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迷宮学園の落第生  作者: 桐地栄人


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第百四十八話 変貌

『…………異常事態を確認しました。対象のステータスを確認……ERROR。対象のスキルを確認……ERROR。……異常事態発生。対象のステータスとスキルに観測とのズレを確認……。対象の詳細な情報が必要と判断。分析を開始します………………。対象に『アルカナ因子』を確認しました。スタンピードの上方修正の必要性を検討…………スタンピードの上方修正の必要性を確認しました。『豚の宴(カニバルパーティー)』を発動します』


突如聞こえてきた無機質な声の中に不穏な言葉を聞き、俺は呟く。


「アルカナ因子……? 豚の宴(カニバルパーティー)?」


 聞きなれない言葉に俺が疑問符を浮かべていると、異変はすぐに起こった。


「プガァァァァァァァァァァアアアアアアーーーーーーーーーーー!!!」


 オークアビスのうちの鎧を着た一体が屠殺される豚のような声をあげた。

 それと同時に鎧を着たオークアビス達も似たような声を出す。

 

 今までの勇ましい雄叫びではない。


 そこに込められた感情は全く分からないが、たまにゲームなどで聴く、豚を殺した時のような鳴き声に似ていた。そして、次の瞬間、ベルトを外すような音と共に、何か重いものが落ちる音がしている。


 ガチャガチャ、ドシン。ドシン。


 オークアビス達を見ると、何故かオークアビス達のうちのおよそ半分が、武器も盾も手放し、更には自らを守るその全身鎧すら脱ぎ出したのだ。


「おいおい、まさか……鎧を脱いで体を軽くして速くなろうってのか?」


 俺が速くなったのは重い武器から軽い武器へと変更したからだ。

 それと同様にオークアビス達も、そのいかにも重そうな全身鎧を脱ぎ捨て、体を軽くすることで俺の速度に追いつこうという魂胆なのだろう。


 そもそも魔物の鎧が脱げるものだとは思わなかった。オークアビスに限らず、魔物達は装備を付けた状態で生まれる。

 てっきりその鎧も、亀の甲羅ややカタツムリの殻のように、取り外し不可能なものだと思い込んでいた。


 今駆け出して行ってももう間に合わない。既に先程のオークアビス達は鎧を完全に脱ぎ、肌着らしきボロボロの布を纏ったみすぼらしい格好になっていた。


 一体どれだけ速くなったのか。まさか1.5倍近く速くなった俺の足に急に追いつけるようになったわけではあるまい。それに鎧を脱いでも動体視力が上がるわけではない。

 羽虫の如く飛び回る俺を簡単に捕まえられるとは思いたくない。


「ふぅ……まあ、やってみるしかねぇな」


 逃げるなどという選択肢はないのだから、進む道は前しかない。


「一度当たって威力偵察するか……」


 そう呟きかけ出そうとした次の瞬間、鎧を着たオークアビスが鎧を着ていないオークアビスに近づくと、その肩に鋭い牙を突き立てる。

 オークアビス達はそのまま同胞の肩を噛みちぎり、その肉を食む。

 一体二体ではない。俺の視界にいた全ての鎧を着たオークアビス達がそれを行っていた。


「……は?」


 目の前で行われた壮絶な光景に目を丸くし、固まってしまう。

 喰っている方は一心不乱に食べているのに、喰われている方は催眠術にでもかかったかのように立ち尽くしているあまりに異様な光景だった。


 オークアビスの共食いは一噛みで終わることなく、食いちぎった同胞の肉を飲み込んでは更にもう一噛み、もう一噛みと食らっていく。

 食われた方のオークアビスは何一つ抵抗することなく、険しい表情のままその赤い瞳で俺を射抜くように見ながら、その身をただ委ねている。

 彼らの食われた肩口からは夥しい程の血飛沫がオークアビス達を濡らし、肩口から見える生々しい赤黒い肉は脈打ち、食われているオークアビスがまだ生きていることを教えてくれる。


 そして、同胞達を肩口から食べ進めていたオークアビス達全員の動きが一定の所で一斉に止まる。


「……なんだ?」


 肩口から骨も残さず噛みちぎっては食べていたオークアビス達が食べる方向は一定だった。


 その方向とは胸の中心。


 彼らはそこにあるものに手を伸ばすと、赤黒脈打つ何かを掴んでそれを空に掲げる。


 未だ血管が何本か繋がり、ドクンドクンと脈打ち続けるそれ、オークアビスの心臓。


 それを自分の口元に持っていくと、一息にバクっと丸呑みにしてしまった。

 口元まで続いている心臓につながっていた血管が噛みちぎられ、だらりと地面に垂れ下がる。

 それと同時に体を食われても微動だにしなかった鎧を脱いだオークアビス達が一斉に膝を突き、ドシンという地響きを鳴らしながら地面に倒れ伏した。


 そしてそのまま黒いモヤへと変わり消えていく。これで残り35体。


 残った全身鎧を着たオークアビス達は心臓を丸呑みにした体勢のまま固まり、その数秒後、オークアビスの相撲取りの更に二回りは大きいその巨体がドクンと跳ねる。


 続けて更にドクンドクンとオークアビスの身体全体が脈打っている。


 それはまるで丸呑みにした心臓がオークアビスの中で鼓動を打っているかのようだった。


 徐々にその鼓動は大きくなっていき、辺り一面にオークアビスの鼓動の音が響き渡った時だった。


 一際大きく鼓動したかと思うと、シューという音を立てながら、奥アビスの鎧の隙間から赤い蒸気が漏れ出す。

 そして、赤い蒸気が収まると、オークアビスの黒い肌に赤い血管のようなものが浮き出ていた。


 共食いという大罪を犯したオークアビス達は異常なほどおどろおどろしく、罪人として相応しい姿に変貌を遂げていた。


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