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迷宮学園の落第生  作者: 桐地栄人


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第百四十六話 剣聖バフ

 中央迷宮30階層。

 オークアビスと接敵して一時間。俺は剣を振り続けていた。


 ガキン。


 俺の振り下ろした大剣は、そんな音と共に弾かれる。

 関節などの比較的鎧が薄い所にヘビーメタルソードを振り下ろすも、花園のバフと剣聖バフが付いた俺の動きを見切ったオークジェネラルが身をよじり、鎧の厚い部分で防いでしまう。


「……っ!!」


 これで何百回目だろうか。オークアビス達の中で、その鈍く光る黒い鎧が傷ついていないものは一つもない。

 ここにいる百体近いオークアビス全員に最低でも一撃を入れている。


 それだけの時間と労力を費やして、俺が倒したオークアビスはたったの二体。


 しかも、それ以外のオークアビスの体は治癒魔法のせいで傷一つついていない。


「はぁ……はぁ……。そろそろ折れそうだな……」


 オークアビス達から少し離れた場所で、それでも油断なくオークアビス達に構えたヘビーメタルソードを見下ろしながら呟く。


 刃はもう欠けてボロボロになり、所々に亀裂が走っている。連戦に次ぐ連戦で、もはや限界なのだ。


選択(セレクト)


 俺は再度ステータスを変え、バフの更新を行う。


「ぐっ……」


 魔法を唱えるのと同時に、ほんの一瞬立ちくらみがした。若干ではあるが気持ちが悪い。

 恐らくこれが星空の言っていた魔力が少なくなっているという状態なのだろう。

 体感でおよそ残り三割といったところだ。


「はぁ……ふぅ……」

 

 深呼吸をして再度落ち着いてオークアビス達を冷静に見渡す。

 オークアビス達は俺が隙を見せたというのに、突撃してくる様子もない。


 ただただ本物の軍隊のように整然とした動きで、俺の方へと距離を詰めてくる。


 はっきりいってかなり厄介だ。ゴブリンアビスのようにここでバラバラに戦ってくれれば各個撃破も狙えたのだ。しかし、オークアビス達はお互いを常にカバーできる位置を陣取り続けているため、致命傷を与えることが難しくなっている。


 時間をかければかけるほど状況は俺にとって不利になっていく。


 たらり。


 一筋の汗が俺の顔を流れる。その場から動かない俺と違い、オークアビス達は一糸乱れぬ動きで俺に突撃をしてくる。


 じっくり考えている時間はどうやらないようだ。


 それなら……。


 俺はオークジェネラルのうちの一体に狙いを定め、足に力を込める。そして、覚悟を決め走り出す。


 俺が走り出したことを確認したオークアビス達は大楯を構えてハルバードを突き出してくる。


 俺は大楯を蹴り、彼らの頭上に飛び上がる。


 そして、目的の一体にヘビーメタルソードを振り下ろす。


 ガキン。


 再度鉄と鉄がぶつかり合うような鈍く硬い音がして、俺のヘビーメタルソードは弾かれてしまう。


 ピシッ。


 オークアビスの重い足音と、鎧が擦れるガシャガシャという音の中で、弾かれたヘビーメタルソードからそんな音が聞こえてきた。

 もはや限界が近いのだろう。


 あと一撃か二撃か。


 もうこれは壊れる。そして剣聖バフは剣を持っていなければバフがかからない。ならば、新しい剣を調達すればいいのだ。


 俺は地面に降り立ちながら俺の倍ほどの身長があるオークアビスを睨みつけ呟く。


「その剣をよこせ豚野郎」

「「ガァァァァァァアアアアアアアアアーーーーーーー!!」」


 オークアビス達は俺の睨みに臆することなく各々の獲物を振り上げ、俺に振り下ろしてくる。


 唸るような風切り音と共に落とされた数々の得物を紙一重でかわし、飛び上がった俺はそのまま重力に従って真っ直ぐに落ち、ヘビーメタルソードを大剣を振り下ろしたばかりのオークアビスの右腕の関節に思いっきり刺しこむ。


 バキッ。


 そんな音がした。

 それと同時に俺の身体が重くなり、オークアビス達の動きが速くなる。

 剣聖バフが切れたのだ。


 折れた剣は剣とはみなされないのか。


 初めて知った。


 だが、そんなことにかまけている暇はない。俺は腕ごと切り落としたオークアビスの大剣に向けて一歩目を踏み出す。

 

 だがしかし、周囲のオークアビス達も黙って眺めてはくれない。


「ゴアアアアアアアァァァァァーーーーーーーー!!!!!!!」


 空気が震えるほどの雄叫びを上げると、オークアビス達は一斉に俺に猛攻を仕掛けてくる。

 速い。


 剣聖バフが付いていないとこんなに速いのか。


 だか、ここで引くわけには行かない。俺はオークアビスが持っていた大剣に手を伸ばす。

 鈍く黒く光る武器が迫ってくる。

 

 その時、何故だか周りのオークアビス達の動きが遅くなって見えた。

 俺が速くなったわけではない。何故なら、俺の動きもまた遅くなっているのだから。

 恐らく、これが死を間近に迫った時の極限の集中というものなのだろう。


「ぐっ……!!」


 ゆっくりした動きの槍が俺の太ももの裏を掠める。

 問題ない。少し血が出る程度だ。


 次に俺の脇腹をハルバードの先端が掠める。

 こちらもかすり傷だ。


 どちらも軽傷。


 そう感じた次の瞬間、目の前に大きな影ができる。

 俺の眼前に立ったオークアビスが、その巨体ほどの大きさの斧を今まさに、俺に振り下ろそうとしていた。


 避けるか。それとも突っ込むか。


 刹那の思考。


 俺が選んだのは突っ込むことだった。

 避ける時間なんてない。

 避けて体制を立て直して再度落ちた剣に向かうのにおよそ1秒。

 ほんの瞬きの間。普段なら何気なく過ぎていく時間にオークアビス達は俺を串刺しにするだろう。


 振り下ろされる斧。


 一秒に満たない次の瞬間、俺は宙を舞っていた。右手には……オークアビスが先程まで使っていた真っ黒い大剣を持って。


 しかし、代償があった。


 宙を舞った俺の軌道を追うように飛び散る鮮血。


 俺は大剣を得た代償に左腕を切り落とされていた。


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