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迷宮学園の落第生  作者: 桐地栄人


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第百二十七話 破滅の星ウィリアム・エバンス

無事迷宮から脱出したレモンドは、その足で迷宮管理局に走って行き、上層部に直談判する。


「今すぐフランス中の探索者を集めてくれ!それと市民の避難は何で全然進んでないんだ!すぐ大量の魔物が来る!」

「落ち着きたまえ。市民の避難は時間が掛かる。それにまだ魔物が迷宮の外に出ると決まったわけではないだろ?」

「そんなこと言っていたら手遅れになるぞ!重装だったとはいえ、全速力のクラージュより足の速い魔物だ。そして強さもな。そんなのが地面が揺れるほどの大群でやって来ている。対処を謝れば最悪の事態になる!」

「安心したまえ。君達の話を聞いてすぐにパリで一番足が速い斥候がその大群とやらを監視しに行っている。もうそろそろ……」


そう言うと、ちょうど斥候から連絡が入る。


「もしもし、こちらパリ迷宮探索管理事務局執務長オレリアン……」

「こちらバノワ!今パリ迷宮の四層にいる!」


オレリアンは名乗っている最中に遮られ、不快を隠さない声音で聞き返す。


「何だね、そんなに急いで……」

「魔物だ!魔物の大群がもうすぐそこまでやって来ている!」


走っているのか、バノワは叫びながらそう伝えてくる。


「大群ねぇ……。100か?200か?」

「そんなレベルじゃねぇ!500、600……下手すりゃ1000を超えるぞ!」

「1000?そんな筈がないだろ!ちゃんと数えたのか?」

「わかんねぇよ!とにかくたくさんだ!」

「……魔物は何だ?ゴブリンか?ウルフか?」

「ゴブリンとウルフだ!」


バノワがそう叫ぶと、オレリアンは頬を緩ませる。


「何だ、ゴブリン程度でそんな焦っておったのか。そんな雑魚共の千や二千いたところで話にならん」

「普通のゴブリンじゃない!全員頭に紫色の魔石をはめてやがる!圧も半端じゃねぇ!恐らく四十層前後の力があるはずだ!」

「四十層前後?ゴブリンキングでもいたのか?」

「わかんねぇよ!とにかく防衛を整えることを進言する!このままじゃあレモンドが言ってたように本当に魔物達が外に出てくるぞ!じゃあな!」


そう言って通話が切れる。


「……」

「オレリアン、聞いての通り単なるゴブリンじゃない。単なるゴブリン程度ならあいつらが……クラージュ達が止められない筈がない」

「……そのようだな。政府に掛け合おう。すぐに市民の避難とフランス中の有力なパーティーを要請する。既にウィリアムには帰還を命じてある。彼が帰ってくるまでの時間くらいは稼がねば、迷宮が生まれて以来かつてない災厄となる可能性がある。

