第百三十三話 すれ違い
疑う視線を向けてくる金剛に、改めて問う。
「それで、星空に謝るのか、謝らないのか、どっちだ?」
「……」
俺が二択を迫ると、金剛は何も言わずに黙ってしまう。
なぜ黙る。俺は難しいことは言っていないはずだが。
そう思いながらも、金剛の次の言葉を待つ事にする。
そして……。
「星空ぁ!」
「えっ!な、何?」
金剛はそう叫ぶと、パッと頭を下げ、続けてこう叫ぶ。
「悪かった!」
「「「えっ!!!!???」」」
後ろの星空や如月達、そして周りのギャラリー達も含めて一斉に驚きの声が上がる。
何を驚くことがあるのやら。
俺に負けたら星空に謝罪する。そういう約束をしたのだから金剛が謝るのは当たり前だ。むしろ謝らなかったら俺が驚いていたところだ。
軽く後ろを向いて、背後で驚いた表情で固まる星空に声を掛ける。
「金剛はああ言ってるが、どうする?」
「えっ!あ……うん。別にもういいよ。正直なんて言われたのかも覚えてないし……」
星空もバツが悪そうに金剛を許した。星空もなんて言われたのか覚えていないらしい。正直俺も覚えてない。
まあ金剛が謝って星空が許したのだ。よし、これで一件落着。
俺は身を翻し、帰路に着こうとする。
しかし、背後からの怒声に阻まれる事になる。
「ちょっと待てやごらぁ!テメェ俺に頭下げさせといてそのまま帰れると思ってんじゃねぇよ!」
「半年前の事は今決着がついたんじゃないのか。なら、もうこの話は終わっただろ」
「終わってるわけねぇだろうが!馬鹿にしてんのか!?」
「いや、馬鹿にはしていないが……。なんだ、お前はどうして欲しいんだ?」
俺の言葉を聞くと、金剛は剣を抜き、俺の方に指して叫ぶ。
「俺ともう一度決闘しろ!」
「は?」
俺は嫌な顔をして聞き返す。
一瞬、金剛が冗談を言っているのかと思い、金剛の顔を見るが、とても冗談を言っているようには見えない。
「本気で言っているのか?」
「当たり前だ!テメェを倒すために、俺はこの三ヶ月血反吐を吐くような思いで迷宮に潜ってたんだからな!」
「へー……」
そんな相槌を打つが、俺は全くピンと来ていない。
俺を倒す為に血反吐を吐くような思いで迷宮に潜った? 何故?
俺に殴られたこと、金剛曰く負けたことがそんなに悔しかったのだろうか。
人生において負ける事はよくある日常的な事。俺もオンラインゲームで度々敗北するが、俺を負かした相手の事なんて一々覚えていないし、そいつを倒す為に血反吐を吐くような努力なんてしない。
しかし、金剛はそれをすると言う。
「お前、人に負ける度にそんな事してたら身体がもたないぞ」
などと、つい親切心で言ってしまった。人に負ける度に血反吐を吐くような思いで努力する金剛を不憫に思ったからだ。
しかし、金剛はさらに腹を立てたようで更に強い剣幕で怒鳴ってくる。
「人の心配より自分の心配しろ!余裕ぶっこきやがって!てめぇさっさと決闘受けろ!」
「いや決闘する気なんてないから。理由がないだろ」
「お前になくても俺にはある!テメェに負けたままじゃ俺は前に進めねぇんだよ!」
「いや、迷宮に入ってレベル上げしてるなら順調にステータス上げられてるだろ。前に進んでるじゃん」
全く何言ってんだ、金剛は。
レベルを上げればステータスが上がる。ステータスが上がれば強くなり、下の階層へ行ける。
俺に勝てないと前に進めないなど嘘っぱちもいいところだ。
堂々と嘘をつく金剛に、俺は思わず呆れてしまう。
しかし、金剛は首を横に振り叫ぶ。
「そう言う事じゃねぇ!」
「そういうことじゃない?ならどういうことなんだ?」
