第七十一話 十八層
「やったーーーー!!部室だーーーーーー!」
部室の鍵を貰った日の放課後、何もない空き巣の様な部屋の真ん中で、星空が叫ぶ。
「ふっふっふ!我が眷属よ、よくやった!ここを我が新アジトとする!」
「「おー!」」
右京が俺の背後で腕を組んで宣言し、清水と春宮が拳を掲げる。
俺はそれを気にすることなく部室を見渡す。
「クーラーは……ちゃんとあるな。机、椅子なし。ソファーは……当然ないな」
殺風景な教室の半分ほどの大きさの部室。机も椅子もロッカーすらない。備品は部費で購入しろと言うことか。
俺は早速ソファーを置く位置を考える。窓際も悪くないが、太陽光が強くなることもあるだろうから、やはり両壁際だろう。
クーラーが扉に入って左側にあるため、右側にソファーを置けば快適な昼が過ごせるのではないだろうか。
そんなことを思っていたら、四人で家具の配置などを相談し始めた。
「ねえねえ、ここに椅子と机置こうよ!」
「いいね!椅子はこれとかどう?」
「おしゃれー!配信の雰囲気とかにも合いそうだねー!」
「私もこれとか備品でおきたいです」
「何々?あ、電気スタンド!おしゃれー!」
「ですよねー!部屋を可愛くする置物としてやっぱり必要だと思うんです!」
「うんうん!絶対買おう!」
「待て待て!まずはこの壁の装飾からであろう!こんな真っ白な殺風景では全然映えん!」
「さんせー!壁紙も買わないとー!」
そんな相談をしている。どうでもいいけど右京の口から映えとか聞くと違和感あるな。
俺のソファー……まあ端っこでもいいけど、暑さを凌げればいいし。
とりあえず、通販サイトを見る。すると、様々なメーカーのソファーが表示された。
「うーん、二人がけの足つきソファーもいいけど、クッションビーズという手もありだな。敷物とか敷いて、靴脱いで横になるっていうのも楽だし」
俺は通販サイトに書かれている多様なソファーを見ながら未来に思いを馳せる。夢が広がるね。
だが、問題もある。寝転がれるサイズのソファーはどれも値段が高い。最低でも二万円近くする。学園指定の通販サイトなのでDPで変換して買えるが、お昼に使うだけの部屋のソファーに二万か……。
いや三年間使うことを考えれば高いのを買っても損ではないか。
それなら物を置ける机もセットだといいな。
「机はっと……、だいたい五千円くらいか。とすると合わせて二万五千円。痛い出費だな……」
つまりは二万五千DP。安くはないが仕方がない。これは俺の快適な昼休みライフのために必要な出費だ。
そう思って再度サイトを確認しようとすると、星空が近付いてくる。
「ワン君!もしかしてソファーと机を買おうとしてる?」
「ああ」
「ふーん、じゃあそれも私達に任せてくれない?」
「え?嫌だけど」
「何で!?」
断る俺に星空は驚いている。
「デザイン重視の実用性のない物使いたくないから」
「大丈夫大丈夫!ちゃんとワン君が気持ちよく横になれる様な実用性のあるもの選ぶから。ね!?」
「本当か?」
「本当本当!」
「うーん、分かった。じゃあこれ」
俺はスマホを操作して星空に二万五千を送る。
「え!何これ!」
「いや、俺が買おうとしてたソファーと机代」
「ええー!?いいよ!私達が好きな物買うんだから」
遠慮して返金しようとスマホを操作しようとする星空を手で制す。
「俺も使うから貰っておけ。こういうのはちゃんと出す」
「そう?ありがとね!」
「ああ」
それを見届けた俺は一人でこの部屋を出る。
部屋の構造は確認した。ソファーと机は彼女達が購入するだろう。
それならもはやこの部屋にいる必要はない。
俺はそのままの足で装備が置いてあるロッカーに向かう。今日は久しぶりのソロ探索だ。
下見も兼ねて、18層に行くか。
