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迷宮学園の落第生  作者: 桐地栄人


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第六十八話 部活

「暑い……」


星空達との配信を終え、無事解散した次の日のお昼、いつもの場所で寝転がってた俺は呟く。


また六月の下旬とはいえ、気温はすでに28度を越え始めている。


照りつける太陽の光から避けるために、貯水タンクの影で寝転がっているが、じんわりと身体中から汗が滲み始める。


「んー、今日はちょっと暑いねー」


『分かる』

『分かる』

『暑すぎ』

『暑い』

『暑いよねー』

『会社に行く途中でもう汗だくになっちゃった』


横でいつものように配信を行なっている星空とコメント欄も同意する。


「そろそろここも潮時かぁ」


人はまあまあ来たのだが、そんなに多くもなく、静かで見晴らしのいい居心地の良い場所だったのだが、いかんせん暑くなってきた。


だからと言って他に行くところもない。空き教室とかも見つからなかったし、ちょうどいい屋内の日陰スペースはなかった。


まあ雨の日はここの屋上への扉の前の階段に座っていたので、明日からはそこでご飯でも食べようかな。すぐそばにクーラーこそないが室内だから外よりは涼しいし。


そんなことを考えていたのだが、目の前で星空が俺を見てニンマリしていた。


「何だ、星空。俺の顔に何かついてるか?」

「ワン君、今なんて言った?」

「今?俺の顔に何かついてるか、か?」

「いや、その前!」

「その前?暑いしここも潮時かぁって言ったな」


そう言うと星空は鼻を鳴らし腕を組んで頷く。


「そうだよねー暑いよねー、ここ、うんうん分かる分かる」

「分かってくれるか」

「もちろんだよ、ワン君!」


星空は勢い込んで同意してくる。急にテンション上がってるんだけど。何、どうした。頭がおかしくなるようなうだる暑さじゃないぞ。


『めぐたん急にどうした?』

『急にテンション上がってて草』

『めぐたん暑さでおかしくなったか?』

『めぐたんテンション高くて草』


「そんなワン君に朗報!この暑さを乗り切る最高の提案がありまーす!」

「は?」


『は?』

『急に?』

『あ、もしかしてこの前言ってたやつか』

『ちょっと前に話してたやつ?』


顔を顰めて頭に疑問符を浮かべる俺とは別に、コメント欄の何人かは心当たりがあるようだ。どうやら配信でその案とやらを話していたらしい。


星空は両手を胸の前で組み、ドヤ顔で聞いてくる。


「ふっふっふっふ!何だと思う、ワン君」


『部活』

『部活』

『部活』

『部活作り』

『部活作るんだったっけ?』

『部室作るって話してた』

『部活作ってクーラー付きの部室をもらう』

『クーラー付きの部室貰うって言ってた』


「部活作って部室に籠るのか。良い案だな」

「ちょっと!ネタバレ早すぎ!」


コメント欄を見て答えた俺を見て、星空が膨れている。


『ごめん』

『ごめん』

『ごめんなさい』

『膨れてるめぐたん可愛い』

『めぐたん可愛い』

『可愛い』

『可愛い!』

『めぐたん可愛すぎ!』


コメント欄が膨れた星空への可愛いコメントで溢れる。


「どこが?」

「ひどっ!」


『草』

『草』

『草』

『酷すぎて草』

『心無きすぎて草』

『相変わらずの心無きすぎて草』

『ワン君は可愛いが分からないのか……』


可愛いなら分かるぞ。あんまり見ないけど猫とか見てると可愛いって思うしな。

星空も可愛い。顔はな。あとはよく分からん。


「ま、まあワン君、話を戻すんだけど……」

「部活作って部室ゲットか」

「そうそう!」

「それで涼しい部屋ゲットか」

「そうそう!」

「いや無理だろ。顧問や頭数が足りないだろ」


部活なんて作る気がないから、部活を作るための条件などは一切知らない。

しかし、最低でも顧問や部活を作るための最低人数が必要なのはあるあるだ。


「いや、この学園、部活を作るのに顧問の先生は必要ないよ」

「え、必要ないのか?」

「うん。生徒の自主性に委ねられている、といえばまあ聞こえはいいんだけど、実際は通常の学校と部活が違いすぎるからね。鍛冶やアイテム製作なんてニッチ過ぎて教えられる人中々いないしねー」

