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迷宮学園の落第生  作者: 桐地栄人


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第百四十話 小鳥遊翔前編

ーー小鳥遊翔11歳


「へー、何で?」

 何で。

 それが俺の昔の口癖だった。他人は俺には理解できないこと、分からないことをすることが多い。

 どれだけ考えても分からないから、何でそんなことをしたのか。

 それにとても興味があった。

 しかし、何度も行動の原理を知りたがる俺を煩わしく思ったのだろう。

 段々と周りは俺から離れて行った。


 そんな中、俺には唯一の友人がいた。

 名前は神谷悠真かみやゆうま

 俺の小学生時代の唯一の友人……だった人間だ。


 パチ……パチ……。

 同級生から煙たがられ、独りぼっちだった俺は、同じく一人でいた神谷に声をかけた。

 

「それ、面白いの?」

「……」

 

 神谷は軽く顔を上げ、俺を見ると、何も言わず無言で駒を打ち始める。

 

「あれ、神谷君。なんで無視するの? それ、面白いの?」

「うるさいなー、一人にしてくれない?」

 

 質問をする俺に、神谷はうるさそうに表情をゆがめ、俺を追い払おうとする。

 しかし、俺は気にせずに質問を続けた。

 

「それって二人でするものじゃないの? 一人で何してるの?」

「何って……将棋だよ。詰将棋。集中したいんだ。もうどっか行ってくれ」

「将棋って……何? 面白いの?」

「……は? 小鳥遊君、将棋を知らないの?」

「うん、知らないよ。でも箱が二つあるってことは二人でやるものじゃないの? 何で一人でやってるの?」

 

 神谷は、俺が将棋を知らないことにひどく驚いていた。

 当時、俺は将棋というものを知らなかった。父親がすでに仕事をしておらず、部屋に引きこもっていた俺の家にはテレビもスマホもなかったからだ。

 ただ、箱が二つあって、同じ駒が最低二つある事から本来は二人でやるものだと俺は推測した。

 だから、一人で悩みながらパチパチと駒を動かしている神谷の行動が理解できなかった。


「それは……この学校には将棋がうてる人間がいないから……。やってる人もほとんどいないし」

「ふーん。その詰将棋ってのは一人でやるものなんだ」

「そうだよ。……小鳥遊君、本当に何も知らないんだね」

「うん。だから教えてよ。将棋の面白さを」

「え! あ……う、うんいいよ! そっち座りなよ!」

 

 神谷は俺の申し出にひどく驚いていたが、すぐに笑顔になり、俺に将棋の指し方を教えてくれた。

 

 将棋に興味があったわけじゃない。

 ただ知りたかったのだ。俺には理解できない行動や考えをする人間の気持ちを。

 俺に将棋を教えるとき、初めて見たような笑顔をする神谷の気持ちを知りたかった。


 それからというもの、俺は昼休みや放課後に神谷と将棋を指すのが日課になっていた。

 神谷は本当に将棋が好きなようで、仏頂面だった今までが信じられないほどあれこれと教えてくれた。

 将棋の駒の動かし方などはもちろん、戦術や詰め方。


「プロの棋士になりたいんだ」

「プロの棋士って儲かるの?」

「トップになればね。まあでもプロになれば食うのに困るって人はいないはずだよ」

「へー!」

 パチ……パチ……。

 そんな音を教室に響かせながら神谷は夢を語っていた。

 俺はそんな神谷に疑問をぶつける。

「でも、この時間勉強にすれば、もっとお金を稼げるようになると思うよ」

 そういうと、神谷は苦々し気な顔に変わる。

「嫌だよ、勉強なんて。僕は一つのことを極めたいんだ。算数や国語なんてやったってどうせ将来使わなくなるんだよ? そんな無意味なことをするくらいなら将棋に時間を使ったほうがましだよ!」

「なるほど」

「そのためにも奨励会に入りたいんだけど……」

「入りたいんだけど……?」

「研修会でもなかなか上に行けなくて……お母さんにも結果が出ないならやめなさいって言われるんだ」

「へー」

 

 俺はのんきにそう返すと、何が不満なのか、神谷は眉を顰める。

 

「へーって……小鳥遊君、ちゃんと聞いてるの?」

「聞いてるよ! 神谷君のお母さんがプロの将棋を諦めなさいって言ってるんだよね?」

「そうだよ……はぁ……今度の将棋大会で結果出さないと……。はい王手」

「おっ! 参りました。神谷君は強いねー、また負けちゃったよ」

「将棋指してたった2か月の子に負けるわけないじゃん! プロ目指してるんだから!」

「それもそうだね」

 そう言うと、神谷は俺の王が詰まれた盤面を見ながら名残惜しそうにしながら立ち上がる。

「本当はもっと小鳥遊君と将棋を指したいけど今日は……」

「研修会だよね? 頑張ってね」

「うん! じゃあまたね!」

 

 そう言って、神谷はランドセルを背負って教室を走っていった。


「……」

 

