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迷宮学園の落第生  作者: 桐地栄人


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百三十話 弁当

昼休みになり、文月達からお弁当を貰い部室に行くために立ち上がる。


「キュイキュイ!」


俺の気配に気づいたフェイトが、文月の膝の上から机の上に上り、俺に声を掛けてくる。


それを無視して、二人から弁当を受け取ろうとする。

しかし、二人はニヤニヤとしながら俺を見て、フェイトを差し出した。


「今日はフェイトも連れて行って」

「驚くわよ」

「は?……まあいいが」


珍しいな。今までお昼は必ずフェイトとご飯を食べていたのだが、今日は俺に預けるらしい。


二人はニヤニヤしながらフェイトを渡してくる。


それを見ても俺は特に言及することなく受け取り、そのまま肩に乗せる。

お弁当箱もいつもより重い。フェイトの分も入っているのだろう。


「じゃあな」


理由は聞かない。彼女達もフェイトのいない所で自由に昼ごはんを食べたいときだってあるだろうから。


そう思って身を翻し、教室を出る。


教室を出ると、すぐに肩に乗ったフェイトが羽をバサバサと動かし出す。


「キュイキュイキュイキュイ!」


何故か分からないが、フェイトが俺の肩の上で歌っている。

獅子の後ろ脚をバタバタと俺の肩甲骨辺りにぶつけている。


「キュイキュイキュイキュイ!」


何の歌か分からないがリズムを刻んでバタバタしている。俺はそんなものは見せていないので、文月辺りが教えたのだろう。


歌っているフェイトを肩に乗せるとめちゃくちゃ目立つ。


「フェイトちゃん歌ってる!」

「フェイトちゃんかわいい!」

「キュイキュイダンス可愛い!」


普段もチラチラ見られるのだが、フェイトを見て手を振ってくる生徒や、指を刺してくる生徒が増える。


キュイキュイダンスって何だ。まさかこのフェイトが歌ってる姿のことか。


「キュイキュイキュイキュイ!」


ずっと歌っているフェイトを肩に乗せたまま部室に到着し、そのままノックもせず無遠慮にドアを開ける。


ドアを開けると、星空達のワーチューブ配信用にコーディネートされたオシャレな部屋の中心に星空と文月と如月が座っていた。


「お!来た来た!ワン君、やっほー!フェイトちゃんも今日も可愛いねー!」

「来たわね、小鳥遊!」

「遅かったわね、翔」

「星空に……お前らか。珍しいな」

「キュイ!」


フェイトも星空のことを記憶しているらしく、よっというように前脚を上げて挨拶をしていた。


どこでそんなジェスチャーを覚えたんだか。


「小鳥遊、どうだった?」

「何が?」

「フェイト、歌ってたでしょ?めっちゃ可愛くない!?」


呆れる俺に、文月が興奮しながら聞いてくる。


「特に何も。耳元でうるさかった」

「はぁ?」

「キュイ!?キュイキュイ!」


文月が顔を怒らせ、フェイトが俺の頬を噛んでくる。


「いてっ!やめろフェイト!」

「キュイキュイ!」


何故かフェイトも怒っている。正直に答えただけだろ。

文月も怒って立ち上がり、俺に近づいて来る。


「もう!本当に心無きなんだから!こんなに可愛いのに!フェイトを返しなさい!」


そう言って俺の手からフェイトを取り上げる。


「キュイー……」

「はいはい!フェイトはいい子ねー。こいつの心がないだけだから大丈夫よー」


落ち込んだフェイトを文月が慰めている。

それを無視して、いつもの定位置に座ろうとする。


しかし、今度は星空が手招きをして俺は空いている席に座らせてくる。


「ワン君!今日はこっち!」

「あ?」


そう言って案内されたのは星空の対面の席だった。


何だろうかと疑問に持ちながら上履きを脱ぎ座布団に座る。

俺の対面には笑顔の星空が座っており、左側には呆れた顔で俺を見る如月が座っていた。


