第七十二話 ボーナスタイム
それから二時間、みっちりとレベル上げとアイテム回収を繰り返す。
「ふぅ、今日はこんな所で帰るか」
レベルはさらに1レベ上がり13レベになる。コピーのレベルは上がっておらず、コピー対象のストックが増えない。
10レベでストックが増えるかと思いきや、そんなこともなく、13レベになっても一向にその気配がない。
15レベになったら増えるんだろうか。それとも20レベになるのだろうか。
そろそろ近接特化の赤崎のステータスが欲しいのだが。
まだまだ俺のステータスより相園の方が高いので、こういう時は相園のステータスを使っている。
相園のステータスに不満はないが、剣の強さの極致というものを見てみたい。
そんなことを思いながら上層への帰り道を歩いていると、遠くから複数の足跡が聞こえてきた。
一瞬、他のパーティーかと思ったが、どうも足音が五人とか六人とかではない。
現実では聞いたことがない軍隊の様な数十、数百人の重い足音が渓谷に響き渡っている。
帰ろうと思っていたが、気になったのでそちらの方に歩いて行ってみる。
それからしばらく歩くと、深い渓谷に辿り着く。足音はどんどん大きくなっており、その足音は非常に重い音だった。
「足音は……渓谷の下から聞こえてくるな」
渓谷の端にゆっくり近づいていき、深い谷底を覗く。
すると、谷底が明るく輝いており、そこを何か黒い物体が蠢いていた。
目を凝らすと、それは篝火を手に持って歩くオークの群れだった。
オークやオークソルジャー、それに見たことがない杖を持ったオークが列を成して歩いている。
そして、一際大きいオークがその中央をゆっくり歩いている。
頭には宝石が嵌められた王冠の様な被り物をしており、まるで王様かの様な立ち振る舞い。
見たことも聞いたこともないが、いわゆるオークキングというやつなのだろうか。
オークは何匹か数えることは出来ないが、軽く百匹はいそうだ。
この階層にあんなオークはいないはずだ。
イレギュラーなのか、それとも……。
「ボーナスタイム?」
ゲームとかにある簡単にレベルを上げることができるある種ボーナス的な存在なのではないだろうか。
星空に聞いたイレギュラーとは、せいぜい数匹の下層の魔物が出現するという話だった。しかし、俺の目下にいるオーク達は数百匹。話が全然違う。
それならば考えられる別の可能性はボーナスタイム。ゲームだと稀に起こるいわゆる経験値の大量獲得イベントである。
こんなラッキーイベントに出会えるとは。流石の俺もニッコリ。
ひたすら歩いて魔物を探すのも飽きてきたところだ。帰ろうと思っていたが、これはやるしかない。
早速オークの進行方向に走り、罠を仕掛けられる場所を探しにいく。
すると、しばらく進んだ先に渓谷を上がる道があり、その中央には川が濁流の様に流れる場所があった。
端はオーク三体が横並びに出来るくらいの道はあるが、狙うならここだろう。
俺は早速魔力をかなり込めて闇魔法のダークウォールを上流に使い、水を堰き止める。
その結果、下流への流れは段々と止まっていき、川の水量が半分くらいまで下がっていく。
これで準備は完了した。あとはオーク達がくるのを待つだけだ。
俺は近くの岩に腰をかけ、飲み物とパンを取り出す。
それから暫くして、遠くから地響きの様な足音と共に、オーク達が歩いてきた。やはりこの道から渓谷を上がろうとしている様だった。
やっと来たか。
俺は食べ終わったパンの袋をしまいながら、歩いてくるオーク達を眺める。
そして歩いてくるオーク達が俺に気付き、目の前の敵を排除しようと走り出したタイミングで、堰き止めていた川を一気に放流する。
数秒で水嵩が増し、オーク達が歩いていた道よりも更に五メートル近く高い濁流がオーク達を飲み込んでいく。
様々な種類のオーク達がいたが、一様に泳げないらしく、オーク達はあっさりと水に流されていった。
ゴクゴク。
悶え苦しみながら流されていくオーク達を見ながら、ペットボトルのお茶を飲む。