「ああ。それとクラージュ達の救援も頼む。きっと生きている筈だ」

「……分かった」


ゴブリン達が上層に上がって来ていると言うことは、クラージュ達が生きている確率はもはや絶望的だろう。


それでも魔物達を見て早々に逃げ出した可能性は捨てきれないし、せめて遺体くらいは回収したい。


それから一時間後、緊急で集められたパリ周辺の探索者達が、パリ迷宮の入り口の前で武器を持って待ち構える。


「そろそろだ!偵察を撃つなよ!合図を待て!」

「「「「おう!!!」」」」


初撃は魔法使い達による魔法攻撃と、弓矢による遠距離攻撃で数を減らすつもりだった。


パリ周辺でも最も足の速い探索者が命懸けで正確な敵の情報を集めるべく偵察を行っている。


彼らの帰還を待ち、それに合わせて魔法で罠を仕掛ける予定だった。


しかし、十分前からその偵察からの連絡が途絶えてしまっていた。


逃げるのに必死で連絡する余裕がないのか、それとも捕まって殺されたのか。


どちらにせよ危険な状況には変わりない。


探索者の間で緊張が走る。


「来るぞ!大量なんてものじゃない!魔物の軍勢だ!」


感知系のスキルを持つものがそう叫ぶ。


すぐに他の探索者達も察する。


離れていても分かるほどの迷宮の入り口からの圧が高まって来ているからだ。


「まだだ!まだ撃つな!魔物が見えてからだ!」


今にも爆発しそうな雰囲気の中リーダー格の男、チーフが叫ぶ。


そして、数秒後、暗い迷宮の入り口から何かが飛んでくる。


それは冒険者達が魔物達を待ち構える壁の真ん前までゴロゴロと転がって来た。


「ボール……?……っ、いや、生首だ!バノワの生首が飛んで来たぞ!」


飛んで来た丸い物体は人間の生首だった。


その表情は死ぬ間際に恐ろしいものでも見たのか恐怖で固まり、恐ろしい形相のまま息絶えていた。


それを見て恐怖でざわつく冒険者をチーフが怒声で黙らす。


「落ち着けー!生首なんて俺らの職業じゃ珍しくも何ともねぇだろ!前を向いて重装のやつは盾を構えろ!魔法部隊は合図が出るまで魔力込めろ!」

「お、おう!」


その一言で探索者達は改めて統制を取り始める。


そして、その数秒後、一体の魔物が迷宮の入り口から歩いてくる。


「まだだ!まだ一匹だけだ!まだ撃つな!」


チーフが叫んでいる。


レモンドは魔法をいつでも打てる準備をしながらそのゴブリンを油断なく見る。


その見た目はゴブリンだ。

しかし、肌の色は真っ黒で、その身長は百四十センチほどと人よりは小さいものの、通常のゴブリンよりは二回りはでかい。更にはその額には紫色に輝く魔石が嵌め込まれていた。


それを見てレモンドは考える。


(報告があった時は深く考えなかったが、まさかあれが魔力供給源か?)


そう考えたが、レモンドが何かを喋る前にゴブリンが叫ぶ。


「ぎゃァァァァァあああああ!!」


それに合わせるように迷宮の入り口から大量の紫色のゴブリン、後にゴブリンアビスと呼ばれる魔物と真っ黒で額に大きな紫色の魔石を付けたウルフ、ウルフアビスが飛び出してくる。


「放てぇぇえええええええ!!」


同時にチーフから合図があり、ありたっけの魔力を込めた魔法が彼らに飛んでいった。




「そんな……パリが……」


ウィリアムとジャンヌがパリに到着した時、既にパリ市内は惨劇の中にあった。


街中に侵入した紫色の魔石を額に宿したゴブリン、ウルフ達は隠れている一般市民達を的確に探し出し、殺してまわっていた。


パリ迷宮を中心にその血の海は広がって行き、もはや対処は不可能に思われた。


しかし、ウィリアムの笑みは崩れない。


「ジャンヌ!ここは僕に任せて!ちょうど最近星魔法がレベル5になったんだ!これであいつらを一掃してみせるよ!」

「……えっ?」

「それじゃ!」

「あっ!ちょっ……」


驚くジャンヌを置いて、ウィリアムは転移でパリ上空に飛ぶ。


そして、眼下の惨劇を見下ろしてこう叫ぶ。


「みんなお待たせ!僕が来たからにはもう大丈夫!あとは全部任せてくれ!」


ウィリアムは屈託のない笑顔でそういうと、転移で赤い空に移動する。


そして、ゆっくりと両手を空に掲げ、魔力を練る。


ウィリアムの長い探索者人生でもかつてない程の魔力を込め、自身が使える最高クラスの魔法を唱える。


流星雨(メテオストーム)


