しているような感じだ。
対して、迷宮探索はいわばそれを実際に身体を動かして運動するようなもの。
見るのは好き。だが、実際にやるのは嫌。
「お金が貰えないなら動きたくない。エネルギーの無駄遣いだ」
「運動最高じゃん!気持ちもいいし!」
「疲れるだろ」
「それがいいんじゃん!もう全く、ワン君はお金のことばっかりなんだから!」
疲れることの何がいいのか。
それにお金のことばっかりって、そんなの当たり前だ。お金のために迷宮に通ってるんだからな。
「でも、ワン君が観光に興味を示すなんて結構意外かもー!てっきり旅行に行っても旅館で寝てるタイプだと思ったのに!」
「そんなわけないだろ。観光地に来たらちゃんと観光を楽しむぞ」
ただ移動費や宿泊料をかけてまで行くほどではないだけだ。飯代や入場料程度で楽しめるのであれば喜んで楽しむに決まってる。
ワクワクが止まらないね。
お昼の弁当を食べながら、山梨県の観光スポットや食べ歩きスポットなどを検索する。
すると、俺の様子を見ていた星空が思い出したように聞いてくる。
「そう言えばワン君、中学の時の修学旅行、どこ行ってたの?」
「いや、俺は修学旅行行ってない」
「え、何で?」
「お金がなかったから行けなかった」
「え……」
特に抑揚もなくそう言うと、星空は絶句して表情を暗くする。
「ご、ごめん」
「何が?」
「いや、聞いちゃいけないこと聞いちゃったから……」
「いや、別にいいぞ。特に落ち込んでないし」
修学旅行の一ヶ月前に教師に呼び出されて言われたのだ。旅費の支払いが行われていない。このままではお前は修学旅行に行けないと。
それに対して俺は言った。
「知ってます。行かなくて大丈夫です」
俺の家庭事情を知っていた教師は、諦めたようにそうか、とだけ言っていた。
そして、修学旅行当日、学年全員が修学旅行に行く中、俺はいつも通り学校に通っていた。
別に悲しくなんかない。仕方がないのだ。最初から行けないとわかっていたのだから。
「ワン君は……その、家族とは仲悪いの?」
「母親は物心ついた時にはいなかったから父親しかいないが、別に仲は悪くないぞ」
「あ、そうなんだ。よかったー」
星空が胸をほっと撫で下ろし、顔を緩ませる。そんな星空に俺は淡々と告げる。
「ああ。俺と父親の関係は血の繋がった他人だよ」
「え……」
俺の言葉に、星空は再度身体を硬直させ、絶句する。
昔はそれほどでも無かったのだが、歳をとり、俺が大きくなっていくにつれて、父親は異常に俺を恐れるようになっていた。
そんな父親を俺は理解できず、歩み寄れなかった。
「それはその、疑うわけじゃないけど、ワン君が何かしたとかじゃ……」
「ないな。俺は何もしていない」
殴る蹴るはもちろん、物を投げるといった間接的なものも含めて暴力を働いた事は一度だってない。
それだけではなく、声を荒げて争ったり、お金がないことをなじったりした事すらない。
俺は何もしていない。そもそもろくに会話すらしなかったのだからな。
だが、父親は俺を酷く恐れている。
俺はそんな父親が理解できず、父親は俺を受け入れられない。二人の距離は一生縮まらないとお互いが思っている。だから互いに対して愛情も何もない。
つまり、血の繋がった他人だ。
「じゃあ……」
「理由は分かってる。本人に聞いたからな。だが、意味不明すぎて理解できなかったよ」
そう言って肩をすくめ、スマホに視線を戻す。
仲が悪いのか。そう聞かれるなら別に悪くない。ただ、もう二度と関わることはないだろう。
そんな俺を見て、星空は複雑な顔をして黙っていた。
俺の身内話をすると、大体こういう空気になる。
先ほども言ったが、俺は別に気にしていないんだから、気にしなくていいんだがな。
「その……ワン君は旅行、凄い楽しみにしてるんだよね?」
「そうだな。割とワクワクしている」
旅行など小学校の林間学校以来だ。しかも今回は自由度が高いらしい。お金も潤沢にあるので精一杯楽しみたい。
「じゃあ、ワン君が観光を楽しめるように私が付き合ってあげるね!」
「いや一人で回るからいらない」
「もう、馬鹿!そこはありがとうって喜ぶところでしょ!」
なんで?