18層、暗闇の渓谷。
階層全体に複数の山があり、上下に激しい高低差と各所に流れの激しい川が流れている。
渓谷と渓谷の間には迷宮が作った物なのか、木で作られた簡素な橋が架けられている。
これは壊れても数時間後には再生するものではあるが、あまりしっかりした作りではないため、橋を渡る際は危険が伴う。
出現する魔物は、オークソルジャーという簡素な皮の鎧を着て巨大な鉈を持つオークの上位種と、コボルトアサシンと呼ばれる真っ黒な装束に身を包み、弓と短刀を武装したコボルトの亜種が出る。
オークソルジャーは十層のオークよりも耐久力と攻撃力に優れ、倒すのに時間がかかる。オークソルジャーを倒すのに苦戦し、モタモタしているところにコボルトアサシンが弓や短刀などで不意をつくというまさに名前の通り暗殺を仕掛けてくる。
明るいところであればそんなことはそうそう起こらないだろうが、この階層は月明かりしかない深夜。
この階層にくる探索者は迷宮学園でも上位の人間であるが、この暗闇に神経を削られ、不意を突かれて大怪我をするらしい。
十五層のワープゾーンから歩いてこの階層まで来た俺は、早速見つけたオークソルジャー三体に狙いをつける。
「ダークネス」
闇魔法レベル3のダークネスを先頭の一体の顔面に発生させる。
すると、オークソルジャーは顔を押さえて倒れ込む。
「一瞬でダメージを与える技じゃないんだな」
倒れて悶えるダークソルジャーを見てそう呟く。
どうもじわじわとダメージを与える毒みたいな魔法みたいだ。
こちらに気付き、悶える仲間を無視して突撃してくるオークソルジャー二体に今度はさらに強い魔法をぶつける。
「ダークショット」
二体に対して放ったダークショットは一体は腕でガードされ、もう一体はお腹に当たる。
お腹に当たったオークソルジャーは一撃で黒いモヤになったが、腕に当たった方はダメージを無視して突撃を続ける。
そのオークソルジャーにさらに強力な魔法を放つ。
「ダークネス」
魔法の名前を言った瞬間、座標を求められる様な感覚がする。
それをオークソルジャーがいる場所に設定する。
しかし、出現した黒いモヤは走っているオークソルジャーの真後ろにでる。どうやら外れたらしい。座標指定は当てるのが難しいな。
「ダークショット」
仕方ないのでダークショットをオークソルジャーの足に放つ。顔が体に魔法が放たれると思っていたであろうオークソルジャーは足に放たれたダークショットをかわせず、地面に転がる。
魔物は足への警戒がかなり疎かだ。ゴブリンにせよ、コボルトにせよ、ミノタウロスにせよ、オークにせよ、とにかく脚から狙うと簡単に倒せる。
そう思いながら倒れたオークソルジャーにトドメを刺そうとすると、オークソルジャーが雄叫びを上げながら右手の鉈を投げてきた。
「ダークウォール」
それをダークウォールで防ぐ。
真っ黒い闇の壁に当たった鉈は刀身の半分を失って地面に落ちる。
「ダークネス」
地面に転がったオークに再度ダークネスを放つ。
するとすぐに黒いモヤとなって消えた。
「流石に強いな」
試しも入れているとはいえ、高々三体の魔物を倒すのに七回も魔法を使っている。魔力が減った感覚は全くないのだが、戦闘が長引くと、他の魔物のパーティーとエンカウントしたり、不慮の事故が増える。
出来るだけ早く安定したこの階層の魔物を倒すルーティンを見つける必要があるだろう。
「とりあえずは動いてる魔物でもダークネスを当てられるようにしないとな」
オークソルジャーは決して早い魔物ではないが、見た目ほど遅くもない。それでも直線上に動いてる魔物位は百発百中で当てられなければ、使い物にならないだろう。
「今日はダークネス中心に魔法を使っていくか」
そう呟き、次の獲物を探しに歩き出す。