ウィリアムがそう唱えると、パリの上空にかつてない程の巨大な幾何学模様の魔法陣が現れる。


そして、その魔法陣から赤く燃える巨大な岩が出現し、流星のような速度でパリ市内に落下した。


「はははは、みんな、見てくれ!僕が君達を魔物から守ってあげるからね!はははは!」


降り注ぐ隕石を見下ろしながらウィリアムは叫ぶ。


その眼下では、隕石の衝突により建物と逃げ惑う人々や動物、そして魔物達がバラバラに弾けて宙を舞う。


「ははははははは!!!!」


ウィリアムは笑う。この後待ち受ける賞賛の声と、拍手喝采の嵐を想像し、喜びが止まらない。


いいことをすれば褒められる。魔物を倒せば褒められる。人を救えば褒められる。


「素晴らしい!この世は何で素晴らしい世界なんだ!」


ウィリアムは、真っ赤な隕石が目前を通り過ぎ、地面に落ちていく光景と、粉々になった隕石と共に血と臓物と建物の破片が花火のように舞う美しい光景に酔いしれながら叫ぶ。


「さあ、世界中の人々よ!僕を讃えよ!!僕を崇めよ!!!この僕こそが世界の希望、希望の星(ベツレヘム)ウィリアム・エバンスだ!!!!」




ウィリアムの魔法によりパリ市内は更地と化し、動くものが何もなくなったとき、また空から声が降ってくる。


『第一フェーズ終了。討伐数一位ウィリアム・エバンス。討伐数875体。…………規定に達してませんでした。セクション終了。スタンピードを終了します』


その言葉が終わるのと同時に、空が元通りに戻っていく。


それを確認したウィリアムは転移で地上へと降り立ち、ジャンヌのもとにかけていく。


「おーい、魔物達を倒したよー!」


ウィリアムは手を上げながら、満面の笑みでそう叫ぶ。


しかし、ジャンヌから帰ってきたのは容赦のない平手打ちだった。パンっという乾いた音が無音となったパリ跡地に響き渡る。


「えっ……?」


突然顔を平手打ちされたウィリアムは目を白黒させて呆気にとられる。


そんなウィリアムに、ジャンヌは心の底からの憎悪と軽蔑を吐き出すように叫ぶ。


「貴方は、貴方は何て……何て事をしてくれたの!!」

「え?」


ウィリアムはジャンヌの思いもよらない言葉に唖然とする。


「何がだい?僕は政府や僕のファン達が望む通り、今回のスタンピードを止めたんだよ?」

「そうだけど……そうだけど!貴方、今の貴方の魔法でどれだけの人が亡くなったのか分かってるの?」


あまりに怒りすぎて息も絶え絶えに叫ぶジャンヌに、ウィリアムは平然と言葉を返す。


「僕が魔法を使わなかったらそれ以上の死人が出ていたんだよ?そもそも魔物のすぐそばにいたんだ。どうせ彼らは助からなかったよ」

「それでも、それでもあんな魔法放てばどうなるか分かるでしょ!」

「うん」


ウィリアムは怪訝な顔をしながら、自分の胸に拳をぶつけるジャンヌを見下ろす。


自分の魔法の威力やそれによってもたらされる破壊は事前に試して認識している。

ジャンヌの言う通り、こうなると分かっていて魔法を放ったのだ。


ウィリアムには何故そんな当たり前のことをこんな苦しそうに言っているのか理解できなかった。


ジャンヌは、そんなウィリアムを信じられないものを見るような目で見つめ、さらに叫ぶ。


「この街を見なさい!こんな……これじゃあ亡くなった人の遺体も見つけられない。亡くなった人を弔ってもあげられないのよ?」


ジャンヌは拳をウィリアムにぶつけながら空いた手でパリだった街を指差す。


そこはもはや世界でも有名な美しい街であったパリの面影はなく、建物の残骸が散らばる廃墟であった。


未だあちらこちらから煙が立ち上っており、ウィリアムの魔法の影響で火事が発生していた。しかし動くものは何もない。


ウィリアムの魔法によって粉々にされた逃げ遅れたパリ市民達はこの火災によってもはや肉片すら残らないだろう。


そんな残酷な現実を前にしても、ウィリアムの表情には全くの変化がない。

それどころか、至って平然とした様子で返答する。


「うんそうだね。でも死んだ人よりも今生きている人を優先するべきじゃないかな?」

