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迷宮学園の落第生  作者: 桐地栄人


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第百二十六話 奇跡の星ウィリアム・エバンス

そんな日々が続いたある日のこと。


「ウィリアム、また政府から連絡が来たわ」

「ジャンヌ、ちょっと待ってくれ。今自撮りしてるから」


ウィリアムは視線すら向けることなくそう言うと、その手に余るほどの大きな魔石を持って周囲を飛び回る複数のAFCにポーズを決める。


ウィリアムがポーズを変えるたびにフラッシュが焚かれ、何十枚もの写真がすぐさま撮られる。


SNS用の写真を撮っているのだ。


ジャンヌはその様子を温かい目で見守る。


ウィリアムは魔物に対して一切の躊躇いがない。人型のゴブリンやオーク、見た目は可愛らしいホワイトウルフやファイアーバードなど、初見で見ると殺すことに躊躇する人も大勢いる中、ウィリアムは迷宮に入った当初から何の躊躇いもなく魔物を殺せていた。


その事について聞かれたウィリアムは何の躊躇いもなくこう言った。


「魔物は殺していい相手でしょ?」


そう言ったウィリアムを少しジャンヌは怖く思った。


しかし、普段のウィリアムは快活で、普通の青年と何も変わらない。


そんなウィリアムが急にもてはやされ、こうして承認欲求を満たしていくのは至極当然である。


ウィリアムは年相応の子どものように見え、ジャンヌには可愛い少年のように見えた。


声をかけられて五分後、満足した写真が出来たのか、すぐ様それをSNSにアップロードする。


投稿されたその写真は瞬く間に拡散され、5分と経たずに1000以上のコメントが付く。


その殆どがウィリアムを讃えるファン達だ。


ウィリアムはそれをニヤニヤしながら見ている。


「ふん!今日も絶好調!」


満足そうに鼻息を鳴らし、SNSの画像を後ろで呆れた顔で立っていたジャンヌに見せつける。


「お疲れ様。よく映えそうな写真ね」

「うん!それで何かな?」

「フランス国内中の迷宮でおかしなことが起こってるらしいわ」

「おかしなこと?」

「ええ。メールには、突如として迷宮内の魔物が全て消えた……そう書かれていたわ」

「全て消える?何故?」

「原因不明よ」


ウィリアム達が国外のイレギュラーモンスターを討伐していた頃、フランス中の迷宮にて世界中で類を見ない異常事態が発生した。


それは迷宮内の魔物が突如として黒いモヤとなり消えてしまったのだ。


この緊急事態にフランス迷宮管理局はすぐ様ウィリアムの帰還を命じた。


「ふむ……バズる動画の匂いがするね」

「……そうね」


動画やSNSでのバズりを気にするウィリアムに呆れながらも、ジャンヌは同意する。


すぐにウィリアムは転移を使い、ジャンヌと共に帰路を急いだ。




しかし、ウィリアムが迷宮を出るよりも早く異常事態は次のフェーズへと移行する。


フランス中の空が真っ赤に染め上がり、電子的で無機質な音声がフランス中に響き渡る。


『準備期間が終了しました。セクションをフェーズ1へと移行します。…………スタンピード、開始』


境界崩壊(スタンピード)


今まではわずかな例外を除き、たとえ一層の魔物であっても、また、迷宮を放置し続けても魔物は迷宮の外である地上には出てくることはなかった。


無理矢理連れて行こうとしても三十分と経たずに魔物の身体が崩壊してしまう。恐らくは迷宮内でないと魔力を供給出来なくなり、人間でいう呼吸を断たれるようなものなのだろう。