「あー、ほんっと話が通じねぇな、テメェはよぉ!」
「それはこっちのセリフだ。お前が何言ってんのかさっぱりわかんねぇよ」
逆ギレをする金剛にますます呆れてしまう。何で金剛が怒っているのだろうか。怒りたいのは意味の分からない無駄話に付き合わされてる俺の方だろ。
「「……」」
俺と金剛に間が空く。
会話のキャッチボール的に俺が投げかけたのだから投げ返すのは金剛の方のはずだ。
しかし、いくら待っても金剛は言葉を返してこない。
特に話すこともないのならもう帰ってもいいだろう。
そう思い、俺は金剛に背を向けて歩き出す。
「くそっ……」
俺が背を向けると背中から小さくそんな声が聞こえてくる。
俺はそれを無視して後ろにいた星空達に声を掛ける。
「話が終わったみたいだからこのまま迷宮探索に行くか」
「……ええっと、よかったの?」
早速当初の目的通り、スキル検証に迷宮に潜ろうと提案すると、星空が不安そうな複雑な表情で俺にそう聞いてきた。
「何が?」
「金剛との話………」
「金剛の話? もう終わっただろ」
星空は一体何を言っているんだか。金剛からの決闘の誘いは受ける理由がないから受けない。それで話は終わりだ。
「そう……。ワン君がそう決めたならいっか!行こっ!」
「ああ」
星空たちも納得したようなので、俺は迷宮へ入ろうと歩き出した。
そして一歩を踏み出した時だった。
「ひっ!」
背後から複数の女子達の息を呑むような悲鳴が聞こえてくる。
しかし、俺は振り返るまでもなく、その原因を知る。
「空が……赤く……」
先程まで雲ひとつない青空だったはずだが、それが夕焼けよりも遥かに赤く染まっていた。
「これって……」
「境界崩壊……」
如月と文月が絶句したようにそう呟く。
境界崩壊。
境界崩壊の時のみ現れる強力無慈悲な魔物が人間を殺す為に迷宮外へと溢れ出す災害。
迷宮に一切の興味がなく、オンリーワン達すら知らなかった俺でも知っている程、世界に知れ渡った大災厄だ。
世界中で過去五回。迷宮は境界崩壊を起こし、その度に万を超える死者を出してきた。
それが今、この日本で起ころうとしている。
場は騒然とし、星空や如月達、金剛や周りの生徒達も突然の事態に顔をこわばらせ、固まっている。
そんな最中、無機質な音声が日本中に響き渡る。
『準備期間が終了しました。セクションをフェーズ1へと移行します。…………対象迷宮に探索者を確認できませんでした。迷宮付近の探索者を検索…………対象を確認。迷宮内への転移を実行します』
「は?」
「……え?どういうこと?」
「転移……?」
世界に広まっているスタンピード実行時の音声に転移をするなどという文言はない。
知っている文言と違いがあり、周りがざわつく。
かくいう俺も眉を顰める。
迷宮付近の探索者とは……。
俺は嫌な予感がして目の前を見る。
俺の目の前には、この東迷学園が占有する迷宮、中央迷宮への入口である大穴が開いている。
迷宮付近。一番近くなどとは述べられていない為、俺の嫌な予感が外れる可能性は大いにあり得る。
だがそれでも俺の勘がここから離れるように告げている為、迷宮から離れるように一歩後退りをしたが、既に遅い。
「えっ……!」
背後から聞こえてきた声に振り返ると、星空達の足元に幾何学的な模様が浮かび上がり、光り輝いていた。
そして、それは俺の足元にも浮かび上がっていた。
「星空!」
「ワン君!」
星空がこちらに手を伸ばしてきて、俺もその手を取ろうと手を伸ばす。
しかし、それよりも早く輝きが増し、俺の手は何も掴むことなくからぶる事になった。