「逃げ遅れただけでしょ!まだ助かったかもしれないのに……」

「うーん、そう言われてもなぁ……。一応緊急避難警告は出て時間も経ってるんだし、彼らの犠牲は仕方のないものだったんじゃないかなぁ」


オーベロンのレモンドが政府にスタンピードを伝えた際、政府は即座にパリ市内の市民に対してパリ迷宮周辺から退避するように呼びかけていた。


しかし、魔物が地上に出て人々に危害を加えた実例はなく、大量の魔物が地上に向けて移動していると言う情報だけでは、政府も強制的な退避命令を下せないでいた。


それ故にフランス政府は、パリ迷宮で異常事態が発生した為、パリ市民は避難してくださいと言う定型的な避難勧告しか出来なかった。


ウィリアムの言う通り、それを聞いて即座に貴重品だけ持って避難していれば、ウィリアムの魔法の効果範囲外に逃れる事は十分出来る時間はあった。


しかし、市民達の中ではそれを聞いて素直に退避する者と、何とかなるだろと家に引き篭もった者達で大きく分かれてしまった。また、病気などで動くことができなかったものも多い。


そんな中、ウィリアムのレベル5星魔法「流星雨(メテオストーム)」が放たれ、多くの一般人が犠牲になったのだ。


「……」


ウィリアムの言葉を聞き、ジャンヌは驚きで目を見開き、唖然とする。

確かに逃げ遅れた人達は政府からの退避勧告を無視していたが、別に命を奪われるほどの罪を犯したわけでも、個人的な恨みがあったわけでもない。


そんな罪のない一般市民の命を大勢奪っておいて、ウィリアムには良心の呵責が全く見えなかった。


それがジャンヌには信じられなかった。


ウィリアムは、常に笑顔で、明るくて、周りよりも少し承認欲求が強くて、それでいて人との会話好き。


強力なスキルを持っていると言うこと以外は普通の好青年という印象だった。


しかし、今はそのいつもと変わらない笑顔が恐ろしく感じた。


ジャンヌはごくりと喉を鳴らし、ウィリアムから離れる。そしてゆっくりと絞り出すように聞く。


「貴方は……貴方は人の命をなんだと思っているの?」


ジャンヌは手をぎゅっと握りウィリアムの返答を待つ。


すると、ウィリアムは黙ったままゆっくりと俯いてしまう。


その姿はまるで罪悪感に押しつぶされた罪人のようで、急にウィリアムが儚くみえた。


ジャンヌは、その姿を見て首を横に振る。


「もう、反省しても遅いのよ……。死んだ人たちはもう戻らないの」

「……」


ウィリアムは何も言わない。ただ地面を見てなおも俯いていた。


ジャンヌには、ウィリアムのその姿は自身の行いを悔い、反省しているように見えた。


しかし、よく見ると、その表情は虚ではなく、視線の焦点は合っている。


とても落ち込んでいる人間の表情とは思えなかった。


それならばウィリアムは何を見ているのか。


ジャンヌはウィリアムが見ていると思われる地面に視線を向けてみる。


そこは単なる茶色い地面があるだけ。


(……何もないじゃない)


ジャンヌは最初、そう思った。


しかし、視線を上げて、もう一度ウィリアムを見ると、その視線はやはり地面の一点をしっかりと見つめている。


「……何が見えているの?」


訝しんだジャンヌは再度その視線の先をよく見る。すると、地面に小さくて黒い何かが蠢いていた。


「……何?」


ジャンヌは目を凝らしてそれを見る。


「アリ?」

「……」


ゾワリ。


ジャンヌの体中を駆け巡るかのように鳥肌が立つ。


今ジャンヌの頭を駆け巡ったのはあり得ない妄想だ。普通あり得ないことだ。どんな異常者だってそんな考えはしない。


信じられない。信じたくない。


そう思いながら、ゆっくりと顔を上げたジャンヌは、いつも通りの微笑をしたウィリアムを見て察する。


「これと同じでしょ?」




その後、警察に捕まり、牢に閉じ込められ、世界中の期待を裏切ったウィリアム・エバンスを、人々はこう呼んだ。


破滅の星(ディザスター)」と。

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