すぐに俺の右側の席に文月が座ってきて、机の上にフェイトを置く。

フェイトの怒りは収まらないようで、俺にキュイキュイと怒っている。


「で、何だ?」

「キュイキュイキュイキュイ!」


それも無視して俺が星空に聞くのが、それを遮るように、フェイトは肩から机でまた歌い出す。


更に先程までと違い、羽をばたつかせ、前脚まで合わせて足踏みをし始めた。


「「「かわいいーーーーー!!!!」」」


星空達が俺を無視してバタバタしているフェイトを動画で撮り始めた。


「本当に踊ってるー!!歌も上手い上手い!」

「一生懸命踊ってる姿がときめくわよねー!」

「でしょー!頑張って覚えたものねーフェイトー!」

「キュイ!キュイ!キュイ!キュイ!」

「……」


これで踊っているのか。

歌もキュイキュイ言っているだけだろ。

しかし、よく聞いてみると、確かにリズムをちゃんと刻んでいるように聞こえる。

三人に作曲能力があるとは思えない。だとするならば何かしら今流行っている曲なのだろう。


「何の歌なんだ?」

「最近流行りのボカロ曲だよー!っていうかワン君見てないの?」

「何を?」

「フェイトちゃんのショート動画!もう、バズりにバズりまくってるんだから!!」


そう言ってスマホの画面を見せてくる。


そこに映っていたのはフェイトが音楽に合わせて踊って歌っている動画だった。


踊りはカクカクだし、歌もキュイキュイ言っているだけだ。


しかし再生数を見るとわずか二日で500万再生を超えている。


コメント欄もめちゃくちゃ盛り上がっており、そのどれもがフェイトを見てかわいいだの癒されるだのと書き込んでいる。


「一生懸命踊ってるー!可愛いーー!!」

「キュイ!キュイ!キュイキュイ!」

「……」


目の前ではフェイトが動画の踊りと似たような踊りを披露している。


その様子を星空が動画で撮っている。


「キュイキュイ!」

「うんうんうんうん!」

「そうそう!いい感じ!」

「本当に可愛いわねーフェイトは」

「……」


三人がフェイトを褒めて手を叩いている。フェイトも楽しそうに歌いながら踊り続けている。


このままでは埒があかないな。

そう思って手を伸ばし、フェイトの首根っこを掴む。


「あっ!」

「ちょっと!」

「あんた!」

「キュイ?」


フェイトは、何、と言わんばかりに俺の方を振り向く。


「話の最中だ。昼飯でも食べてろ」

「キュイ?キュイ!」

「もうー!せっかくフェイトちゃんが踊ってる希少なシーンを撮ってたのにー」

「空気読みなさいよ!」

「こんな可愛い踊り止めるなんてどんな神経してんのよ!」


話を進めようとフェイトを止めると、三人から大バッシングを受けてしまった。


「撮りたいのなら後で好きなだけ撮ればいい。それよりも話って何だ?」

「もうー!ワン君はせっかちなんだから!」

「この場所に座らせたのは星空だろ。いいから本題に入れ」

「まったくー。んーまあ話に入る前に一つ確認したいんですけど、これ見た?」


そう言いながら星空が見せてきたのは、見たこともないハヤトとリョウという二人のワーチューバーの動画だった。


「『世界で最も未知な探索者ザ・ワンについて』……?」


迷宮に関する情報を総合的に扱うワーチューバーで、俺の情報も扱っているようだ。

しかし、俺の情報を取り扱っているワーチューバーなど、今更珍しくも何ともない。

だからなんだと言うのだろうか。


「これが何だっていうんだ?」

「まあ見てみて!話はそれからだよ!」

「ああ」


星空に促され、動画を確認する。


……。


動画を見終わった俺は星空に問いかける。


「ここまでバレてるのか。『コピー』と『ステータス値超上昇』か。正答率50パーか。それで……これがどうした?」

「うーん、ようはワン君のスキルが世間にバレて来てるんだよねー」