「顧問ってそう言うのだっけ?」

「そう言うのだよ!顧問の先生の役割は主に管理、学外への連絡、生徒へのサポート、実技の指導。まあ他の迷宮学園とのトーナメントとかあるならともかく、武器作製部とか薬草学部とかはどれも必要ないよね。というか出来ないし」

「出来ないか?実技指導はともかく他は何とかなるだろ」

「いやー、それはそうなんだけど、迷宮学園の部活の備品は高価なものが多いからねー……。教員による盗難が後をたたないんだよねー」

「え、まじか」


『あー、あったあった』

『10年前とか酷かったなぁ』

『ここ数年はあんまり聴こえてこなくなったけどねー』

『西迷学園教師クリスタルドラゴンの牙の耳飾り窃盗事件』

『北迷学園教師リッチの指輪窃盗事件』

『東迷学園外部教師高額薬草アイテム窃盗転売事件』

『南迷学園準教師サラマンダーの宝玉のネックレス窃盗国外高跳び事件』


星空への同意のコメント共に過去あったとされる事件名が流れてくる。どれも知らない事件だ。有名な事件なんだろうか。


「コメント欄見てるとアクセサリーやアイテム系が多いな。持ち運びしやすいからか?」

「ピンポーン。だから教師は生徒の私物や部の備品にはあまり近付かない。そう教育されてるって話聞いたことあるし」


うーん、なるほど。


国は教師への教育の限界を感じたのか。


まあ自分の給料は安いのに、教えてる生徒達が何千万円ものアクセサリーをぶら下げてたら気持ちも複雑になるか。盗む気持ちまでは分からないけどな。


「申請すれば一応顧問の先生をつけることは出来るけど、まあ実際顧問の教師つけてる部活なんてほぼないね」


『確かにない』

『ぶっちゃけ必要ないよなー』

『俺は普通の学生だけど、顧問は見に来すらしないw』

『高校生の学園で最先端の技術教えられるくらいならフリーランスか自分で迷宮潜ったほうが十倍は稼げるw』

『国は本当に公務員の給料けちり過ぎ』

『ついでに俺の給料あげろ』

『関係なくて草』


コメント欄が物凄い勢いで流れる中、俺は頷く。


「なるほど。つまり顧問はいらないと。なら頭数は?」

「ふっふーん!この学園の部活の最低人数は五人!何と、それもすでに集めてありまーす!」

「え、すごっ」


『めぐたん優秀過ぎて草』

『めぐたん凄すぎて草』

『めぐたん話早すぎて草』

『めぐたん可愛い』

『さすめぐ』

『さすめぐ』


あまりの話の速さにコメント欄も沸いている。俺も驚いている。まだ作るか分からない部活なのにもう頭数集めてるとか。仕事早すぎて草生える。


「まあ私のパーティーメンバーなんだけどね」

「ああ、昨日の三人か。いいのか?」

「もち!すでに了承済みだよ!」

「おー、すげー」


それと俺と星空を合わせて五人。確かに頭数は足りるな。


だが、部活創設の条件はこれだけではないはずだ。おそらくは他にも条件があるだろう。


「あとの条件はっと」


そう言いながら、俺は電子生徒手帳を開く。


「ええっと、あとは迷宮探索に有用な活動を行うこと。それと学園にとって有益な活動を行うこと、か。なるほど……」


思い浮かばない。なんか俺、この学園に出来ることあるか。精々がパワレベくらいだが、それも一年生に限るしなー。


だが、星空は鼻を鳴らしてドヤ顔をする。


「ふっふーん!もう作る部活は考えてあるのです!」

「ほぉ!それは?」


『おお!』

『すごっ!』

『それは!?』

『気になる!』

『気になる!』


「ドゥルルルルルルル」


俺が前のめりで聞こうとすると、星空は下手なドラムロールを始めた。


『草』

『草』

『草』

『草』

『草』


「ドゥルルルルル」

「早く言え」

「じゃん!『企業案件PR部』!!いぇいーーー!」


『は?』

『は?』

『は?』

『何て?』

『企業案件PR部?』

『何だそれ?』


「……」


ドラムロール必要なかっただろ。

それになんて言った。


企業案件PR部?