 俺はその背を見送ると、一人で将棋の勉強を始めた。


 この2か月間、神谷の表情や口ぶりを観察し続けていた。

 そして、神谷が一番うれしそうに、そして楽しそうにしている瞬間がある。

 それは将来の夢を語っているときでも、俺に勝つ時でもない。

 ましてや将棋を指している最中ですらない。


 神谷が一番楽しそうにしている瞬間は、俺に『将棋を教えている』時だ。

 勝敗が決まって、俺の悪手や、自分の好手を話すとき、物凄い楽しそう表情と、ワントーン高い声で話すのだ。


 知りたい。


 普段仏頂面で、授業をつまらなそうに受けている神谷があんな嬉しそうにする理由を。

 その一心で俺は将棋を勉強した。


 その1か月後、神谷は将棋の県大会で優勝した。

 神谷は全生徒が集まる全校集会で壇の上で表彰され、珍しく嬉しそうにしていた。


「おめでとう神谷!」

「さすがだな! いつも将棋してるだけあるな!」


 普段、神谷との会話なんて全くしないクラスメイト達だったが、その日は違った。

 口々に神谷を称賛する声を上げる。

 それに対し、神谷も普段の突き放すような態度ではなく、たどたどしくも返事をした。


 放課後……。

 一夜にして人気者になった神谷と将棋を指していた。


「優勝おめでとう」

「ありがとう。小鳥遊君との将棋が息抜きになったのがよかったのかも。モチベーション高く指せたからね」

「へーそれはよかった」

 

 普段通りの雑談。

 だが、盤面が進んでいくにつれ、会話はなくなっていく。

 そして……。

 

「王手。僕の勝ちだね」

「……」


 その日、俺は初めて神谷に勝った。

 僅差ではあったものの、俺の駒は確かに神谷の王を詰ませていた。

 俺は早速神谷と同じように、神谷の悪手や自分の好手について語ろうとした。

 これでやっと神谷の気持ちが知れる。


 しかし、俺が口を開くよりも先に、神谷が焦ったような、慌てたような声を上げて盤面をぐちゃぐちゃにしてしまった。


「あ、あははは、油断しちゃった! ごめんごめん、今のなし! 手加減しすぎちゃったよ! もう一回やろ! 次は本気出すから!」

「え、うん。いいけど」


 せっかく神谷の気持ちを知れるチャンスだったのに、などと思いつつ、神谷の提案に頷く。

 パチ……パチ……パチ…………パチ……パチ…………パチ……パチ………………パチ……パチ……………………。


「「……」」


 無言の時間が続く。だが、徐々に神谷の指す速度が遅くなり、盤面を見ても神谷の劣勢は明らかだった。


「王手飛車取り」

「あっ!」


 桂馬を置いて、王か飛車を必ずどちらかとれる手を俺が指すと、神谷は驚いた表情をして固まってしまう。

 この桂馬は絶対取れない。故に飛車を捨てて、王を動かすしかない。

 だが、それがなくてもすでに盤面は俺の優勢。

 飛車をとられればもはや神谷の劣勢は覆らないような盤面であった。


「…………」

「……?」


 神谷は動かなかった。

 もはや王を動かすしか手はないのにもかかわらず、俯いたまま固まっていた。

 どうしたのだろうか。待つのは嫌いではないが、盤面を見ても王を動かす以外選択肢があるとは思えない。

 

「……」


 俺は黙って神谷の次の手を待つ。

 だが……。


 ポタッ……ポタッ……。


 神谷の机に水滴が落ちる。

 何だろうと思い神谷を見てみる、神谷は肩を震わせ涙を流していた。

 俺はそれを見て、焦り、慌てて声をかける。


「ど、どうしたの神谷君! お腹痛いの? 保健室行く?」


 心配して声をかけた俺に、神谷は涙交じりの声でこう答えた。

 

「……ずるした」

「え……?」

「小鳥遊君がずるしたんだ! そうじゃなかったら僕が負けるはずがない!」

「え? いやずるなんてしてないよ! 普通にうったよ! 見てたでしょ!?」

「僕は県大会で優勝したんだ! その僕が将棋初めて3ヶ月しか経ってない小鳥遊君に負けるわけないじゃん!」

「そんなこと言われても……」


 困惑する俺に、神谷はズルだズルしたんだと叫ぶ。

 そこに、クラスメイトがやってきた。


「どうしたの、神谷君?」


 そう聞いたクラスメイトに対し、神谷は叫んだ。


「小鳥遊君がずるしたんだ!」

「いやしてないよ! 普通に指してたじゃん!」


 ずるをしたと叫ぶ神谷と、ずるはしていないと言う俺。

 クラスメイトが信じたのは神谷だった。


「小鳥遊君、いくら勝てないからってずるするのはよくないよ!」

「いや、ずるなんてしてないよ。普通にやって僕が勝ってたじゃん!」


 神谷の肩を持つクラスメイト達に俺は必死に自分の正当性を主張した。

 しかし、クラスメイト達は俺の言葉を信じてくれず、神谷の肩ばかりを持った。

 

「神谷君は県大会で優勝する実力だよ? 素人の小鳥遊君が勝てるわけないじゃん」

「そうだよ! 勝てるわけないじゃん!」

「いや何でそうなるのさ。じゃあもう一回やろうよ! それでまた僕が勝つから!」


 俺は自分の無実を証明しようとそう叫ぶ。正直、何回やってももう神谷に負ける気がしなかった。

 だが、神谷は駒をぐちゃぐちゃにして、箱にしまいながら叫ぶ。


「ずるするような奴と将棋やりたくない! もう小鳥遊君とは将棋は指さない!」


 そう言って将棋盤をもって教室から出て行ってしまった。

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