「そうよ。私なんて読モの仕事行ったらめっちゃ聞かれるんだから」

「そうね。私も毎回聞かれるわ」

「へー。それは悪かったな……。ちょっと待て」

「ん、どうしたの?」


三人の話を聞きながら弁当箱を開封し、その中身を確認して話を止める。


「俺の弁当箱ってこっちだよな?」


そう言っていつも渡される弁当箱を指差す。


「そうよ。いつもそれでしょ」

「ならこっちの俺の弁当箱より一回り大きい方は誰のだ?文月のか?」

「そんなわけないでしょ。フェイトのよ」

「え……?」


俺の弁当箱より一回り大きい銀の弁当箱の中身は、確かにフェイトの小さい口に合うよう小さくまとめられていた。


さかし、俺の弁当箱よりも明らかに量が多く、種類も多い。一体どういうことなんだ、これは。


「フェイトの方が美味しそうなんだけど」

「気のせいじゃない?フェイト、あーん」

「キュイー」


俺が聞くと、文月は素知らぬ顔でフェイトの口に弁当箱の中身を上げている。


「フェイト、お前まさかいつもそんな飯食べてるんじゃないだろうな?」

「キュイ?」


文月からもらったご飯をもぐもぐ食べていたフェイトに声をかける。

その表情からは何も感じられない。


しかし、喜んでいないことからも特別豪華なご飯ではないことがわかる。


つまり、フェイトは俺のいない所でこのレベルのご飯を食べているということだ。


「お前……俺は今朝シリアルに牛乳だけかけて食べたんだぞ?」

「キュイ」

「そんなことフェイトに言っても仕方ないでしょ」

「そうだよワン君」


如月と星空がフェイトの肩を持つ。


「フェイトは赤ちゃんなんだから一杯食べて大きくならないと」

「いくら魔物でも育ち盛りの男子高校生より食べるなんてことはないだろ」

「食べるわよ。いつもこれくらいね」

「そうだっけ?」

「そうよ。あんたも横で見てるでしょ」


フェイトの食事量なんていちいち見てなかった。


そういえばフェイトはよく食べるな。肉も野菜も魚も何でも食べる。


ネズミやウズラは食べないのにちゃんと調理された美味い飯は食べるのか。


「ご主人様より美味い飯食べてるペットなんてこの世でお前だけだぞ、フェイト」

「自分のパートナーのご飯を他人に任せてるのも世界であんただけよ」

「フェイトがネズミもウズラも食べないから仕方ないだろ。何なら俺と一緒にシリアルでも食うか、フェイト」


俺がそう聞くと、フェイトは首を背け文月の弁当箱を食べ続ける。


「キュイ!」

「ほらみろ。文月が美味いもの食わせすぎて舌が肥えちゃってんだ」

「栄養のあるご飯をあげてるだけよ。あんたも同じもの食べてるじゃん」

「昼だけな。しかも俺の方が小さい」

「もう、ワン君!フェイトちゃんのご飯にケチつけないの!」

「そうよ。あんたの分はいつも通りあるでしょ」

「そりゃそうだけど……」


二人にそう諭されるも、なんかモヤモヤする。そんな俺を見かねたのか、星空が対面から箸を伸ばし、おかずを取って俺の口に運んでくる。


「はい、あーん」

「あーむ。……美味いけどさ」


それを見た如月も、俺の口におかずを入れてくる。


「そうそう。ほら、もっと食べなさい」

「あーむ。これも美味い」


星空の弁当も美味いな。如月の弁当も相変わらず美味い。


しばらく二人から追加のおかずを貰いながら自分の弁当を食べ終わる。


「ふぅ、食った食った」


そう独り言を呟き、床に倒れ込む。


「それで、俺に何か聞きたいことでもあるのか?」

「あ、そうそう!ワン君とフェイトちゃんが可愛いから忘れてたよ!」

「そういうのいらないから早く先を言え」


俺がそう言うと、何故か三人が姿勢を正し、真面目な顔になる。


そして、三人は視線を交差させ、アイコンタクトを行い、星空が代表して、聞いてくる。


「ワン君の二つ目のスキルって何?」

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