第百四十九話 ただ白く……
オークアビスから奪った黒い大剣を片手に油断なく変貌したオークアビスたちを警戒する。
何がどれくらい変わったのが分からない以上、迂闊にこちらから動くのは危険だと判断したからだ。
オークアビスたちがどれくらい強くなったのか測るため、向こう側に先に動かせるつもりだった。
オークアビス達は、俺の予想通り宿敵である俺を見据え、腰を低く身構える。
そして、一斉に突撃してきた。その様はまるで撃ち出された弾丸のような速さであり、五十メートル以上あった距離を瞬きの間に踏破し、俺の目の前にまで迫っていた。
「ぐっ!」
そして、先頭の一体が俺が持っているものと同じ大剣の振り下ろしをしてくる。
速い。
轟音と共に振り下ろされたそれは、先ほどまでのオークアビスのものとは思えないほどの速度だった。
ギリギリのところで、俺の脳天に大剣が当たる直前で横にズレてかわす。
地面が揺れる激しい振動と共に衝撃波が俺の横腹を叩き、粉砕された荒野の石の破片が飛び散って俺の顔を傷付ける。
多少強くなった、なんてものじゃない。速さもパワーも桁違い過ぎる。
だが、武器を思いっきり地面に叩きつけたことによって攻撃してきたオークは身体が硬直した。
その隙に動けなくなったオークアビスを殺そうとするが、それを押し退けるようにして二体の大槍を持ったオークアビスが飛び出してくる。
そして唸るような重低音を響かせながら突かれた槍を、体を捻ってかわす。
だが、さらに後ろから畳み掛けるように大斧を片手で持ったオークアビスが俺に大斧を振り下ろしてくる。
避けれない。
そう悟った俺は、大斧の矛先をずらすように大剣を斜めに構える。
ギィィィィィン。
腕が取れたかと思うほどの衝撃。それと共にオークアビスが振り下ろした大斧の軌道が僅かにズレ、俺の髪をかすめる。
オークアビスが使っていた武器だけあって大剣の方には傷一つついていないが、こんなことが続いたら大剣が壊れる前に俺の右腕が取れる。
「ギリッ!」
歯を食いしばり、下からの斜め切りを行い、オークアビスの赤黒い身体に深い傷をつける。
そして、足が地面につくのと同時にオークアビスの股座を駆け抜けていく。
そうだ、足を止めてはダメだ。剣聖が速さで戦わなければ、他の何で戦うというのだ。
オークアビスの頭上に駆け抜け、上を取ろうとする。大斧を持ったオークアビスの頭を踏みつけ、空を舞う。だが、そこで俺に待っていたのは、オークアビスの醜悪な牙だった。
武器を捨てたオークアビスが仲間のオークアビスの体を踏みつけて、俺の飛ぶ先に飛んできたのだ。
俺はそれを咄嗟に左腕で弾こうとする。
一瞬の判断ミス。
無くしたばかりで俺はそれを頭でしっかり認識していなかった。それ故に、存在しない左腕でオークアビスの噛みつきを防ごうとしてしまった。
そして、それが命取りだった。
「ぐあっ!?」
なくなった左腕の場所を肩の深くまでオークアビスの噛みつきが食い込む。
同時に噛み付いているオークアビスが、その太い両腕で俺をホールドする。
「ぐっ! くそがっ!」
腰のあたりをオークアビスの太い両腕でがっしりと掴まれ、一瞬もがくがびくともしない。
黒い大剣も、腕に深く食い込むのも厭わずに硬くホールドされ動かない。
「放しやがれぇぇぇえええええええ!!」
俺は口を開け、オークアビスの頸動脈に思いっきり噛み付き返す。
先程こいつらが仲間にやったように、肉を抉り血管を引きちぎる。
血が噴き、俺の視界を赤く染める中、俺の左腕に噛み付いていたオークアビスがうめく様な声を上げた。
「グブッ!」
口こそ外さなかったものの、ほんの一瞬俺をホールドする腕が緩んだ。その隙を逃さず大剣をホールドの外に持って行き、身体ごとオークアビスを真っ二つにする。
オークアビスは絶命し、黒いモヤとなって消えていくが、オークアビスの瞳は最期の最期まで俺を睨みつけ、その牙を外さなかった。
オークアビスが消える直前まで噛み付いていた俺の胸と背中から血が流れる。
だが、出血を止める余裕など与えてくれない。
地面に叩き落とされた俺は続けて降り注ぐ武器の雨を掻い潜るため、走る。
だが、俺の動きを読んでいたかの如く先回りされ、その剛腕から放たれる巨大な武器の攻撃が繰り出される。
避けられないタイミングだった為、再度大剣で攻撃を僅かに逸らす。
右腕に再度凄まじい衝撃が走る。
ビリビリと痺れ、腕だけでなく身体すら硬直してしまうほどの衝撃。
「くっ!」
あまりの威力にそらしきれずに、大槍が俺の脇腹を数センチ抉る。
「プガッ!」
同時に背後でオークアビスの悲鳴が聞こえる。
チラリとそちらを見ると、そらした大槍が背後のオークアビスの脇腹に刺さっていたからだ。
オークアビス達の動きは先ほどまでの軍隊のような統率の取れた動きではない。一体一体が個として動き、時に連携し、時に仲間を踏み潰す。
仲間を喰らったオークアビス達には既に同胞に対する仲間意識などはないのだろう。
俺を殺す。
そのためにあらゆる犠牲払う覚悟があるという事だ。
大槍を戻したオークアビスは貫いた味方の事を歯牙にもかけずに再度俺に槍を突きだす。だが、予想できたその動きに、槍が突き出される前に動き、槍と交差する様に大剣でそのオークアビスの首を刎ね飛ばす。
これでやっと二体。しかし、その代償として俺の肩から腹にかけてオークアビスの鋭い牙による歯形の傷跡がつけられていた。
しかし、回復する暇などこいつらはくれはしない。
振りかざされる武器をかわすために走る事すらできない。こいつらは先程の俺との戦闘で俺の行動パターンを学習し、対策をしてきている。
まともに一撃でも喰らえば即死しかねない絶望的な戦闘の中で、俺はただただ目の前の敵との殺し合いに全てをかけていた。
いつからか痛みは無くなっていた。いつからか周りの色がなくなっていた。いつからか音が消えていた。いつからか考える事をやめていた。
意識が遠くなっていく。まるで夢遊病にでもかかったかのようにふわふわした気持ちだ。
手足は忙しなく動き、全身の骨が軋み続け、オークアビスの攻撃によって抉られた肉の内側から血が溢れる。
それでもなお、俺は止まることはなかった。




