第六十五話 詮索
ドキリ。
呼び掛けられた声を聞いた俺はその場に硬直し、動けなくなる。
俺はここに数分立っていた。まさか数分前から見ていた、なんて事はないだろう。周囲は一応確認してからワープゾーンに近付いたし。
それならば俺のやる事は一つ。
声を無視して振り返る事なくワープゾーンに近付いていき、そのまま中に入る。
「あっ!」
「ちょっと!」
ワープゾーンが光出し、俺は引き止める声も無視して地上に戻った。
「おいおい、こんな偶然あるのかよ」
俺は軽く走りながら呟く。
花園達が15層に来ていた事は知っている。しかし、まさかこんな偶然鉢合わせるとは。俺があの場にいた時間なんてほんの四、五分って所だ。
それにもかかわらず、ワープ前で出くわすなんてあり得ない。
ストーカーされてるんじゃないかと疑いたくなるレベルだ。
まあ流石にそんな事はないだろう。あとは明日声を掛けられたら惚けておけばまあ問題ないだろう。
そして次の日、いつものようにお弁当箱を持って屋上に向かう。
屋上への扉を開けると、建物の上からまた声が聞こえてくる。
やっぱり来たのか。
見ないふりをしてくれる可能性も考えたのだが、そうはいかないようだ。
「よっと……」
俺はひとっ飛びで建物の屋上に登る。
「あ、ワン君、やっほー」
「おー、星空。それと……お前らまた来たのか……」
「御機嫌ようワン様」
「ふん!」
露骨に嫌な顔をして昨日と同じ二人、花園と北条院を見る。
「何だ?パーティーなら組まないぞ。ただでさえ悪目立ちして面倒臭いっていうのに……」
「本日参りましたのはそちらの件ではございません」
「そうなのか。じゃあ金剛の件か?なら……」
「違うわよ!あんた、惚け方がわざとらしいのよ!」
「惚ける?何を?」
「昨日あんたが15層にいたことについて聞きに来たのよ!」
「15層……?何言ってんだ、俺は1レベだぞ?」
「今更その言い訳が通用するわけないでしょうが!」
俺のおとぼけ顔を見ても、北条院はひかない。花園も顔を輝かせながらこっちを見ている。
「言い訳と言われても。事実しか言っていないんだが……」
「1レベでも金剛を倒せるんでしょ!」
「いや、倒してないが」
「あー、もう、あんた本当に面倒くさいわね!金剛よりは強いのよね!?」
「強い……っていうのは」
「強いっていうのはあんたが金剛との訓練であんたが受けたダメージよりも金剛が受けたダメージの方が大きくて、あんたが金剛と比べて戦闘に秀でてるって事!分かった!?」
俺が惚け続けると、北条院が一気に捲し立ててくる。ふむ、なるほど。
「……ごめん、聞きとれなかった。もう一回言ってくれる?」
「ファイアーボール!」
「あぶねっ!」
飛んできたファイアーボールを俺は咄嗟に避ける。ファイアーボールはそのまま中空を漂い霧散していった。
それを確認した俺は北条院に振り返り怒鳴る。
「あぶねーだろ!」
「あんたがいつまでも惚けてるからじゃない!」
俺が文句を言うと、北条院も負けじと声を張り上げてくる。
「お前、人に迷惑をかけてはいけないって学校で習わなかったのか?」
「あんたこそ人に嘘ついちゃいけないって学校で習わなかったの?」
「習わなかったけど?」
「嘘ついてんじゃないわよ!」
北条院がそう突っ込むと、花園が間に入ってくる。
「もう、姫花さん、ワン様との戯れが楽しいのはわかりますが本題から外れております」
「戯れてなんかいないわよ!」
「何?お前、俺との戯れを楽しみに来たのか?」
「んなわけないでしょうが!」
北条院が叫ぶ。しかし、花園はそれを無視して、俺に聞いてくる。
「ワン様、私が知りたい事はただ一つ。昨日15層にいらっしゃったのはワン様ですよね?」
「何を言っているのか分からないな。昨日は一層で久々のスライム狩りをしていたんだが……」
「嘘付くならもっとマシな嘘つきなさいよ!9層で星空とパーティー組んでたじゃない!」
「そうだったけ?なら9層にいたわ」
「ワン様、惚けてらっしゃる所、大変申し訳ございませんが私は確信を持ってお話ししております」
「そうよ。あんた、まさか後ろ姿を見られただけだから気付かれてない、とでも思ったの?」
思っている。
しかし、確信があるのか。ならば聞かせてもらおうじゃないか。
「私達にはね、追跡スキルがあるのよ」
「追跡スキル?」
「そうよ。あんた、15層からそのまま地上に戻ったわね?そしてその足で装備を置きに行った。違う?」
「……」
「あんた、迷宮にもスキルにも興味がないんでしょ。星空がいたらそんなミスはしなかったわよ」
「……」
俺は沈黙して二人を見る。二人も俺をじっと見てくる。
これは本当っぽいな。仕方がない。
「……なるほどねー。こりゃ参った参った」