だが、その日は違った。


空が赤く染る少し前、ウィリアムの故郷であるフランスのパリ迷宮の32層を、熟練の二組探索者パーティー「ガルグイユ」と「オーベロン」が調査していた。


急に魔物が黒いモヤとして消えた緊急事態の原因を探る為、下層に潜っていた。


「魔物いねぇなぁ……」

「油断するな。迷宮内だぞ!」

「おいおい、うちの斥候を信じてないのか?49層の魔物の気配遮断だって見破る凄腕だぞ?」

「分かっている。だが、今は前例のない異常事態だ。何が起こるか分からない。気を引き締めろ!」

「真面目だねぇ……」


ガルグイユのリーダー、クラージュがため息混じりにそう呟く。


クラージュは別に油断していたわけではない。突然物陰から矢や魔法を放たれても対処できるくらいには警戒をしている。


しかし、肩肘を張り続けても疲れるだけだ。


そう思いながらも口にはせず、辺りを警戒しながら歩く。


しばらくして、迷宮の外と同じように異常事態が発生する。


「止まれ!……空が……赤く……」


普段は晴れなら晴れ、雨なら雨と固定されている空が真っ赤に染め上がり、電子的で無機質な声が迷宮内に響き渡る。


『準備期間が終了しました。セクションをフェーズ1へと移行します。…………スタンピード、開始』


「スタンピード?スタンピードって何だ?」

「お前、ネットニュース見ないのか?大量の魔物が津波のように押し寄せてくることだ」

「ほぉ。と言う事は何だ、今からここに大量の魔物が押し寄せてくるってことか?」

「……その可能性がある」


そう答えるオーベロンのリーダー、レモンドに、ガルグイユのメンバー達は肩をすくめる。


だが、そんな雰囲気もすぐに掻き消える事になる。


「……待て」


斥候の一人が真剣な顔でそういうと、地面に耳をつける。


「どうした、アダン」

「地面が揺れている……」

「何?」


そう言われ、クラージュも地面に触れてみる。


「たしかに少し揺れているな……。おいおい、まさか……」

「ああ……こりゃ、大量の足音だ」


先程の無機質な音声の言葉、スタンピード。


それが今まさにクラージュがいるこのパリ迷宮で起ころうとしていた。


それを聞いたクラージュはすぐさまメンバー達に叫ぶ。


「全員走れ!30層のワープゲートで地表まで退却する!」

「分かった!上への連絡は俺がする!」

「ああ!走るぞ!」


クラージュの言葉にパーティーメンバー達は即座に呼応し、30層のワープゲートまで走る。


クラージュ達は全速力で走り、ワープゲートがある30層まで到達する。


「アダン、どうだ?」

「……魔物共が上がってきている。しかも俺たちより少し早い」

「だ、そうだ!追いつかれる前にワープゲートを使う!死ぬ気で走れ!」


そう叫び、30層のワープゲートまで全速力で走る。


そして、とうとうクラージュ達は魔物に追いつかれる事なくワープゲートまで到着した。


「はぁはぁ、何とか追いつかれずにワープゲートについたな」

「ああ。早速地表に戻って今回の件を報告しよう」


そう言ってワープゲームに乗る。


だが、ここで問題が発生する。


「ワープゲートが作動しない?」

「はぁ!?嘘だろ!?」


いつもならワープゲートの幾何学的な模様の上に乗れば、模様が光り、ワープが出来るのに、今日に限っては全く反応がしない。


「まさか……迷宮内の魔力が無くなっているのか?」


魔力。その正体は当時のフランスでは解明されていない。


人間で言う活力的な何かで、迷宮内の魔物や環境、そしてワープゲートなどはこの目に見えない何かで動いていると推察されていた。


そしてその迷宮が活動するための活力である魔力を全て使って魔物を地表に排出する行為。


それを境界崩壊(スタンピード)と呼ぶのだとすれば。


「くそっ!」

「クラージュ、どうする!?魔物達は着実に俺達との距離を縮めてきている!このままでは追いつかれる!」


レモンドが焦りながら聞いてくる。それに対して、クラージュは指を三つ立てる。


「今の俺らに打てる手は三つある」

「何だ?」


クラージュはまず一つ目の指を下げる。


「まず一つ目が、このまま全員で逃げる」

「そしたら追いつかれるだろ」

「そうだ。だが、俺達だってパリ最高の冒険者だ。敵の強さ次第なら何とかなる可能性がある」

「何とかならなかった場合、全滅の可能性もある。生きた人間が上に戻ってことの重大さをしっかり伝えるべきだ」

「その通りだ」


次に二本目の指を下げる。


「次がこっちが戦いやすい場所で待ち受ける」

「つまり……?」

「この階層の渓谷には知っての通り幅五メートル近いそこそこ大きい橋がある。あそこで待ち受けて、タンクで前固めればしばらく時間が稼げるし、最悪、橋を落とせばまた時間が稼げる」

「だが、魔物の中に飛べるやつや魔法を使えるやつがいたらどうしようもない」

「ああ、だから俺もこの案は正直無理だと思う」


そして、最後の指を下ろす。


「そして最後が、アラン、レモンド。軽装で足の速いお前らは逃げろ」

「はぁ!?リーダー何言ってんだ!」

「クラージュ?」


アランや軽装のメンバー達がクラージュに詰め寄る。だが、クラージュは真剣な顔で返す。


「足の遅い重装の俺らに合わせなきゃお前らはもっと早く走れんだろ。あいつらがどんな速さかしらねぇが、お前らなら逃げ切れるはずだ」

「ならリーダーはどうすんだ!?隠れんのか?」

「んなわけねぇだろ。万が一にもお前らにスタンピードとやらの魔物共が追いつかねぇように足止めするのさ」


クラージュが肩をすくめると、クラージュに限らず、遠回しに捨て駒にすると言われたガルグイユやオーベロンの重装のメンバー達も笑う。


それは覚悟を決めた者達の笑いだった。


「待て!まだ手があるはずだ」

「そうか?ここで全員隠れてやり過ごすっていうのは無しだぜ?連絡を入れたとはいえ、誰かが上に行って状況をしっかり伝えねぇと行けねぇってお前が言ったんだぜ?

「それなら、一人だけ行けば……」

「まだ上層に確実に魔物がいないって確信できたわけじゃねぇ。情報を持ち帰る人間は多い方がいいってな」

「リーダー……」


クラージュは涙を流して俯くアラン達の肩を叩き、慰める。


「泣くな。足の遅ぇ俺らはいつかこうなるんじゃないかって覚悟してた」

「そうそう。それにまだ死ぬって決まったわけじゃない。危なくなったら逃げて隠れるさ」


オーベロンの方でも、レモンドがメンバーを見渡す。


「……」

「ははは、レモンドさんのそんな顔、初めて見ましたよ」

「ああ。レモンドさん、いつも仏頂面だからなー」


取り残される重装で足の遅いメンバーの二人は軽口でリーダーのレモンドを茶化す。


「すまない」

「クラージュさんも言ってたが、こうなる可能性も考えなかったわけじゃないですから」

「そうそう。あっ、すみません、クラージュさん、これ、お願いします」


そう言って二人は懐から手紙を取り出してクラージュに渡す。


「今時手書きの手紙とか笑っちゃいますよね。ははっ」

「それな」


レモンドは震える手を差し出しながら笑っている二人から手紙を受け取る。


「……必ず届ける」


手紙を受け取ったレモンドは強く頷く。


「んじゃ、時間もねぇ!お前ら、さっさと行け、俺達は橋で敵を待ち伏せる!」

「おう!」

この作品とは関係ないのですが、エタッている別作品がアニセカ大賞の一次選考を通過してました。ありがとうございます!

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