やはり、こういう敵には水攻めが一番効果的で効率がいい。運良く渓谷の下を通っている一本道で、しかもそこそこ水量のある川が流れていて助かった。
それがなかったら崖崩れでも起こそうかと思ったが、それだと、片方から逃げられる可能性を否定できないからな。
「お、レベルアップした」
先ほどあがったばかりだというのに、またレベルが上がり14レベになる。
やはり相当美味しいイベントの様だ。
川の流れが収まっていき、オーク達が歩いていた道の水が引いていくのを確認し、立ち上がり、ふと気付く。
「あっ、魔石回収出来ないじゃん」
濁流で流して窒息死させるという、いわゆる間接的な撃破でも俺が倒した判定になる事は良かったが、大量の水で押し流した為、魔石が一切回収出来ない。探しても、おそらく砂漠に落とした金の粒を探すような作業になるだろう。
しかも水で流したから横の道は水でぬかるんでいるだろうし、魔石もどんどん流されて見つかる数も高々知れているだろう。
それに見合うだけのものがあるとは思えない。
「うわー、やっちまったー」
倒すことの効率ばかりを考えて、その先まで頭が回っていなかった。
「仕方がない。帰るか……」
肩を落として、家路に着く。
これも学びだ。次に活かせばいい。
そして、ワープゲートで一層に戻り、武器を置こうと、ロッカー室に向かう最中、ロッカー室からの帰りなのか、迷宮用の探索服を着た女子生徒とすれ違う。
チラリと顔を確認する。当然知らない生徒。見たこともないし、何年生なのかも分からない。
だが、妙に意識がそっちへいく。
「あ?」
思わず声を上げてしまった。この感覚、覚えがある。つまりはコピーのレベルが上がり、コピー対象が増えたということだ。
「え、何ですか?」
俺にガン見された女子生徒が声を上げた俺を訝しんで聞いてくる。
俺は落ち着いて視線を別の方に向けて謝る。
「ああ悪い悪い。知り合いに似てたもんで。別人だった、気にしないでくれ」
「はぁ……そうですか」
全く別の方を見ながら謝る俺をおかしく思ったのか腑に落ちない顔をしながら女子生徒は去っていった。
俺は女子生徒が去ったのを確認して、人が全く通らない横道に逸れる。そして、スマホを取り出して星空を呼び出す。
すぐに返事が来て、今から来てくれるとのことだ。
それから数分後、星空が走ってやってくる。
「やっほーわん君!どうしたの急に!珍しいね!」
「ああ、急に呼び出して悪いな」
「いいよいいよ!でもどうしたの、こんな所で?」
「あー、まあちょっとそこに立っててくれ」
説明するのも面倒くさいので星空を立たせる。
そして、その両肩を掴んで固定させ、顔を近づける。
「え!ワン君!?」
「ちょっと黙ってろ。すぐ終わる」
「ええ!?」
何故か顔を赤くする星空を無視して星空を凝視する。
ゆっくりと視界が狭まり、星空の顔が鮮明になっていく。
そしてすぐに変化が現れる。
どうやら無事星空のステータスに変われたようだ。
「もういいぞ」
「……え?」
何故か驚いている星空から離れ、スキルを発動する。
「選択」
[小鳥遊翔/レベル10][選択:星空恵]
[覚醒度:29%]
物理攻撃力 11
魔法攻撃力 19
防御力 14
敏捷性 15
[スキル][選択:星空恵]
雷魔法 レベル2
魔法攻撃力上昇 レベル2
敏捷性上昇 レベル1
表示されたステータスは星空のステータスだ。そして選択に意識を持っていくと新たに選択先が表示される。
[選択:星空恵]
[相園花美]
[坂田明人]
[小鳥遊翔]
相園や坂田のステータスが無くなる、ということもなく、無事四つに選択先が増えていた。
確認とコピー先の一先ずの変更先は完了した。
用事は済んだので、帰ろうとすると、星空に肩を掴まれる。
「ちょっと!何があったのさ!?」
「うん?枠が増えたから星空のステータスで埋めただけだ。助かった」
「……用事はそれだけ?」
「そうだ」
そういうと、星空は驚いた表情で固まり、プルプル震える。
「バカ!」
そう叫んで走っていってしまった。
「……?」
何が?