そんな部活聞いたことないぞ。


「ピンと来ていない顔だねー」

「当たり前だろ。企業案件PR部?初耳だ」

「ふっふーん!そりゃそうでしょ!私が考えたんだから!」


そうだろうな。


「それで名前はともかく、何をする部活なんだ?」

「それはもちろん、配信業を利用した企業案件のPRをする部活だよ!」

「そのままだな」

「そのままだよ!」


自身満々に説明する星空を見ながら問題点を指摘する。


「まず、俺、配信者じゃないけど?」

「そうだけど、ワン君や私への企業PR案件も来てるのは知ってるよね?」

「あん?いや、やらないぞ、企業案件なんて」

「そうそう!だからワン君は部室でゴロゴロしていたらいいよ!企業案件の部活動は私達でやるから!」

「え、マジで?」


何それ。星空、俺がお昼の快適な空間を作るために部活作ろうとしてくれてるの。凄すぎなんだけど。


「うん!ただ、たまーにね?気が向いたらでいいんだけどたまーに案件幾つかお願いできたら嬉しいなぁって思うんだけど……どうかな?」


星空はそう言って上目遣いで聞いてくる。


『おお!すげー!』

『これはさすめぐ』

『めっちゃいい提案!』

『めぐたん凄い!』

『ワン君の企業案件見たい!』

『気になる!』


「……」


俺は腕を組み、中空を見つめて考える。


やはりただ部室で寝転がっているだけというのはダメらしい。たまにと言うがその頻度はどれくらいなのか。

ここ数ヶ月、二週に一回は、俺にも案件のお誘い来てるけど、と言う話をしてくる星空。


星空としてはせっかくの仕事だ。俺に受けて欲しいのだろう。しかし、星空の配信業の仕事は俺にとってどうでもいいものだ。


星空の配信は俺の実力の最低限の保証さえあれば、それ以外は関係ない。


度々星空は昼の屋上で配信を行っているが、これは俺にとって何の得もない。

別に配信をやめろとも来るなとも思わないが、積極的に協力する気もない。


月一とかいわれるとなぁ。面倒くさいし、商品PRっていうのもよく分からないし、責任ある事はしたくない。


「うーん……」

「本当にたまーに気が向いたらでいいよ!嫌ならやらなくてもいいし、そもそも案件動画を撮影するのって放課後だし!」

「なるほど」


企業からの大事なPR動画をお昼の短い時間にパパッと撮る、なんて事はないだろう。


それが行われるのは俺が来ることのない放課後の時間で行われるだろう。


それに配信者は自営業なので企業案件は断れる。俺が好きな超有名配信者も案件は面倒くさくて全て断っていると言っていた。そういうことも可能なのだろう。


相変わらず星空は提案が上手い。毎回俺に損のないお得な話を持ってくる。


お昼は俺がクーラーのために使い、放課後は星空達が配信のために使う。


迷宮アイテムの案件もあるから迷宮関係の部活だし、企業案件のPRを学園の部活名義で行うという事は、この学園の知名度、およびイメージアップにもつながる。


損する人間は誰もいない。


本当に素晴らしい提案だ。


「よし、のろう!」

「おお!本当に!?」

「おう!」

「やったー!ありがとう!」


『おお!』

『やったー!』

『パチパチパチ!』

『わーい!』

『これでワン君の企業案件が見れる!』


コメント欄が拍手コメントで沸き、星空が笑顔で感謝の言葉を述べてくる。

むしろ感謝したいのは俺の方だ。


とりあえずソファーは必須だな。これからはこの硬い縁で寝転がる必要もなくなるわけだ。


これは期待が高まるね。


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