足跡か匂いか。はたまた何かしらの痕跡を辿れるスキルがあると言う事なのだろう。
誰のスキルかは分からないが、そんな厄介なスキルがあったとは知らなかった。
現代の常識で考えていたからまければなんとかなると思っていたが、そんな警察犬みたいなスキルがあったとは恐れ入る。
俺は観念するように縁に座り、お弁当を開く。今日のお弁当は海老フライに肉団子とおひたしやらの野菜の詰め合わせだな。
今日もまた美味しそうだ。
「で、俺が15層にいたら何だ?」
「やっぱり!あ、あの私、ワン様に15層の攻略法をお聞きしたいと思いまして」
「15層の攻略法?ないぞ。ミノ見つけたら突撃して首落として終わりだ」
「え、そ、それだけ……?」
「それだけだ。サーチアンドデストロイ。分かりやすいだろ」
お弁当を食べながらそう言う。
まあそれもだいぶ前のパワレベの話だけどな。今はソロなら魔法ぶっ放すし、二人といるなら両足切り落として武器吹き飛ばして転がすだけだ。
「分かりやすいだろってあんた。それが出来るなら誰も苦労なんてしないわよ!」
「俺は聞かれたことを答えただけだ。参考になったか?」
「なるわけないじゃない!」
「そうか。まあそもそもお前らは俺じゃないんだ。スキルが違うんだから他人の意見なんか聞いても仕方がないだろ?」
「そうだけど……ちーちゃんがどうしてもって……」
ゴニョゴニョと呟き出した北条院をおいて、俺はご飯の続きを食べる。
エビフライのこのタルタルソース、手作りかな。美味しいな。
「うーん、ワン君は本当に人気者だねー」
俺らの様子を見て満足げに笑っているだけだった星空が初めて口を挟んだ。
「人気者じゃない。毎回似たような奴らが来て似たような事言ってくる。迷惑だ」
「そうだねー。二人とも、昨日も言ったと思うんだけど、ワン君に何か聞いても学べる事なんてないと思うよ」
「そんな事は……」
「ないよ。花園さんも北条院さんも迷宮探索者としては間違いなく天才。この学園の長い歴史でもトップクラスだと思うけど……」
そう言って、満面の笑みで俺を見る。
「それでもワン君は格が違う。そもそもワン君は感覚派だしね。二人には理解できないよ!」
「なるほど……」
「はぁ?格が違うってあんた……レベル1から上がらないのに強いってだけでしょ。金剛を倒したのは凄いけど……褒めすぎじゃない?」
花園は何か悩んだように口に手を当てて考えこみ、北条院も顔に手を当ててため息をついている。
だが、何か思い当たったかのようにすぐに花園は笑顔になる。
「星空さんの仰っている事、よくわかりました」
「え、ちーちゃん、分かったの?」
「はい。ワン様は一である、ということですね」
それを聞いた星空は驚きの表情をする。
「えー!すごーい!流石は花園さん!本当に天才なんだね!」
「は?え、どういうこと!?私に分かるように説明してくんない?」
北条院が二人の話についていけずに視線を二人の間でウロウロさせる。
気持ちはよく分かる。俺もこの二人が何言ってるのか分からない。
星空と数秒見つめ合った花園はくるりと背を向ける。
「姫花さん、帰りましょうか」
「え、何で!?ちょっ、ちーちゃん!」
「あ、それとワン様……」
「ん?」
建物から降りようと、縁に立った花園は俺に振り返る。
その顔は恋焦がれた少女のように紅く、それでいて眩しかった。
「いつか貴方様の横に並び立てるように頑張りますね」
「は?」
そう言い残し、花園は建物から飛び降りてしまった。
「え、ちょっ!ちーちゃん、今のどういうこと!?」
北条院もそれに続いて建物から降りてしまう。
何言ってるのか全然分からないんだけど。並び立つって何だ。花園、もしかしてFクラスに来る気なのか。覚醒度42%でそれは無理だろうよ。
俺は食べ終わった弁当箱をしまい、包む。
「うーん、やっぱりワン君と一緒にいると面白いねー!」
「どこが?笑うポイントなんて一つもなかったぞ」
「あはははは」
笑っている星空を見る。そういえば今日はAFCが浮いていない。
「そういえば、今日は配信してないんだな」
「うん。本当は配信する予定だったけど、二人が大事な話があるからって切っちゃった」
「そりゃよかった。15層に潜ってるのは流石に流せないからな」
「そうだねー。やっぱり私もパワレベしてもらおうかなー」
星空が顎に手を当てて考え込んでいる。
「別にいいぞ。いつにする?」
「うそうそ。私はパーティーメンバーと一緒に強くなっていくよ!」
「そうか。気が変わったら言ってくれ。いつでも付き合うから」
「ありがと!」
星空はそう言って笑い、俺は寝転がってワーチューブを見る。
「ふわぁぁ」
今日はこのあとは久々のソロ探索だ。18層でパワレベの下見にでも行くかな。




