第百四十七話 左腕がなくとも
「選択!! ハイヒール!!」
俺は宙に舞ったまま、そう叫ぶ。
すると、みるみる俺の左腕の出血はとまり、肉が生えて傷跡が塞がっていく。
だが、俺の左腕は生えてこない。
知っていた。花園のスキルでは欠損した部位を治せたりはしないことを。
せめて切り落とされた左腕を拾い、傷跡にくっつける必要がある。
だが、眼下では、オークアビス達が飛び上がった俺を見上げ、その大楯を構えながら、隙あらば俺を殺そうと武器を持って待ち構えている。
もはや左腕を取り戻すために入る隙などありはしない。
不幸中の幸いだったのは、片手だけでも剣さえ持っていれば剣聖バフがしっかりとつくこと、回復魔法のおかげで傷口が即座に塞がったこと。
そして何より、オークアビスが持っていたこの大剣が俺のヘビーメタルソードよりもかなり軽いことだ。
耐久度はわからない。だが、あれだけの強さの魔物が持っていた武器がガラスのような諸刃の剣であるはずがない。
「選択」
俺は再度魔法を唱え、自分のステータスとスキルを変更する。
そのまま重力に従って落下。
そして、大槍を構え、落ちてくる俺に狙いを定めているオークアビスを上から見据える。
真っ黒な肌に赤い眼光をしたオークアビスと、俺の視線がぶつかり合い、お互いの殺意が交差した瞬間だった。
「ガァァァァァァアアアアアア!!!!!!」
目前まで迫ったオークアビスが雄叫びを上げながら、大槍を突き出す。
剣聖バフが乗った俺は、それを紙一重で見切り、穂先が俺の顔を貫く寸前で重心をずらしてよけ、そのままその穂先に片足をつく。
いかに剣聖といえど空中は歩けない。
だが、足さえつけば、もはやそこは障害のない平地と変わらない。それが例え真上に突き出された幅10センチとない槍の穂先だったとしても……。
一閃。
ズルリ、という音を立て、真っ二つになったオークアビスが呻き声すら上げずに倒れ、黒いモヤとなって消えていく。
「……斬れる!」
俺はオークアビスが持っていた大剣の斬れ味に目を見開く。
ヘビーメタルソードでは弾かれていたオークアビスの鎧がこの剣では斬れるのだ。
熱したナイフでバターを切るように……などと言うほど柔らかくはない。
右手の力しか使えないということもあるだろう。しっかりと掴んでいなければ、剣の方がどこかに飛んでいってしまいかねないほどの衝撃があり、剣聖バフが乗った今の状態でなければとてもオークアビスを鎧ごと真っ二つになどできなかっただろう。
だが斬れる。
俺は絶望的な状況であったこの現状に、ほんの僅かながら光明を見出していた。
「「「「「ガァァァァァァアアアアアアアアアーーーーーーー!!」」」」」
周囲のオークアビス達が一斉に咆哮を上げる。その瞳と、身体から発せられる覇気からは、目の前で全身鎧に包まれた同胞が鎧ごと真っ二つにされたことによる恐怖や戸惑いの色は一切見えない。
ただ目の前の敵を排除する、殺すという目的を達する為の純粋な殺意のみが込められていた。
「っ!」
俺は軽く息を吸い、まず一番最初に俺に到達してくるハルバードをもったオークアビスに狙いを定める。
「ガァァァァァァーーーーーーー!」
目前に迫ったオークアビスが吠えながら俺にハルバードの振り下ろしをしてくる。
ガキンッ。
俺の大剣がオークアビスが振り下ろしたハルバードとぶつかり、オークアビスのハルバードが地面に突き刺さる。
「グガッ!?」
渾身の振り下ろしを受け流されたオークアビスが間抜けな声を上げる。
その隙を逃さず、ハルバードの柄を走り、そのままその首を落とす。
全身鎧に守られた体と違って、首を落とすのにそれほど力は必要なかった。
あっさり俺に首を落とされたオークアビスはそのまま力無く膝から崩れ落ち、そのまま黒いモヤとなって消えていく。
「これで四体」
続いてオークアビス達の肩や頭の上を疾走し、隙を見せたオークアビスをさらに三体を狩る。
いける。油断は出来ない。依然として一撃を喰らえば俺は一瞬であの世行きになるような状況だ。
この剣の耐久力も分からない。
だが、一時間かけて二体しか狩れなかった先程までとは明らかに違う。
「ガァァァァァァーーーーーーー!」
走り回る俺に苛立ちでもしたのか、オークアビス達が吠えながら俺に武器を振り回したり盾を手放して俺を掴もうとしてきた。
だが、オークアビス達の武器も手も俺にかすりもしない。
何故なら……今の俺は先ほどよりもさらに速い。
ヘビーメタルソードよりも圧倒的に軽いこの黒い大剣のお陰で、俺の足の速度は1.5倍近く速くなっていた。
油断はしないし無理もしない。
一瞬たりとも脚を止めることなく、空をかけるかの如くオークアビス達の頭上を走り、隙を見せたオークアビスを冷徹に狩っていく。
剣をふるごとに舞う血飛沫がまるで爆竹のようにあちこちで血の花を咲かせ、俺が通った後にはオークアビス達の呻き声と鮮血だけが残っていた。
数分後、俺は再度オークアビス達から距離を取る。そろそろ花園のバフが切れる。再度ステータスを変更し、バフのかけ直しをしなければならない。
少し大きめの岩の上に降り立ち、一度落ち着いてオークアビスの軍勢を見渡す。
「20……いや、30は斬ったろ」
正確な数などもはや数えていない。斬ったはいいが死んでいないオークアビスもいるだろう。
それでも目に見えて敵が減っている。
100体のうち2体では差は全く感じなかったが、三割も減っているとなると、露骨にその数を減らしていた。
あとこれを三回。あとこれを三回繰り返せばこいつらを殲滅できる。
つい先程まで諦めていた自分の生を拾える可能性に俺の心臓が少しだけ高鳴る。
「……っと」
無意識に左手で額の汗を拭おうとして、そこに何もないのを思い出し、ため息を吐く。
「これ、治すのに幾らかかんだ……」
今は2050年。バイオ技術が発達し、無くなった手足や臓器を再生する治療法も確立している。
だが、それをうけるのには相当なお金が必要と聞いたことがある。
いまだにろくに働いていない絶縁した父さんは絶対に出してはくれないだろう。国に保障されるのだろうか。
それにそもそもこれで終わりだという保証もない。
「こいつらで終わってくれるといいが……」
第一フェーズで終わりかと思いきや、第二フェーズがあった。もしかしたら第三フェーズなどというふざけたものがあるかもしれない。
「まあ……それもこいつらをまず皆殺しにしてからだな」
休憩は終わりだ。俺はステータスを変更し、再度花園のスキルで自分にフルバフをかける。そして、右腕で額の汗を拭い、ステータスとスキルを変更し、元の俺のステータスと赤崎のスキルに戻そうとした時、空から声が降り注いだ。




