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迷宮学園の落第生  作者: 桐地栄人


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第三十四話 花園千草

ある日の午後、俺はいつもの場所でおにぎりを食べながら動画を見ていた。


横では星空が配信をしており、あれこれと喋っている。

俺はたまに来る質問に軽く返しながら、食事をする。


そんな時だった。


「誰か来たな」

「ああ、本当だ。一人かな」


階段を上がってくる音がする。足音からして一人だろう。


「星空と違って独り言は言ってないな」

「だからあれは動画用のセリフだって!」


そんな茶々を入れていると、屋上への扉が開く音がする。


「ええーとこちらかしら?」


女子生徒だ。何かを探しているようだが、すぐに探し物は見つかったようだ。


「あ、ここから上がるのですね」

「登ってきたぞ」

「やばっ!画面切りまーす!」


その女子生徒が探しているのはこの貯水槽がある建物への梯子だった。

慌てて配信画面を暗くする星空。


カンカンと梯子を登ってくる女子生徒。星空は間一髪、配信画面を切る事に成功したようだ。


「あら、やっぱりこちらにいらっしゃったのですね?」


ハシゴしたから顔を覗かせた女子生徒。彼女の探し人は俺たちのようだった。


「あ、今配信してまーす!ごめんだけど顔は映ってないけど声入ってるからね!」


星空が慌てて注意をする。


「構いませんよ。そちらを拝見した上で来ておりますので」

「あ、そうなんだ。画面戻して大丈夫?顔NGとかある?」

「いえ、御座いません。顔を映していただいて構いませんよ」

「あ、そう?ありがとー!」


そう言うと、星空は端末を操作して画面を元に戻す。そしてカメラが女子生徒の方を向くと、彼女は礼儀正しく一礼をする。


「画面の前の皆様、お初にお目にかかります。私、花園千草と申します。以後お見知り置きくださいませ」

「あ、本名言っちゃうんだ!よろしくねー!」

「よろしくお願いいたします」


『美少女きたー!!』

『可愛すぎ!』

『よろしくー!』


花園の登場にわくコメント欄。


「それで、今日は私達を探してたみたいだけど、何か用かな?」

「はい。実はワンさんにご相談したいことがあって参りました」


寝っ転がって動画を見ていた俺は、突然の指名に顔を動かす。


「俺?」

「はい」

「相談……」

「うわー、嫌そうー」


俺は相変わらず顔出しNGなので、配信に俺の顔は映っていないが、俺の顔を見た星空が引きながらその表情の変化を伝えている。


『美少女からの相談にも変わらず塩対応wさすワンw』

『ワン君通常運転過ぎて草』

『相変わらずの心無きw』


「そんな嫌な顔をせず聞いてあげなよ」

「はぁ、聞くだけな。どっこいしょ」


俺は座り直して聞く姿勢を見せる。


「ありがとうございます」

「いい。で、相談って何だ?」


学年最強ともあろう人間がわざわざこんなところまで足を運んだんだ。何か重要なことでも聞きたいのだろうか。


「実は私、悩みがありまして……」

「悩みがなかったら相談なんてしないだろ」

「うわー、ワン君、サイテー!」


『流石に酷すぎて草』

『いくら何でもひどすぎ。失望しました』

『お前さぁ……』


コメント欄が俺の中傷で溢れる。

うるせぇ。


「ごめんね。ワン君、人の感情ないからさ」

「え、あの……」

「うんうん、相談内容の続き教えて!」

「あ、はい。それで悩みというのはその、どうやったらワンさんのように強くなれるのかな、と思いまして」

「俺のように?学年最強が?」


星空も同じことを思ったらしい。怪訝な顔をしている。


「確かに私は運良く恵まれた才能を持っているかもしれません。しかし、貴方は1レベにしてあれだけの強さをお持ちです。正直私が貴方と同じ立場であれだけのことは出来ません」

「はぁ」


俺は気の抜けた返事をする。カラクリがあるからな。俺だって坂田のステータスであれは無理だ。


「それで、その強さの秘密をご教授願えれば、と思い足を運ばせていただきました」

「ふーん」


俺はどうしようか迷う。

ネタを知っている星空も対応に困っており、難しい顔をしている。


「そんなに知りたいのか?」

「はい!私はもっともっと強くなりたいのです!」


花園は拳を握りながら熱く語る。


「もっと強くねぇ。知りたいのか、俺の秘密が?」

「はい!ぜひ教えていただきたいです!」

「ふーん」


しょうがない。教えてやるか。


「仕方ない、教えてやる!」

「え、本当に!?ええー!」


両足をバンと叩き勢いよく立ち上がる俺を見て、星空は恐れ慄く。そりゃビビるだろうな、俺がこんなにあっさりと秘密を暴露するんだから。


コメント欄も大盛り上がりだ。


『ええ!マジか!』

『ついに明かされる!最強の1レベの理由!」

『ワクワク!』

『教えてくれー!』

『これは神回キター!』


「よーく聞いとけよ!一回しか言わないからな!」

「は、はい!是非お願いいたします!」


拳をさらに固く握りしめ、俺を見上げる様に真剣な眼差しで見つめてくる。


そんな彼女に俺は言った。


「腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回、そしてランニング10km、これを毎日やる事だ!」


『は?』

『は?』

『は?』

『は?』

『は?』

『は?』

『は?』


コメント欄が『は?』で埋め尽くされている。


「大事なのは足が重く、どんなに辛くなってもスクワットをやり、腕がプチプチと音を立てても腕立て伏せをやめない事だ!」


『おい』

『サ◯タマ?』

『サイ◯マじゃねぇか!』

『サ◯タマで草』


俺も拳を握り力説する。コメント欄はとあるアニメのキャラクターの名前で埋め尽くされている。


星空もあんぐりと口を開け、何言ってんの、という顔だ。

だが、当の花園は違った様だ。


真剣な面持ちで小さく呟いている。


「腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回、そしてランニング10km。確かにレベルが上がらないのなら素の肉体を強くするしか……」


『え?』

『感銘を受けてらっしゃる?』

『千草ちゃんま?』


真剣な花園にコメント欄も戦々恐々としている。


「そうですわ!確かに私、ダンジョンに潜ってレベルを上げることしか意識しておりませんでした!流石はワンさん!素の肉体の強さを上げて、ステータスだけに頼らない強さを手に入れることが重要!そう教えてくださったのですね!」

「その通りだ」

「え、ええー……」


花園が頬を赤くして熱心に語るのだ、俺が頷くと星空は一歩引いていた。


『それ、あんまり意味なかったような……』

『千草ちゃん、騙されてるよ!』

『ワンカス』


コメントで散々な言われ様だが、当の本人はノリノリだ。


「ありがとうございました!ワンさんのおかげで目が覚めました!星空さんもありがとうございます!」

「ああ」

「え、う、うん……」

「では、失礼いたします!」


そう言うと、ぴょんと建物から飛び降りて、校舎に入ってしまった。


「あれ、どうするの?」

「何も?身体を鍛えるのは悪いことじゃないだろ」

「うーん、そうだけど。心配」


物凄い速度で流れるコメント欄を無視して、俺はまた、横になる。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 数年後、そこには細マッチョになりフィジカルモンスターとなった千草ちゃんの姿が…。
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