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迷宮学園の落第生  作者: 桐地栄人


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第百三十八話 ゴブリンアビス

血と鉄と、汚物のような匂いが辺りに充満する。


「グギャーー!」

「っ!」


 振り上げられた刃が下ろされる前に、俺の剣がゴブリンアビスのクビを切り落とす。


 あと6体。


 俺の隙を突いて足を狙ってきたゴブリンアビスの両目を抉り、顔面を鷲掴み握りつぶす。


 あと5体。


 黒いモヤを振り切るように二体のゴブリンアビスが飛び込んでくる。

 俺は剣を大きく振り払い、二体を同時に斬り捨てにかかった。


 しかし、一体が俺の剣を防ぎ、もう一体がその隙に俺に肉薄する。


「おらっ!」


 俺はそれを渾身の力を込めて、二体もろとも両断した。


 あと3体。


「ぐっ!」


 脇腹に鈍痛が走る。

 俺の脇腹には二体目のゴブリンアビスが突き刺したナイフが刺さっていた。

 だが、抜いて止血をしている暇はない。

 三体は俺を囲むように陣取り、俺の隙を伺い出す。


 身体中が痛い。距離を取り、何度か花園のスキルで回復をしたのだが、それでも尚、俺の身体は傷だらけだった。

 それも後三体で終わりだ。


「はぁはぁ……」


 呼吸をするだけで肺が痛い。剣を握る手のひらが痛い。立っているだけで足が痛い。ナイフが刺さったままの脇腹が痛い。


 それでも俺の激情は枯れ果てていなかった。


「グギャァーーー!」


 俺の前に立っていたゴブリンアビスが叫ぶのと同時に、俺の死角に回り込んでいた二体のゴブリンアビスが飛び出してくる。


 俺も同時に前に走り出し、俺を待ち構えているゴブリンアビスに迫る。

 目の前のゴブリンアビスは、俺の攻撃を防ぐつもりらしい。どっしりと構え、ナイフを逆手に俺を睨みつける。


 だが、目の前のゴブリンアビスに剣が届く直前で俺は振り返り、背後の二体のゴブリンアビスに向かっていく。


「グギャッ!?」


 俺の背後のゴブリンアビスは防御姿勢になっていて、動き出せないでいた。俺は右のゴブリンアビスを一撃で叩き切ると、すぐさま切り返しで左のゴブリンアビスを切り付ける。


「グギャァ!」


右のゴブリンアビスは一撃でモヤとなって消えたが、左側のゴブリンアビスはナイフを持った右腕を切り飛ばしただけで、まだ生きていた。

 即座にゴブリンアビスの顔面を鷲掴み、背後でやっと動き出したゴブリンアビスに投げつける。

 それと同時に俺は即座に飛び上がる。


「終わりだ……」


 重なった二体のゴブリンアビスの胸に、全体重をかけてヘビーメタルソードを深々と突き刺した。


「グギギギギ……」


 ゴブリンアビスは胸に突き刺さったヘビーメタルソードを外そうと、左手で持ち上げようとするが、俺はさらに体重をかけてさらに深く突き刺す。


「グギ……」


 パタリとゴブリンアビスの左手が力無く落ちるのと同時に、二体同時に黒いモヤとなって消えていった。


「はぁ……はぁ……。終わったのか……」


 俺はヘビーメタルソードを片手に、近くの岩に背中を預け、座り込む。


「ゴホッ、ゴホッ……」


 身体中が痛い。安心すると同時にアドレナリンによって忘れていた脇腹が熱くなり始め、全身の傷が痛み出す。


選択(セレクト)


 俺は傷を治すため、スキルを変更し魔法を唱える。そして、スキルを唱える前に脇腹のナイフを掴み、気合を入れて一気に引き抜く。


「グウゥゥ……」


 ブシュッという音と共に俺の脇腹から生暖かい血が噴き出し始め、さらに痛みが増して失神してしまいそうになる。

 それでも俺は冷静に魔力を込め、魔法を唱えた。


「ハイヒール」


 使うと同時に、身体中の傷が見る見るうちに塞がっていき、流れていた血が止まった。


「はぁ……はぁ……」


 ゴブリンアビスは全滅させた。周囲に敵影はなく、残ったのは俺との戦闘によって抉れた大地だけだった。


「魔石すら残さないとは……全く、割に合わない戦いだった……」


 これだけ頑張ったというのに一円にすらならないとかふざけてるのも大概にしろ。


「……生き残ったか」


 死を覚悟して俺はここに来た。境界崩壊(スタンピード)が過去にどれだけの被害をもたらしたかを知っていたからだ。

 しかし、俺は境界崩壊(スタンピード)を防ぎきったのだ。

 

 正直拍子抜けだ。

 まさか自分一人で防ぎきれるとは思わなかった。ヘビーメタルソードは欠ける事なく、俺の魔力はまだ半分以上残っている。


 余裕ではなかった。


 忘れていただけとはいえ、花園のステータスをコピーしたままでよかった。花園の回復や複数のバフスキルがなければ最初の50体辺りで力尽きていた。

 

 赤崎の剣聖がなければそもそもまともな戦闘にすらならなかっただろう。


 だが、それでも一人で境界崩壊(スタンピード)を止められるとは思わなかった。というか、300体くらいなら日本中から探索者を集めればなんとかなっていた可能性は高い。


「死傷者は出てただろうけど……。それを考えれば、まあこの結果が最善か……ゴホッゴホッ!」


 そして、俺の脳裏に浮かぶのは、星空の顔だった。


 星空は俺のことを好きだと言った。それに対する答えを、俺はいまだに持っていない。とはいえ、このままなあなあにするのも情けないように感じる。


 帰るまでに何かしらの答えを用意しなければならないだろう。


「……はぁ」


 人付き合いは面倒臭い。知ろうとすれば嫌がられるのに、離そうとすれば好意を寄せられる。


 訳がわからない。


 だが、俺はそれを嫌とは感じていない。五年前のあの日、他人に興味を持つことをやめたはずなのに、俺は今でも他人に期待しているのだろう。


「……帰ったらちゃんと話さないとな」


 話し合って知るのだ。星空と如月の思いを。


 そう思って足に力を入れて立ち上がり、顔を上げた。


「……あ?」


 俺の視線の先、そこには未だ赤いままの空(・・・・・・・・)が変わることなく世界を染めていた。


 境界崩壊(スタンピード)は終わったはず。それならばアナウンスがあり、空の色は戻るはずだ。


 そう思った次の瞬間ーー。


『……第一フェーズ終了。……討伐数第一位小鳥遊翔。討伐数326体。…………規定値を超えていた為、セクションを第二フェーズへと移行します』


「……は?」


『第二スタンピード……開始』

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